第55話 恵まれし者よ
テストの採点が終わった。
イジメ問題で先送りになった結果。
正直なところ、全校生徒の皆様方にはごめんなさいとしか言いようが無い……いや此度は決して私のせいではなかろうけども。
「ふむ」
かくあり。
ようやく通常運転……と相成り、成績表が張り出される。
「こんなところですか」
私は学年一位になった。
殊更望んだわけでもないけど、こればっかりは生まれの業だ。
別に……勉強が出来て困った事が無いので、元手の要らない趣味としては……中々有益だと評せるはず。
「すごい……ね……」
「学年一位ですか」
学年総合で、五十位までが羅列される。
そのトップに、
「有栖川陽子」
と記されていた。
だいたい後の展開がわかるのが辛いところ。
ルサンチマン。
妬みと嫉みのヘドロ。
気にしてもしゃーない。
ざわめきは伝播し、虐められっ子が、学年トップである事は、どうやら成績優良者には面白くない情報だったようだ。
「どーしてかなー」
私は缶コーヒーのブラックを飲みながら、凜ちゃんのピアノに背中を預けていた。
「誇っていい事だと思いますけど」
「陰キャのつもりだったんだけど」
「点数を下げるわけにもいきませんしね」
手を抜いてそこそこの点数を取る……というのは精神的弊害で無理だ。
元々、問題への答案が間違っているかもしれないのに、そこから点数を引き算する勇気が出ない。
まずもって、
「そこまで慮る必要があるか?」
というテーゼでもあった。
本来なら、こっちが斟酌すべき事案でも無いはずなんだけど……体裁やメンツの問題で人間関係が軋みを挙げている……は私と凜ちゃんの共有するところだ。
「何か聞きたい曲はありますか?」
「雨に唄えば」
「だからなんでそんなチョイスなんですか」
「好きだから……かな?」
「拙を?」
「うん。凜ちゃんは好きだよ」
「光栄です」
「凜ちゃんは?」
「愛しい相手です」
「空気を読んだね」
「元々代償行為ですし」
「ソレは知ってるけどぉ」
シスコンか。
陽子と陰子。
私をモデルに、お兄ちゃんが造った架空のキャラクター。
凜ちゃんはソレに恋している。
コーヒーをチビリ。
ほろ苦い味が口内に広がる。
「ジョニー・B・グッドでもいいけど」
「たしかに弾けますけどね」
「一々凜ちゃんは多才だね」
「然程でも」
運動も勉強も趣味も充実している。
「青田買いすべきかな?」
「誰が誰を?」
「私が凜ちゃんを」
「魅力的な提案です」
本気で言ってないでしょ。
ま、霧を掴むような存在感は、今に始まった事でもない。
お兄ちゃんにくらいしか心を開かないので、女子生徒程度が相手なら恋心の一分も動かせはしないだろう。
かくいう私も決定打には至らない。
「キスくらいならしてもいいですよ」
「どうせファーストキスは乳児の頃に親に奪われてるしね」
「陽子さんは拙のことをどんな風に好きで?」
「お兄ちゃんの味方」
「なるほど」
苦笑されました。
「疎んじられるのも血の業ですか」
「あまりそのせいにしたくはないけどね」
「愛らしい陽子さんでいてください」
「努力してみましょ」
コーヒーを飲む。
カツン、と、スチール缶が鳴った。
「とりあえず……ありがと……」
「お礼を言われるほどでは」
「イジメの案件……大分走らせたでしょ?」
凜ちゃんは人の機微にはあまりに聡い……というか究極的に聡くなければ生きていけない人間の一例で、お兄ちゃんの気持ちを勘案すれば、結構無茶をする。
「教師の仕事です。給料分程度は働かなければいけないので」
「凜ちゃんらしいね」
「いつだって拙は拙ですよ」
「今度のデートは奢ってあげる」
「それは社会的に大丈夫ですか?」
「警察に捕まったら事実を話せばいい」
「むぅ」
ちょっと勝利感。
凜ちゃんの口を封じさせるのは……これが案外難しい。
私やお兄ちゃん程度には、処世術を身につけている御仁ですので。
「お兄ちゃんはモンスターブラザー?」
「自重はして貰いましたけどね」
「どうやって?」
「大人は酒で鬱憤を晴らす物です」
「私には無理だね」
「それはいずれ覚えれば良い事」
「第九を弾いて」
「あなたに喜びあらんことを」
やっぱり凜ちゃんはイケメンだなぁ。
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