第128話 狂っているのは何某か?
お兄ちゃんの入院生活。
仕事はパソコンやタブレットで出来るので、業界に迷惑は掛けないらしい。
私はその間、傍に居た。私だけが、お兄ちゃんの止まり木。だからケジメを付けなくちゃいけない。
「陽子はアンデルスが好きなのか?」
「大好き。放っておけない」
「俺の様に?」
「お兄ちゃんの様に」
「そういう星巡りか?」
「かもね」
苦笑。
「それでも……!」
喀血。
「いなくならないでほしい……っ」
「うん。お兄ちゃんの傍に居る。お兄ちゃんの心に根ざす。ソレで良いでしょ? 一生の命を賭けて、私はお兄ちゃんに寄り添うよ」
「いいのか?」
「ずっと傍に居るって誓ったから」
ソレは誓って嘘じゃない。
「お兄ちゃん」
「?」
「私が見えてる?」
「確かに見えてる」
「じゃあずっと見てて」
「いつまで?」
「私が……死ぬまで……」
アーミーナイフ。
刃物を取り出す。
「っ?」
お兄ちゃんは意図を察せられないらしい。
「私は何時だってお兄ちゃんの味方だから」
そのナイフで、私は頸動脈を貫いた。
切り裂くには刃物が小さすぎる。
結果、突き立てたわけだ。
「――――!」
ブシャッ、と血が吐き出され、床を朱に染める。
「要するに……」
体温が奪われていく。
「私が邪魔なんだ……。私の存在が……お兄ちゃんと……春人に……不和をもたらす……。なら私が……消えれば良い……」
「陽子……っ!」
お兄ちゃんにも。
春人にも。
私がいるせいで、蜘蛛の糸をのぼってしまう。
ソレが儚い強度でも。
私さえ居なくなれば、お兄ちゃんが春人に嫉妬することは無くなる。
春人がお兄ちゃんのストレスであることが無くなる。
もっと言えば、
――二人の接点が無くなる。
そのためなら私は死のう。
誠実に。
精錬に。
生きていることが罪だというのなら。死ぬのもまた一興。たったそれだけのことが、今まで出来なかっただけでも、私は不誠実だった。
五感も薄れてく。
立っていられない。
「――――――――」
何かの絶叫が響いた。
けれどソレが何かもわからない。
「ああ」
けど。
「まぁ」
ウェディングドレスは着たかったな。
お兄ちゃんか。
春人か。
それとも別の誰かか。
今はもう語り種。
特に意味のない四方山話。
私は此処で死ぬ。
それだけわかれば十全だ。
でも痛いな。寒いな。冷たいな。熱が外へと逃げていき、寒冷を覚えてゾクッと背筋に悪寒が奔る。
穏便に自殺する方法もあるにはあるけど。
「でも――」
お兄ちゃんの十字架になるには……この手法が一番お手頃だ。なによりキャンペーンとして力強い。
別に生きてあることだけが報いる道でもない。
私が死ねば、お兄ちゃんも春人も、自由になれる。
世界を見れる。
そのためなら私程度、死んで郷愁になるもイヤじゃ無い。
感傷で思い出して貰えれば十分だ。
――ああ。
――十分だ。
死に行きながら、満たされた心地。この満足感は何と評すべきだろう。死ぬことでしか人のためになれない惨めな私。そのための命なら、そのためにこそ。
――後に願うのは何だろう。
――死ぬ寸前の最後には、何が適当だろうか?
少し考えて、ふと思い出した。
ピースメイカー。
そうだ。
そのために頸動脈を刺したのだ。
「世界が……平和でありますように」
そして私は死んだ。
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