第358話 賢王ディモルフォセカ

 

 昨日は結局、双子姫は帰ってこなかった。

 一体どこで何をしているのだろうか。心配は……あまりしなかったな。自業自得だったし。

 久しぶりと言っていいほど平和な夜を過ごすことができた。

 お風呂への突撃もなかった。おほぉーの連呼もなかった。実によく眠れたのだった。

 今は朝の散歩をしようと思っているところ。

 すると偶然、樹王陛下と遭遇した。


「おはよう、シラン君」

「おはようございます、樹王陛下」

「もうちょっとゆる~くいこうよ、ゆる~く」


 朝から肩苦しいよ、とここ最近全く緊張感がなくて一日中緩々の樹王陛下が、手をヒラヒラ振りながらおっしゃった。

 一国の国王陛下の前でそこまでフランクにできませんよ。


「今からどこかに行くの?」

「早く目覚めたので少し散歩をしようかと」

「そうかそうか! ならばボクが案内してあげよう! これでも王様だからね! この城は自宅のようなものなんだ! 数百年住んでいるからねぇ……」


 あっはっは、とご機嫌そうに笑ったかと思いきや、辞めたい……、と突然憂鬱げに肩を落とす樹王陛下。俺はどんな反応をすればよかったんだ。対応に困る。

 取り敢えず、苦笑いでその場をやり過ごし、切り株の城を案内してもらう。

 早朝にもかかわらず、城内は騒がしく、人通りが多かった。

 人が右往左往。出たり入ったり。

 文官や騎士よりも、大工などの見るからにガタイの良い職人気質な人たちが、大量の荷物を抱えてどこかへと運んでいるようだ。

 まるで工事が行われているみたい。


「人の多さが気になるかい?」


 綺麗な新緑色の瞳に悪戯っぽい輝きを宿し、樹王陛下が俺を見ていた。そうだろ、と同意を促すよう愉快そうに肩眉を上げる。

 権謀術数に長けた一国の国王らしく、俺の僅かな疑問もあっさりと見抜かれる。心を覗かれているのかと思ってしまったほどだ。ドキッとして心臓が悪い。

 こういう鋭さが長年国王を辞められない理由の一つだろう。

 緩みきった態度が演技のように思えてくる。


「そうですね。突貫工事でもしているような……」

「まさにその通り!」

「え?」

「百聞は一見に如かず、ということでこっちだよ。ついて来て」


 たどり着いた先は外だった。正確には屋上というか切り株の上。

 早朝の爽やかな風が吹き抜け、朝陽が眩しく輝いている。

 ちょっとした山の頂上から眺めているようだ。森都を一望できる絶景スポット。

 数万人は集まることが出来そうなほど広大な切り株の上で、大量の職人たちが何かを建築していた。


「あれは……社?」


 切り株の中央付近で木造の建物が建てられようとしていた。


「よくわかったね。そう、社だ。他にもしめ縄だったり祭壇だったり、とにかく急ピッチでお祭りの準備をしているんだ」

「お祭り……《神樹祭》ですか!」

「そうそう。《神樹祭》」


 どこで行われるかと思っていたら、切り株の上で行うのか。

 場所は広いし、足元の切り株はかつてケレナが宿っていた数千年は存在している樹木である。

 儀式魔法の触媒の一つとしては申し分ない。

 考えてみたらこの場所ほど相応しいところはないだろう。


「いろいろと早すぎないですか?」

「うん? そうかい?」


 普通だろう、とキョトンと首をかしげる樹王陛下。


「あの社は、もうほとんど出来上がっているじゃないですか! 数日はかかるでしょう!? もしかして、アイル殿下が帰ってくるのを予想していました?」


 計算が合わない。明らかに作業スピードが速すぎる。

 前々から準備を始めていなければここまで出来上がっていないはず。

 娘のアイル殿下の帰国と世界樹の果実の入手を見通していたというのか!?

 まさか、と数百年国王を続けている樹王陛下の先見の明と並外れた知略に思わず戦慄を覚える――すると、


「アイルの帰宅を予想? あの超絶方向音痴なあの子の? はっはっは! ボクにできるわけないだろう!」


 誰にも無理さ、と樹王陛下は大爆笑。笑いすぎて涙が出ている。

 いやいや。一応ご息女でしょうが。自信満々にできるわけないって言い切らないでくださいよ。父親の自覚あります?


「まあ、あの子がいつ帰ってきてもいいように準備はしていたし、ボクたちはお祭りの準備は慣れているからね。あれくらい一日で建つよ」


 あれを一日で……大きい一軒家くらいの建物を一日で……。


「樹国では季節ごとにお祭りをしているのは知っているかな?」

「はい。新嘗祭とかですよね」

「そうそう。実はあれ、全て《神樹祭》の練習なんだ。いつ《神樹祭》を執り行ってもいいように」

「練習……」

「練習というのは言葉が悪いかな。《神樹祭》を簡略化させたものが各季節ごとのお祭りである。実は普段のお祭りよりもちょっと豪華版なだけで、準備はさほど変わらないのさ。部品や飾りを前もって準備しておけば……この通り。明日には完成するよ」

「明日!?」


 早いなぁ。少しでも早く執り行いたいという気持ちもあるだろう。

 それに早ければ早いほど良い。遅ければ大地にも国にも民にも影響を及ぼす。

 用意周到過ぎて舌を巻く。

 さすが数百年も王を務めているだけのことはある。感服しました。


「汚染地域に近い街や村ではもう簡易儀式を執り行っているからね。気休め程度ではあるけど」


 もう既にやれることは全てやっていたんですね。

 それもそうか。数カ月間も時間があったのだから。


「《神樹祭》を執り行うのは4日後かなぁ」

「4日というのは何か理由が?」

「明日に祭壇が完成するでしょ。儀式の流れの確認や打ち合わせに1日半以上かかるから2日目は潰れて、3日目の午後から儀式の最重要人物の巫女が禊を始めるんだ。夜通しね。で、4日目の早朝から儀式開始になると思う。で、最短4日後」

「大変ですね。特にその巫女の方は」

「あぁ、大丈夫大丈夫。アイラとアイルだから」


 あっけらかんと大丈夫と言って樹王陛下は朗らかに笑った。

 何故大丈夫と言えるのだろう? あの二人だぞ。心配と不安しかないんだが。


「『世界樹狂いせかいじゅフリーク』が世界樹様を称え、お力を貸していただく儀式を間違えると思う? 『魔法狂いまほうフリーク』が数百年に一度の樹国最高の儀式魔法に興味がないとでも?」

「あぁー……物凄く理解しました」

「だろう?」


 不安と心配が一気に吹っ飛んだ。

 あのお二人なら何が何でも儀式に参加するよなぁ。参加させなかったら大変なことになる。絶対に。


「おぉ大将! 来てたんですかい!」


 いかにも大工の棟梁である一人の男性が樹王陛下に気づいてやって来た。

 明るく元気で豪快。こういう人、嫌いじゃない!


「順調かな?」

「へい! 全て順調ですよ! 明日には完成しやすぜ!」

「それはよかった」

「へい! 姫さん方も手伝ってくださるんで助かってやす」


 姫さんとは……?

 その時、風に乗ってテキパキ指示を出す女性の声が聞こえてきた。


『そちらの木材はあちらへ……ああ、そこの御方! そのお飾りはそこではありませんよ。あちらでございますわ』

『お姉様。あっちのほうが魔法の効力が上がりますわよ』

『あらそうなの。ごめんなさい。妹の言う通りにしてくださる? うんうん、そこで……感謝しますわ』


 う~ん……どこかで見覚えがあるような無いような。

 声も聴いたことがあるかもしれない。


「シラン君」

「はい」

「あそこで指揮を執っている人物たちに見覚えはないかい?」

「えーっと……」


 樹王陛下が指差す先には、職人たちに指示を出す美しく着飾った淑女二人。

 この国に来て数日の俺に言われても……。


『やはり魔法関連にはアイラの知識が欠かせませんわ』

『わたくしなんてまだまだですわ。アイルお姉様の《神樹祭》の造詣の深さにわたくしは到底及びませんもの』

『わたくしだってまだ精進が足りないと痛感しましたわ。アイラ、貴女は胸を張りなさいな。十分立派です。姉として誇らしく思います』

『お姉様こそ、過剰な謙遜は嫌味に聞こえますわよ』


 オホホホホホ、と笑い合う仲の良い淑女の姉妹。

 彼女たちが誰なのか気づいた樹王陛下は、顔を青ざめて一言――


「気持ち悪いっ!」


 心の底からの叫びだ。あまりの生理的拒否感に鳥肌が立った腕を盛大に擦っている。

 昨夜カトレアさんに連れ去られた彼女たちは、しっかりと矯正を受けて立派な淑女と生まれ変わっていた。

 別人と言っていいほど外見から違う。


「陛下……そんなこと言っていいんですか。ご息女でしょう?」

「気持ち悪いものは気持ち悪いんだ! あぁもう。寒気がする!」

「あぁー。大将の気持ちはよくわかりますわ。でも、大将の猫かぶりモードもあんなもんでさぁ!」

「はっはっは! だよねー!」


 笑いごとか? 笑いごとなのかっ!?


「姫さんたちがあんなんで、オレたちもやりにくいったらありゃしねぇ。猫かぶりモードの姫さんなんて久しぶりに見やした。何があったんですかい?」

「昨夜、カトレアに喧嘩を売ってた」

「それはそれは! 姫さんたちも馬鹿ですなぁー。あのおっかねぇ姐さんに……おっと!」


 どこからともなく迸った強烈な殺気に親方は顔を青ざめ直立不動に。

 ガクガクブルブル。迂闊な発言は死に直結するぞ。


「ま、まあ、猫かぶりモードでおふざけがなくなってるんで、全て順調に進んでやす。いつもの姉妹喧嘩がないのはちょっと寂しいですがね」

「普段は姉のアイルが妹のアイラに向かって胸を張れとか言わないからねぇ。アイラが煽るようにドヤ顔で胸を張って、アイルが胸に掴みかかるのがいつものパターン」

「あんな静かな姫さんよりも、元気な方が姫さんらしいですな。早く戻ってくれやせんかねぇ」


 しみじみと大人二人が猫かぶりの姫を眺めている。一人は彼女たちの実の父親だ。

 よく観察すると、あらゆる人がチラチラと双子姫に困惑と恐怖の眼差しを向けている。

 彼女たちの素を知って数日の俺でも強烈な違和感を感じるからなぁ。


「うん……やっぱり不気味だ! 不吉なことが起きるかも! 魔物がまた襲ってくるとか!」

「大将……あるかもしれやせんね!」


 おいおい。それは二人に失礼……


『アイラ、素敵よ』

『お姉様こそ素敵ですわ!』

『『 オホーホホホホッ! 』』


 すいません。やっぱり樹王陛下に同意します。不吉なことがあるかもしれません。

 全身がぞわっとした俺は今すぐここから立ち去りたい衝動に駆られた。





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変態化してないのに、何だこの違和感は! by 作者

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