第2章 現在の人権侵害としての性暴力表現
2-1 なぜ性暴力表現が現在の人権侵害なのか
ここでは、性暴力表現が(主に)女性に対する現在の人権侵害、つまり身の安全を脅かされずに生活する権利の侵害となる理由を述べる。
なお、繰り返しになるが、ここでは性暴力表現を、明らかに問題のあるもの、争いの無いであろうものとして、とりあえずレイプ物のポルノなどを想定してもらえればよい。まずわかりやすい部分から理解したうえで、より広い範囲へ論を進めていく。
ただし、文章自体は、第4章で拡張する性暴力表現を内包できるように表現するため、抽象的な印象を受けるかもしれない。
さて、性暴力表現が権利侵害となる理由だが、結論から言えば「ヘイトスピーチと同じ論理」である。性暴力表現の議論には、ヘイトスピーチの議論で語られてきた論理を援用できるだろう。これでわかる人は以下をわざわざ読む必要はない。
性暴力表現は総じて、被写体(主に女性)を軽んじるものである。レイプ物のポルノであれば、本来犯罪となるはずの行為を女性へ振るう表現である。
重要なのは、単にそこで暴力が振るわれているということだけではない。それが「公にしてよい」表現として開陳されているという点も重要である。
公にしても構わないものとして開陳されているということは、その表現内で行われていることが肯定的なものとして、あるいはそこまでいかなくても、少なくとも隠す必要があるほど否定的なものではないとして扱われていることを指す。
咎められる表現であれば、公からは隠そうとするのが常である。例えば、テロリストが人質の首を切るような暴力的な映像はアングラサイトまで行かなければ見ることができない。同様に、同じ性暴力表現でも、いわゆるリョナのような、直接的な暴力性が強い表現は流石に公にされにくい。場合によっては、このような表現を棲み分けなしに開陳すれば、オタク向けのサイトでも批判されることがある。
裏を返せば、性暴力は暴力性が「低く」見られがちであり、それがために公へ出てきやすい。
女性にとってこれは、重大な脅威である。なにせ、自分と同じ属性である女性へ暴力をふるうことが、はっきりと否定的ではないかたちで、ともすれば肯定的なかたちで消費されているからである。つまり、自分たちに対する犯罪が犯罪ではないかのように扱われていることになる。
これは明白に、身の安全を脅かす状況と規定してよいだろう。
ここで重要なのは、社会情勢を考慮することである。この議論につきものである反論として、「殺人はどうなんだ」というものがあるからだ。
確かに、殺人も娯楽として消費されやすい犯罪である。だが、性暴力と明確に違うのは、殺人が悪行であることが社会においてしっかりと理解されている点である。殺人はしっかりと捜査され、犯人が逮捕される。被害者が悪く言われることは、暴力団同士の抗争でもなければ稀であろう。
一方、性暴力はそうではない。通報率は未だ10%前後であり、通報に至っても事件化しない事例、裁判が行われても裁判官の無理筋な論理で無罪とされてしまう事例も枚挙にいとまがない……で終わらせると不親切なので、警察へ至らない性暴力の事例として池谷孝司著『スクールセクハラ』を、裁判官の無理筋の例として杉田聡編著『逃げられない性犯罪被害者』を参考文献としてあげておく。
つまり、性暴力は被害を受けても、そもそも被害として認識されにくいという事情がある。このような社会情勢で、自身への加害行為を公に消費されることは、明白な脅威である。
男性は想像がしにくいと思われるので、状況を変えて考えてみよう。例えば、あなたは日本人である(日本人でないなら、任意の民族が入れられる)。ただし、周りに日本人がほとんどいないような国に住んでいる。さて、あなたはその国のコンビニに行くと以下のような見出しの踊る雑誌をいつも目にする。
「生意気日本人を血祭りにあげる!」
「日本人3時間ぶっ続け拷問SP」
そして実際に、被写体として日本人が暴力を振るわれており、それを娯楽としてその国のマジョリティが買うのである。
さらに言えば、この国では日本人が暴行にあっても警察がまともに動かない。被害を訴えても「お前が挑発したからだろう」とか「隙があったに違いない」などと言われて門前払いされてしまう。そうして被害に泣き寝入りした日本人の話を、あなたはよく聞く。
このような状況にあれば、多かれ少なかれ脅威を感じる人が大多数だろう。この例は理解を進めるために状況を極端にしたところがあるが、性暴力表現に晒される女性の脅威はこの例えと同じラインにあるものだ。
ここで例えを「日本人」としたのは、ここでいう権利の侵害は、状況として民族的マイノリティへのヘイトスピーチと共通するものが多いことをはっきりさせるためである。
ともあれ、性暴力表現が公に開陳されているという状況が、女性にとって脅威であることは明白である。
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