第16話 音楽室にて


 結果から言えば、小テストは好成績を残した。


 元より私には勉強くらいしか取り柄がない……というか能力がソレに突出しているのでございまして。


 南無三。


「…………」


 私は音楽室で昼食をとっていた。


 特に意味がない……といえば詐欺になりましょうけども、別段、大仰な目的があって音楽室にいるわけでないのも事実の一片ではあり候ひて。


 購買のパンを食みながら。


 ピアノの旋律が、耳を楽しませる。


 凜ちゃんのピアノだ。


「凜ちゃんって出来ない事ないの?」


「いっぱいありますよ」


「肉体限界の話ではなく」


「では?」


「なんというか……こう……」


 こねこね。


 両手で、空間を粘土のように捏ねる。


 何と申すべきか……あるいは何かしらの申すべき事情でもあらざりしか。


 ……それは実のところ私にも分からない領域にございまして……なんだかなぁとの思考にございましょうぞ。


「紳士の嗜み的な」


「さほどでもありませんが」


「言うねぇ」


「事実ですし」


「パッヘルベルのカノンを弾いて」


「構いませんけど」


 旋律が変わる。


 心に響く音律。


「これを先生は文字で表わしますから」


「尊敬するの?」


「ええ。とても」


 しっかと頷かれる。


「陽子さんも愛らしいですし」


「光栄だね」


「…………」


 ピアノの旋律。


「陰陽陽子を背後に構えると……途端に愛らしく映ります」


「代償行為」


「抱いてしまいたいほどに」


「教師と生徒じゃアウトじゃない?」


「ですよね」


「私、まだ十五歳だし」


 結婚も出来ないので、都条例に違反する。


 もちろん凜ちゃんが弁えていないはずもないのだけど。


「ぶっちゃけモテるっしょ?」


「それなりに」


 否定しない辺り……業の深い。


「おまいう」


 って返された。


 たしかにラインで告られたりはしたけど。


 凜ちゃんは、そんなレベルですらない。


 福音音楽。


「♪」


 弾き方が変わった。


 カノンがオリジナル調に。


「イケメンだなぁ」


「恐縮です」


 軽やかな鍵盤の叩き方。


 パンをもしゃもしゃ。


「生徒にも人気だし?」


「恋に恋するお年頃ですから」


「私が付き合ってって言ったらどうする?」


「犯します」


「ガチっぽい口調が怖いんですけど」


「だって理想の雛形がいるんですよ?」


「鋳型とも言えるかな?」


「ええ」


 音楽による祝福。


「ところで仕事はいいの?」


「ちゃんとしています」


 そこはぬかりないらしい。


 ならいいけどさ。


「そういう陽子さんは、アンデルスさんと昼食をとらなくて良かったので? 中々に友誼を深めるというか……仲良くされていらっしゃる様に感じ申しましたが」


「たまにはね」


 たいがいワンセットではあれども。


「凜ちゃんのピアノを聞きたいときがあるの」


「恐悦至極に存じます」


 ポロロン。


 弦が歌った。


「お兄ちゃんの仕事の方は?」


「佳境のようですけど」


「アレもアレで、振り回されてるよねぇ」


「先生はお忙しいですから」


「ホントソレ」


 我が兄ながらワーカーホリック。


「尊敬する」


「それはまぁ」


「薄い本になるね」


「先生になら良いかもしれませんね」




 ……………………わお。




「結構ガチ系?」


「いえ。普通に女性が好きですよ?」


「私とか?」


「犯したい程度には」


 さっきそう言ってたね。


「女生徒食い放題でしょ?」


「人生と秤に掛けて軽すぎます」


「私は?」


「重すぎます」


 それもどうかと。


 オリジナル調のパッヘルベルのカノンが音楽室を満たすのでした。

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