第64話 帰途の途中


「結局何だったの?」


 五十鈴が問う。


 下校の時間。


 日はまだ照っている。


 夏至も越えたし、必然だろう。


「ルサンチマンと、その必然」


 他に言い様もない。


「わぅん……。小生と結婚して? 一生幸せにします」


 真面目くさって五十鈴の言う。


「謹んでごめんなさい」


 私もいつも通り。


「それじゃ想い人でもいるの?」


「まぁそれは」




 ――約束ゲッシュ




 そう呼ばれるものだ。


「あまり他者に言う事じゃないけどね。つまらない話だし……」


「気になる」


「あう……」


 二人揃って……か。


 あまり人に話したくはないんだけど。


 なので話題を無理矢理へし折ったりして。


「で、勉強は捗った?」


「それはもち」


「あう……だよ……」


 実筆ノートは役に立ったらしい……嬉しいことだ。


「綺麗に版書されて、お金を請求されないか…………あまりにも心配を通り越して憂慮するくらい」


 でっか。


「ならよかったです」


 私はそう言うほかない。


 紙に理解したことを綴るだけでも、記憶の補強には確かに強みと相成りますれば、勉強を指して暇潰しとはよく言った物。


「陽子さんは……なんで勉強するの……?」


「ヒマだから」


 先述の如く、一言で完結する。


 別に述べ様はあるのなら……例えば、実質的に勉強できれば色々と人生にも特典がついてくるし、有意義な趣味と言えるだろう。


「……?」


 首を傾げる春人。


 あらゆる意味で、「汎用性に富む」と言いますか。


「人より勉強できれば、楽に人生を過ごせますので」


「どゆ……意味で?」


 えーと、つまり。


「偏差値五十もあれば国公立の大学には入れます。であれば平均以上の学力を持てば、国公立に入れる計算ですね」


「ああ」


 実際に泰山高校は進学校だ。


 名門大学への進学は義務と言える。


 ならば私は、そこに入学できる。


 今更謙遜もないだろう。


 途中でスーパーに寄った。


 焼鳥屋が運営されている……思うに焼き鳥屋とうなぎ屋の匂いで客を誘うのは人権問題としてどうなんだろう。


 花に吸い寄せられる蝶や蜂かって扱いな気もする。


 けれど分かっていてもさからえない魔力……ぐ……無念……というわけで、


「豚バラと皮。塩で」


「ハツと皮を。塩で」


「ネギマを一つ」


 そんな感じで注文する。


 はふはふと焼き鳥を食べる。


「そんなわけで」


 話を続ける。


「勉強で有利に立てば、少しだけ得をするんですよ。現代日本に於いては。勉強が出来ることと頭が良いことは違いますけど、勉強が社会基軸の通念となっている間は、まぁ勉強も一つの能力ですね」


 それは確かだった。


「あう……」


「ふぅん?」


 二人は、納得した様な、そうでない様な。


「ま、暇潰しが第一義ですけどね」


 そこは譲れない。


 他にやることもないのだ。


 つまらない人間である。


 豚バラあぐあぐ。


 焼き鳥を食べ終えて、帰途につく。


「それじゃコレで」


 私はマンション前で別れを告げた。


「明日も……」


「宜しく!」


 二人のイケメンが朗らかに笑う。


 一人は前髪と眼鏡で表情を消してるけど。


 そして私は、マンションのエントランスを潜った。


 扉を開け、エレベータに乗る。


 こうやって帰路につく二人が居るのは良い事だ。


 モブだしね。


 イモだしね。


 陰キャは、しがらみからの解放だ。


「ルン」


 と弾むように声を出す。


 少なくとも愛されている。


 それは理解できた。


「であれば」


 好むと否とに関わらず、


「好意的でいいのかな?」


 そう思う。


「それが幻想でも――」


 たしかに私は想われている。


 そこだけは類似できる……私の結論。


「凜ちゃんも然り……か」


 そこまで行くと、「犯罪の領域」と呼べるけども。


 なんとなくイケメンに縁があるなぁ……。


 モブのつもりだし、カッターナイフを取り出した愛すべき学友たちもこっちを陰キャと認識して威圧してきたのだから、それなりに下には見られているんだろうけど、何処かで破綻しそうな予感もある。


 とりあえずは考えない方向で。

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