第39話 過去の縛鎖


「あー、あれ?」


「あれあれ」


 何だこのやろー。


 授業が終わり、昼休み。


 教室の扉から、こっちを見ている男子二人。


「気にしてもしょうがない」


 とはいえ、見知らぬ男の人は、ちょっと怖い。


 一応私も可憐な乙女。


 …………。


 ちょっと見栄張りました。


 いや……別にね……此方としても然程の感想は持っていないにしても……何か良くないことが起こっているのは……まぁ察せると言う物だ。


「あう……陽子さん……」


「食堂行こっか」


「です……」


 春人も頷く。


 教室を出ると、


「有栖川陽子……であってるか?」


 見知らぬ男子が声を掛けてきた。


 さっき教室を覗き込んでいた奴だ。


 どこか試すような視線がいやらしかった。


 もうちょっと踏み込むなら……不快……あるいは腐海か……単純にして純然な俗世的悪質の発露に相違ない……とも言えたろう。


「ですが?」


 眼鏡越しに相手を見やる。


 下卑た視線が、ひたすら不快だ。


「なんで陰キャやってんの?」


「慣例」


 大嘘をぶっこく。


「髪下ろして眼鏡取れや」


「セクハラ?」


「中学の卒アル見たんだよ」


 あー……。


 ……………………あれね。


 ………………………………たしかに私の黒歴史ではあれど……発掘するのも一体どうなのか、と思わざるを得ない。


「すみませんがお断りします」


「何様のつもりだ」


「陰キャ様で」


 正直顔だけで寄ってくるならヤブ蚊も同然だ。


 血を吸われなかったり、痒い腫れを顕現しないだけマシかもしれないけど、別にそこを勘案にすることは……こっちには無いはずだろう。


「あう……」


 春人は役に立ちそうにないし。


「なんなら俺が――」




「――いや! 変態!」




 大声で悲鳴を上げた。


 昼休みの廊下。


 生徒は少なくない。


 注目を集めた。


「変態?」


「セクハラ?」


 にわかにざわつく衆人環視。


「女子に手を出そうとしている」


 そう男子は受け取られた。


「てめ!」


 胸ぐらを掴んでくる。




「――胸を触らないで!」




 さらに悲鳴。


「うわー」


「マジかよ……」


 環視が控えめに豚を見るような目になった。


「ちっ」


 胸ぐらを離される。


 そのまま立ち去られた。


「大丈夫……?」


「あの手合いは見栄を大事にするからね」


 そゆ問題でもなかろうもんけども。


「それじゃ行きましょうか」


「食事……」


「学食で」


 そう相成った。


「あれ有栖川さんだろ?」


「だね」


「イモじゃん」


「モブキャラ」


「うけるー」


 うけるか?


 一々退廃的な考え方になる私でした。


「でも……実際……可愛いよ……?」


「春人に言われると嬉しい」


「えへへ……」


 はにかむ男の娘の愛らしい事よ。


 鼻血ものだ。


 純情可憐。


 まさに春人のためにある言葉。


 男根ついてるけど。


 けれど……そうだね。


「私は可愛い……か」


 それがまた問題でもあった。


 言って詮方無き事でもあれど。


 過去の改変は出来ない。


「ではどうしろ?」


 と命題を提出しても、


「はて?」


 と深刻なエラー文字が返ってくるのみ。


「何だかなぁ」


 私ながら因業だ。


 因業……ソレで済むなら確かにカルマではあろうけども……人の意思は時折、人の思想を超えるという意味で、私は何か見落としているのかも知れない。


 南無八幡大菩薩。

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