第7話 音楽室で


 春人と、ラインを交換した後。


『音楽室で待ってます』


 と、凜ちゃんから、コメントが来た。


「失礼します」


 しばし迷った。


 入学試験以来、久方ぶりの校舎。


 把握していないにも程がある……要するに私個人が、この空間――あるいは異界か――に不慣れなのだ。


 なので、音楽室の場所も、わからなかった。


 取りすがりの教師に聞いたんだけど。


 茶髪を責められた。


「地毛です」


 と答えると、


「…………っ」


 と睨まれた。


 何ゆえよ?


 そんな経緯あって、テンション下がっているところに、


「――――――――」


 パッヘルベルのカノンが聞こえてくる。


 音楽室のピアノだ。


 鍵盤を叩いているのは凜ちゃん。


 ――日高先生


 と呼ぶべきなのだろうけど、まぁ良かれ。


 軽やかに、ピアノを弾く凜ちゃんは、イケメンだった。


「――――――――」


 ポロロン、と、音が鳴って、ピアノが止まる。


「陽子さん」


「何か用?」


「一緒に帰ろうと思いまして」


「教諭としてどうなの?」


「いいじゃないですか」


 何がよ?


「それより第九を弾いてよ」


「構いませんよ」


 軽やかに叩かれる鍵盤は、音の連続性で、曲を作る。


「凜ちゃん」


「何か?」


「イケメンでピアノまで弾けるのは、やりすぎ」


「単なる趣味ですよ」


 それにしては洗練されすぎなんですけど……。


「世界を創るという意味では、先生には敵いませんし」


「お兄ちゃんは馬鹿なだけ」


「だから憧れるんですよ」


「薄い本にできそうね」


「あはは」


 くっくと、凜ちゃんは笑った。


「それにしても凜ちゃんが私の教室の担任ね」


「副担任です」


「似たような物でしょ。意図して?」


「偶然の采配です」


「学力高いしね」


「陽子さんが仰いますか」


「私は勉強しか出来ないから」


「可愛いですよ」


「恐悦至極」


 第九が耳を楽しませる。


 ああ……。


 ほんと……。


 凜ちゃんの音楽は胸に刺さる。


「一つお願いしても良いですか?」


「こっちも第九をお願いしたしね」


「髪を解いて、眼鏡を取っては……くれませなんだ」


「構わないけど、そんなことでいいの?」


「愛らしい陽子さんの制服姿を撮りたいので」


「はいはい」


 茶髪のロングをストレートにして、野暮ったい伊達眼鏡を取る。


 手鏡で以て、前髪の調整を為し、形を整える


 化粧はしていない。


 そこは残念。


 化粧水くらいだ。


 使っているのは。


「これでいい?」


「やっぱり可愛いですね」


「そりゃどうも」


 確かに中学時代も、いきなりラインにメッセが来たり、告白されたりも、二回や三回じゃ、きかなかったけど。


 女の武器としては優秀だけど、幻想持たれるのは気疲れする。


「――と思ってらっしゃいます?」


「心を読まないで」


 凜ちゃんの恐ろしいことよ。


「教諭の仕事はないの?」


「パソコンで出来るので、ネットさえ繋がれば、何処でも処理できますよ」


「さいでっか」


 嘆息。


 第九を弾き終える。


「パチパチ。やっぱり上手いね」


「光栄の極みに存じます」


 そして凜ちゃんは、スマホを此方に向けた。


「では入学記念と言うことで」


 パシャリ、と、一発。


 いいんだけどさ。


「やっぱり可愛い」


「知ってる」


 我ながら退廃的だ。


「じゃ、帰りましょうか。送りますよ」


「よろしく」


 いいのかなぁ?


 教諭と生徒で。

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