第362話 キノコの魔物

 

 ボコッと大量の土を巻き上げ地中から勢いよく飛び出してきたのは、高さ2メートルほどの柱のような物体だった。

 色は全体的に白みがかった茶色。太さは直径1メートルちょっと。先端は少しふっくらと膨らんでいる。

 同じような物体が、俺たちの周囲を囲むように10本くらい地面から突き出していた。

 近衛騎士たちが武器を構え、俺やリリアーネを護衛し、油断なく鋭い目つきで物体を睨む。


「シラン殿下」


 普段の優しさが消え去って、凍てつくオーラを纏った本気モードの部隊長ランタナが、硬い声で俺の名を呼んだ。


「へいへい。俺は何にもしないよ。近衛騎士の皆さんにお任せします」

「……本当ですか?」

「何故疑うんだよ、ランタナ」


 疑い深い眼差しをチラリと一瞬だけ向けてきたランタナ。琥珀アンバーの瞳に宿るのは100%の猜疑心の光。

 緊急事態に勝手に逃げることはしないぞ。そこまで俺を信じられないのかぁ。ちょっとショックである。

 ランタナとは一回お話する必要がありそうだ。


「隊長の疑念は正しいと思います」


 俺ではなくランタナの肩を持ったのは、お仕事モードの女騎士ジャスミンだった。

 彼女の紫水晶アメジストの綺麗な瞳にも疑いしかない。

 あんれぇー? ジャスミンさん、貴女は俺の婚約者でいらっしゃいますよね? 俺を信じてくれないのですか!?


「隊長、シラン殿下を縛り上げますか?」

「それもいいかもしれませんね、ジャスミンさん」

「おいおいおい! ちょっと待ったー! なに恐ろしいことを言ってるんだ!」


「「 縛られるのは慣れてますよね? 」」


「あ、いや、それは、その……」


 俺はいくつか思い当たる節があり、琥珀アンバー紫水晶アメジストから目を逸らす。

 一応弁明しておくと、俺は自ら喜んで縛られてはいない。お説教から逃げ出そうとして誰かが仕方なく俺を縛って捕まえるのだ。

 そういう意味では、彼女たちが言う通り縛られるのは慣れている。

 ただ、誤解を招く発言はしないで欲しい。説明が面倒だから。


「うわぁ……」


 ほら、シャルが誤解してドン引きしている。


「……いざという時は、縛るのではなくお姫様抱っこでお願いします。お姫様抱っこのほうがまだマシ」

「了解しました」


 雑談はほどほどに。

 喋る余裕はあるけど、緊急事態なのは間違いないのだから。


「シラン様。あれは何なのでしょうか?」


 護身用の人を殺すことに特化した鋭利なナイフを握るリリアーネが、柱のような物体を見つめて問いかけてきた。蒼玉サファイアの瞳が不安そうに揺れている。


「あれは――」

「あれはポイズンマッシュルーム! キノコのモンスターですよ!」


 冒険者ギルドの受付嬢にセリフを奪われた。

 そう。あの柱のような物体はキノコのモンスターである。

 毒の胞子をまき散らしてユグシール樹国の被害を甚大にした原因だ。

 生き物であることを証明するかのように、ユッサユッサと体を揺らしている。


「移動はほとんどできないモンスターです。通りかかった獲物を毒の粉で麻痺や眠らせ、ゆっくりと捕食する特徴を持っています。戦闘力はほぼありません。近づいたら殴られてパクっと食べられちゃいますが」

「博識ですね」

「冒険者ギルドでは必須知識なのですぅ!」


 得意げな受付嬢。ふさふさの尻尾がワッサワッサと振られ、ご機嫌なのが丸わかりだ。

 ランタナやジャスミンが冗談を言う余裕があったのは、正体がポイズンマッシュルームだと気づいていたから。

 本当に危険ならば、彼女たちは一目散に俺を担ぎ上げてこの場から離脱する。

 逃げないのは、近衛騎士団で対処ができるという理由と、それとは別の理由がある。


「私とリリアーネ様の戦いや、この周囲に人が集まっていることを察知して飛び出してきたのでしょう」

「逃げなくて良いのでしょうか?」

「それはやめた方が良いですね。キノコ系のモンスターは獲物が逃げると胞子を出して追いかける性質があるんです。身の危険を感じた時も同じく胞子を噴出して子孫を残そうとします」

「えぇ……」

「放っておくと、それはそれで胞子を出して子孫を増やすんだけどな」

「その通りですぅ! 樹国の被害が広がった原因です!」

「厄介ですね」


 そうなんだよ。だから近衛騎士団は動いて討伐に乗り出さないのだ。迂闊に動いたら被害が拡大する可能性がある。この辺りはまだ汚染されていないのだ。

 このポイズンマッシュルームは強毒化した個体かどうかわからない。普通のポイズンマッシュルームかもしれない。

 俺たちには判断がつかない。だからこそ、準備を整える必要がある。

 幸いにも、近づかなければ襲わない。ただ、対処法がないと厄介なモンスター。

 対処法というのが――


「皆さん、わかっていますね? 一撃で倒してください!」


「「「 はっ! 」」」


 ランタナの号令で近衛騎士団が動き出し、護衛と戦闘員に分かれて行動。

 モンスターの毒を浴びないよう、相手がポイズンマッシュルームだとわかった時点で周囲には風の結界が張り巡らされている。

 念のために炎の魔法を待機させている騎士もいる。キノコのモンスターや胞子は総じて火に弱いから。万全のバックアップ体制。

 風に守られ討伐に乗り出した騎士たちは、高火力の技でポイズンマッシュルームを一撃で殲滅。胞子を噴出する前に狩り尽くした。

 弱らせて面倒なことになる前に倒す。実に脳筋らしい対処の仕方だ。

 べ、別にランタナが脳筋だという話じゃないからな! 違うからな!


「…………」


 何故かランタナにジィーッと見つめられている。心が読まれたのか!?


「キノコ系のモンスターが厄介な理由は他にもあるんですよねぇ」


 シャルの言葉が終わる前に、またボコォと地面からキノコが生えてきた。

 殲滅されて全て討伐されたのに、新たに出現したポイズンマッシュルーム。ユッサユッサと毒を放出しようとして、近衛騎士に吹き飛ばされた。


「キノコは菌類です。あれは本体ではありません。地中や木々に根を張る菌糸がポイズンマッシュルームの本体なのですぅ!」


 探知系の魔法が得意な騎士たちが、懸命に菌糸の全てを把握しようと頑張っている。

 少しでも残すとそこから新たに菌糸が増殖し、ポイズンマッシュルームが生えてしまうのだ。

 完全に倒すには全ての菌糸を除去しなければならない。

 時々、生きている生物を宿主とすることもある。


「あぁ……なんか可哀想に思えてきました……」


 胞子を放出する前に一撃で倒されていくキノコにリリアーネが憐れんでいる。

 まあ、目の前で行われている蹂躙という言葉も生温い一方的な虐殺にその気持ちはわからなくもないが、相手はモンスターだから。これが強毒性のポイズンマッシュルームならユグシール樹国が滅びちゃうから。

 丁度ここは森都の風上だし。


「何かに利用できないのですか? 実は美味しいとか。キノコですし」

「残念ながら毒がありますね。でも、薬の材料にはなるらしいですよ。鎮痛剤や下剤、胃薬、睡眠薬に狩猟用の麻痺毒などなど。精力剤にも使われるとか使われないとか……」

「……んっ。その通り」


 どわっ!?

 急に誰かが会話に割り込んできたことに驚き、気づくと紫髪のポワポワした幼女が傍に立っていた。

 一体いつの間に!?


「ビュ、ビュティ!?」

「……ん。サンプル採集に来た」

「あっ! ちょっ!」


 小柄な幼女は恐れることなく戦闘が行われている場所へトコトコと進み、


「……みぃ~つけた。ほっ!」


 おもむろに、声をあげて小さな拳を地面に叩きつけた。

 ポコンという可愛らしい音だったら、まだほんわかした気持ちになったのだが、聞こえてきた音はズボッと鈍い音。細腕が肘まで地面にめり込んでいる。


 ――ビクンッ!?


 周囲からポイズンマッシュルームが一斉に生え、はっきりとわかるほど動揺し、同時に痙攣した。危機を感じて慌てて笠を開いて胞子を噴出する気配がする。

 しかし、そんなことを見逃す彼女ではない。

 ポワポワしたボーっとした顔が、突如、好奇心の塊であるマッドな研究者の顔つきとなった。瞳を爛々と輝かせ、ニヤリと口を歪ませる。


「……ぱっくんちょ!」


 地面からポイズンマッシュルームを包み込むように透明な紫色の液体が噴き出し、モンスターの姿を跡形もなく呑み込んで消失する。

 この場にいる全員が言葉を失った。

 マイペースなビュティだけがボケーっとした顔で立ち上がり、地面から抜いた手は形が崩れてとろ~りと粘性のある紫色の液体に変化していた。

 穴の中からトロトロと液体がビュティの体へと流れ込み、最後の一滴が戻ったところで液体が手を形成する。


「……んじゃ、研究に戻るから。ばいばい」


 菌糸を全て喰い尽くした研究しか頭にないスライム少女はそう言い残し、その場から消える。


「「「 殿下…… 」」」


 大量の呆れた眼差しが俺に突き刺さる。

 お、俺は何もしてないぞ! 使い魔のビュティが勝手に出てきて勝手に採取して勝手に帰っただけで、俺は何もしてないから! 無罪だからぁ~!


「え、えっと、一件落着だな! うん!」


 俺は無理やりまとめようとするものの失敗し、大量の呆れたため息が放出された。



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ポイズンマッシュルームのイメージは松茸です。

胞子を放出するときに、椎茸みたいに笠が広がります。


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