第43話 アンデルスさん家の事情
私とお兄ちゃんの住むマンション。
その近場のマンションに、春人のマンションはあった。
五月も後半。
私はその家を、初めて訪ねた。
インターフォンを押す。
『はいはい……?』
「有栖川陽子と申しますが」
『陽子さん……』
エントランスのドアが開く。
エレベータに乗って、最上階へ。
部屋のフォンを鳴らす。
「ども……陽子さん……」
「こちらこそ」
慇懃に一礼。
「歓待してくれて感謝の言葉もありません」
「えへへ……」
はにかむ春人でした。
可愛い!
「それからお茶請けを」
紙袋を差し出す。
「何かな……?」
「カップケーキを焼いてみたんだけど……」
「多才……」
「いえ。スマホに教えてもらいました」
実のところ女子力は然程高くない。
どっちかってーと基本的に女子力が高いのは、お兄ちゃんや凜ちゃんといった保護者枠の管轄になるのだった……相対的に。
二人揃って女子じゃないけども。
「でも凄い……」
「恐悦に存じます」
そして上がらせて貰う。
案外綺麗にされているのは、誰かしらの意図の反映か……あるいは私の来訪を知っての即席手段か……あんまり他者のことは言えないので黙っておく。
「御両親は?」
「いない……よ……」
え……と……。
この口調は、
「仕事で」
って雰囲気じゃなかった。
「その……」
「察してくださると……助かる……」
ですよねー。
我ながら空気が読めてない。
安易ではあったけど……その……もうちょっと……地雷の踏み方にも思慮および勘案すべきだったかもしれない……という、そんな少しの後悔。
そっかぁ。
一人暮らしかぁ。
しかも此処に。
「とりあえず……お茶にでも……」
「え、あ、そうだね」
少し気圧されている自分を発見する。
図太いでも言うのか……あるいはそんな私としても珍しい気圧され方を……私自身が覚えていた。
「やっぱり……コーヒー……?」
「何でも構いませんよ。紅茶でも梅昆布茶でも……あるいはセンブリ茶でも」
「じゃあ……コーヒーで……」
――何故聞いた?
少しそう思った。
コーヒーメーカーが鳴く。
案外手堅く、真面目に作るらしい。
リビングで一人、コーヒーを待つ。
「カップケーキ……出していい……?」
「構いませんよ」
ただし味は保証しないけど。
コーヒーとお茶請けが出された。
「不味かったら不味いって言ってね?」
「余計……言えない……」
そりゃそうだ。
他者と面と向かって言える言葉でもない。
「ハムリ」
カップケーキを食べる春人氏。
「美味しい……」
綻ぶ表情。
まぁ私も試食はしているから、食べて死ぬ事は無いだろうけども……この場合死んだら拍手喝采で。
「美味しいよ……とても……」
「重畳です」
コクッ、と少し頭を下げる。
善意故の言葉か。
たしかにおべんちゃらかどうかは判断しようにも難しい……っていうか春人を疑うのは、それはそれでどうなんだ?
「コーヒーも美味しいですよ」
「重畳……」
さもありなん。
リビングを見渡す。
「綺麗にしてるんだね」
「お恥ずかしい……」
いや……むしろ誇っていい事かと。
子どもの一人暮らしには広い部屋だ。
高級マンションだから、しょうがないけども。
さっき案じたけど、どうやら春人の能力の内らしい。
しばしコーヒーを満喫する。
ちなみに春人は、美少女風だった。
来ているのは薄手のロリータファッション。
髪をリボンで結んで、前髪を流している。
繊細な御尊顔が、今は隠れていない。
何処までも美少女だった。
正確には男の娘か。
男でも欲情しそうな愛らしさ。
私も抱きしめたいくらい。
コーヒーを一口。
「部屋でも女装してるの?」
「可愛い服が……大好きだから……」
らしいっちゃらしい。
「一人で暮らして寂しくない?」
「もう慣れました……」
「そっか」
「すみません」
何が?
「気を遣わせてしまって」
「こっちの台詞だよ」
薫り高いコーヒーを飲むのだった。
誇り高い春人を見やりながら。
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