第69話 胡桃割人形


「それではコミマに?」


 凜ちゃんが意外そうに言う。


 そりゃまぁコスプレもちょっと新鮮ですけど、ちょっと浮かれている自分を発見したりして。


「まぁね」


 と私はコックリ頷いた。


 昼休み。


 時折訪れる音楽室で、凜ちゃんは第九を弾いていた。


 ピアノだ。


「アンデルスさん……ね。特技の方は聞いておりますけど、これは相当カルマな問題ですね……」


「どう思う?」


「嫉妬します」


 うわお。


 思いのほか、強い言葉が飛んできた。


「拙も陽子さんは好きなので」


 それは知ってるけど。


「しかも陰陽陽子と」


 それも確かではあるけど。


「凜ちゃんはお兄ちゃんといい仲にはならないの?」


「婦女子ですね」


「教養ですよ」


 この程度。


「先生の世界観は好きですけど。あくまでその芸術性に心奪われているだけですよ、きっと」


 そうじゃなきゃ私に惚れない……か。


「私もです」


「伝わりますよ」


 お兄ちゃんにもね。


「凜ちゃんも行き遅れないようにね」


「善処しましょう」


 ポロロンと、ピアノが弾き終わる。


「リクエストは?」


「胡桃割人形」


「わかりました」


 わかったんかい。


 相も変わらず多芸なお人。


 バレエ音楽。


 後に組曲化。


 誰でも一度は聞いた事のある曲だろう。


 音楽の偉大さよ。


「凜ちゃんは今日も告白されたの?」


「知っているので?」


「いや」


 缶コーヒーを飲む。


「勘」


「適確ですね」


 クスッと。


 笑われ申した。


「拙の何が宜しいのか? そこそこ自負は在り申しても、なにやらイメージが一人歩きしている風にも感じますよ」


「凜ちゃん格好良いから」


 音楽が鳴る。


 組曲が耳を楽しませる。


「恋乙女……さりとて師事の……業深し……」


「人の心を抉らないでください」


「卒業したら在り?」


「陽子さんなら幾らでも」


「虚しいね」


「ええ」


 ネガティブな意味で、心情が合致した。


「でも拙の心情ですから」


「損してるよ」


「中々自分は説得しがたいですよね」


 それはわかるけども。


「烏丸茶人……か」


「先生も心配ですか?」


「ていうか私の方かな」


「それもありますね」


 伝え聞いてはいるのだ。


 凜ちゃんも。


 …………さてどうしたものか。


「先生に抱かれるのですか?」


「生理的に無理」


「生理なのですか?」


「凜ちゃんセクハラ」


「ああ、これは失礼をば」


 本当に、だ。


「女性教師とはどうなの?」


「たまに夕食を誘われますね」


「良か事良か事」


 我が家で夕餉を振る舞ってる場合じゃない。


「でも先生の力になってあげたいですし」


「損してるね」


「耳の痛い……」


「私が恋人になってあげよっか?」


「ええ、構いませんよ」


 そう返すか~。


 缶コーヒーを飲み干す。


「優良物件ではありましょうぞ」


「こっちの台詞なんだけど」


 実際凜ちゃんは完成されすぎている。


 ぶっちゃけやり過ぎなレベル。


 当人無自覚半分なので始末に負えない。


 そこもまた加点対象なのか……なんなのか。


 少しそう思った。

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