第119話 私は必要ない


「ごめんなさい」


 五十鈴の告白。


 ソレに私は、そう答えた。


「そうですか」


 表面上、平静を保ち得た。


 五十鈴は。


「他に好きな人がいるんですか?」


「ええ」


「それじゃしょうがありませんね」


「ええ」


 正確には違う。


 私の「ごめんなさい」は「ごめんなさい」じゃない。


 正確には、




 ――五十鈴に私は必要ない。




 これに尽きる。


 何処で間違ったのか。


 何処で破綻したのか。


 何処で自壊したのか。


 今更論じるのも機を逸している。


 けれど思う。




 ――有栖川陽子は『自虐』に対して過敏になる。




 幸せな人間に、陽子は要らない。


 真っ当に生きて、真っ当に暮らし、真っ当に人生を謳歌する人間を、有栖川陽子は興味すらも持たない。


 それを散々味わった。


 お兄ちゃんもそう。


 春人もそう。


 どうしても、見捨てられなかった。


 自分を傷つけることでしか生きられない人間。


 そんな人はしばしばいる。


 私自身はどうあれ、「そこに介入してしまう」のは悪癖だろう。


 無駄なこととわかっていても。それでも何かをせずにはいられない。普遍的に私はそんな風に出来ている。


「五十鈴は人生楽しい?」


「青春程度には」


「じゃあきっと良い人が見つかるよ」


「陽子以上に?」


「幾らでも居ると思うけど」


「嘘つき」


 伊達眼鏡をひったくられた。


「やっぱり可愛い」


「恐縮千万」


「この眼鏡の奥に美少女を見つけてから、心を奪われっぱなしだよ」


 陰キャやってた頃から、バレてたもんね。それはつまり五十鈴が正当に私を評価してくれていた……ってことで。


「そこはありがとう」


「何が?」


「私を評価してくれて」


「何時だって想うよ」


 ハッキリと五十鈴は言った。


「別に初恋でもないけどさ」


「五十鈴モテるもんね」


「やっぱそう思う?」


「実際に言い寄られるでしょ?」


「顔だけで言い寄られてもね」


「ブーメラン」


「そでした」


 ニコッと、五十鈴は笑った。


「じゃあ春人か」


「そうだね」


 自分を追い込んでしまう人間。


 とても手を差し伸べてあげたい。


 私の病気だ。


「だからごめんね」


「それはいいんだけど」


 イケメン発言だ。


「これからも仲良くしてくれる?」


「相応になら」


「ならよろしくね」


 サッパリとした笑顔。


 その仮面の裏はわからないけど。


 泣いているのか。詰っているのか。失望しているのか。渇望しているのか。


 けれど確かに私には優先事項が別にあって。


「今日の処は帰ります」


「ええ、ソレが良いでしょう」


 此処に居ても……傷つけ合うだけだ。


 ヤマアラシのジレンマ。


「じゃ、明日からニュー五十鈴ってことでシクヨロ」


「ええ、お願いします」


 そこにジクリと染みが出来る。


 心的なモノだ。抽象的でつかみ所がない。だからこそ洗剤では落ちることのない……そんな血痕。


 五十鈴。


 五十鈴……。


 蔑ろにする気は無い。


 けれど…………結局…………私にはこんな態度と行動と懸案しか提示できず……。


「悪女だなぁ」


 数式を解きながら、斜光の図書室で一人。


 嘆息と共に呟いた。


 戯れ言かも知れないけどさ。


 暗い顔をして去って行く五十鈴の背中を見つめる。


 あんなに格好良いのに。こっちの陰キャを見通す尊敬もあるのに。けれど傷つけることしか出来ない。


 自己肯定には、幾らでも言い訳が浮かんでくるのも、私の欠点の一つだった。

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