第40話 日高先生


「ってなことがあったんだけど」


 放課後。


 職員室でのこと。


 相変わらず雑用にこき使われた。


 別に否やはない。


 凜ちゃんへのお手伝い……と云う名の雑用なら別段、苦にも為らず、酷くも非ず、むしろ率先して頼られる事に栄光を覚える。


 名誉職?


 ちなみに春人はいない。


 先に帰った。


 私はついでに書類整理もお手伝い。


 昼の事を話しておきたかったから。


「陽子さんは可愛いですからね」


「日高先生がいうとセクハラになりませんか?」


「かもしれません」


 クスッ、と彼が笑う。


 本当に、凜ちゃんはキラキラしている。


「今日は早く帰れる?」


「会議がありますので中々」


「そ」


 書類整理。


 パラパラと捲って、重ねていく。


「お茶でも飲みますか? こちらで淹れて差し上げますけど……陽子さんは自分の茶は好きでしょうか?」


「宜しいので?」


「お手伝いのついでです」


「では」


 ってなわけで、職員室の給湯室で茶を淹れてくれた。


 それを飲みながら、お手伝い。


 書類を分別して、データ通りに取りそろえる。


 それが何を意味するのか?


 それは分からない……というか、生徒なので分かってもしょうがないものだけど、別に理解するだけが私の凜ちゃん……日高先生へのお手伝いでもないわけだし。


 それより聞きたいことがあった。


「日高先生もモテるでしょ?」


「ええ。まぁ」


 少し疲れたような顔。


「何かあった?」


「瞳をキラキラさせないでください」


「コレは失敬」


 コホン。


 咳払い。


「似たもの同士ですね」


「かもね」


 互いに苦笑し合う。


 そんなわけで、


「どうにかなんない?」


「では困った事があればスマホで連絡を」


「頼りにしていいの?」


「教師の務めですし」


「日高先生偉い」


「新米ですけどね」


「美味しいよね」


「まぁ確かに」


 新米は美味い。


 甘くて、もちもちしてて、深い味がする。


「けれど玉石は、いずれ知られるモノかと」


「あんまり目立ちたくないなぁ」


 陰キャでいいんですけど。


 モブキャラ大歓迎。


「地が可愛いんですよ」


 書類を整理している私の横で、キーボードを叩いて作業に集中している凜ちゃん。


 この器用さは見習いたい。


 お茶を飲む。


「それより中間テストの対策は出来ていますか?」


「それなりに」


「ならいいんですけど」


「わからないところは聞きにいくね」


「ええ。そうしてください」


「日高先生は優しいなぁ」


「紳士を目指していますので」


 嘘つけ。


 けれど、まぁ、言葉を人間の言語として自在に操る凜ちゃんならば……たしかに発した言葉以上に、紳士ではあるの……でしょうか……?


 少し疑念。


「教師って楽しい?」


「忙しいですよ」


「そっかぁ」


「やる事も多いですし」


「後悔してる?」


「それはありませんね」


 ニコッと笑う。


 本心を隠す笑みだ。


「生徒の笑顔はプライスレスですから」


 嘘ではあれど、否定しても始まるまい。


「ならいいんだけど」


「ええ」


 ちょっと腑に落ちない。


 凜ちゃんが何を思っているのか。


 そこがあまりに肝要で……ついでにちょっとどうでもいいとも言える……微妙な距離感の出力では相違ないわけで。


 結局凜ちゃんにとって私って何でしょうね?


「けれど心配ですね。陽子さんのことは」


「気に掛けてくれるんでしょ?」


「出来れば一人は避けてください」


「わかった」


「アンデルスさんとは仲が良いようですし」


「ん。一緒に居る」


「襲われないようにしてください」


「それは襲撃者に言って」


「そうでしたね」


 本当に、しがらみだ。


 ――お兄ちゃんもこんな感じだったのかな?


 少しだけ、そう思った。


 過去を変える事は出来ない。


 けれどその過去で、未来の土台には出来る。


 積み上げる物が、何であれ……か。


「はぁ」


「溜め息ですか」


「陰キャも難しいね」


「堂々とされても構わない気もしますけど」


 それはイヤ。


 心底から。

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