第357話 厄介なブツ

 

「ん? 琥珀の扇子? アイラが宝物庫から借りパクしてたやつ? いーよいーよ。あげるよぉー」


 軽っ!?

 樹王陛下にアイラ殿下から国宝を貰ったのでどうしようと相談したら、あっさりと許可が出てしまった。一応国宝だぞ。そんなに軽くてもいいのだろうか?

 手続きとかないの?


「だって世界樹様の枝の杖と交換だろう? むしろソレだけでいいのって言いたいくらいさ。世界樹の果実並みに価値があるからねぇ。いくつか国宝を持ってく? 好きなの選んでいいよ」

「いえいえ! これ以上要りませんから!」

「そう? 欲しくなったらいつでも言ってね」


 言うことは絶対にないと思います。

 のんびりとした樹王陛下は、先ほどから騒いでいる娘たちに呆れの眼差しを向けた。


「さっきからうるさいと思ったらそういう理由だったんだね。道理で」

「あ、あはは……」

「娘たちがごめんね」


 謝罪の声は奇声によってかき消される。


「おほぉぉぉおおおおおおお! やはり世界樹様の枝の杖でござるとはぁぁぁぁああああああ! アイラ! 少し! ほんのちょっとでいいので拙者に! 拙者に貸すでござるぅぅうううううう!」

「嫌でおじゃる! 嫌でおじゃるぅぅううううう! この杖は麿マロが貰ったものでおじゃるぅぅううううう! 姉上に貸したら十数年は返ってこぬでおじゃろう!」

「ちょっとだけ! ちょっとだけでござるから!」

「ぜぇ~ったいに嫌でおじゃる!」

「ちょっと触るだけ……先っちょだけ。先っちょだけでいいから!」

「ダメでおじゃるぅ~! 信用ならぬ!」

「世界樹様の果実を食べたくせに! 食べたくせにぃ~!」

「アレを食べなければ姉上も死んでおったでおじゃるよ!」

「そうでござるがぁ……」

「美味しかったでおじゃる!」

「まったく反省してないでござるなぁぁぁあああああ! その杖を渡すでござる! 世界樹の巫女として責任もって保管するでござる! アイラは整理整頓できないでござるし!」

「肌身離さず持っておるも~ん! おじゃスリスリ。おじゃおほぉぉぉおおおおおおお! この肌触り。香り。全てが素晴らしいのぉ! 麿マロのかわゆい手にピッタリサイズ!」

「ムキィ~! 羨まじいぃぃいいいいいいい!」


 取っ組み合いの喧嘩が始まった。

魔法狂いまほうフリーク』が放つ魔法に『世界樹狂いせかいじゅフリーク』は一切恐れず立ち向かう。ぶつかっても倒れない。

 アイル殿下は妹の巨乳に掴みかかり、アイラ殿下は姉の頬を引っ張った。


「「 みぎゃぁぁぁあああああああああっ! 」」


 同じ悲鳴を上げる双子。

 未婚の美人エルフ姉妹の着物がはだけてあられもない姿に。


「ごめんね。本当にごめんね……」


 樹王陛下は心の底からペコペコ頭を下げて俺に謝る。

 こちらこそ、心中お察し申し上げます。

 大変ですね。ウチにも変態が何人かいるので陛下のお気持ちがよくわかりますよ。

 心が通じ合った俺と陛下は無言で力強く握手をした。

 お互い、頑張りましょうね。


「ねぇ、シラン君。君は本当に琥珀の扇子を受け取ってもよかったのかい? いや、返品は受け付けないよ。受け付けないけど……後悔しない? いや、今更もう遅いんだけど!」


 え、何その不安になる言い方は。

 琥珀の扇子を渡されることに何か意味があったかな?


「あ、琥珀の扇子に力があるってことですか? そんなに厄介な力なんですか?」

「力? あぁ、力ね。実に厄介だよ。ボクの手に負えないくらい」

「え゛? じゃ、じゃあ、お返し……」

「ダメだよ! いらないから! 君がきっちりと責任もって対処するんだ! ボクはもう知らない!」


 メチャクチャ不安なんだが! 異空間に封印しておくか……。


「あ、そうだ。コレは普通の簪ですよね?」


 俺が取り出したのは、猫被りのアイル殿下にいつの間にかポケットに入れられていた琥珀の簪である。返そうと思ってすっかりと忘れていた。

 何気なく樹王陛下に見せたのだが、陛下は驚愕に顔を引きつらせていた。


「そ、それはアイルの簪……!? ボ、ボクは絶対に受け取らないからね! 返品不可!」

「こ、これにはどんな効果が!?」

「頑張れ。シラン君にはこの言葉だけを送るよ」


 実に優しい微笑みで肩をポンポンされる。それがどれだけ俺を不安にさせることか。

 不安だぁ。不吉だぁ。嫌だなぁ。絶対に厄介ごとじゃん。これも封印決定。

 呪われてはいないと思うのだが、そんな面倒そうなものを俺に渡してこないでくれよ。


「二人してどうしたのです?」


 樹王妃殿下がやって来た。俺たちの顔を交互に見て、キョトンと首をかしげている。


「シラン君がアイルから琥珀の簪を、アイラから琥珀の扇子を受け取ったんだ」

「え゛っ!? あの厄介なブツを受け取ってしまったんですか!?」


 うわぁ~、と心底可哀想な目で見つめられる。俺を憐れんでいる。

 厄介なブツって……効果を教えてくださいよ。


「頑張ってくださいね……」

「なんで陛下も殿下もそれしか言わないのですか!?」

「「 だってねぇ~……頑張れ! 」」


 くっ! この二人に訊いても意味がないな! なんか楽しんでません?

 こうなったら姉妹二人に訊くしか……


「ござるぅぅううううううううう!」

「おじゃるぅぅうううううううう!」


 やめておこう。変態の喧嘩に混ざりたくない。


「あの二人を止めないんですか? ご息女でしょう?」

「ムリムリ。巻き込まれたくないもん」

「すぐに担当の者がやって来ますので」


 言葉の途中で、この場にスススと静かにやってきた人物がいる。

 着物をきっちりと着こなしたエルフ美女である。

 喧嘩する双子姉妹に気配もなく近づくと、一瞬にして二人の耳を抓り上げた。


「「 みぎゃぁぁぁあああああああああ! 」」

御姫様おひいさまたち? 何をやっていらっしゃるのですか、そんな淫らな格好で?」

「「 カ、カトレア!? 」」


 ガクガクと顔面蒼白で震え始める双子姉妹。翠玉エメラルドの瞳と橄欖石ペリドットの瞳の目配せで意思が通じ合う。


「拙者と」

麿マロは」

「「 仲良く遊んでただけでぇ~すっ! 」」


 可愛くあざとく嘘を吐く。

 まあ、そんなものが通じるわけがない。カトレアさんはニッコリ微笑み、


「では、私も御姫様おひいさまで遊びましょう」

「「 ぎゃぁぁああああああああ! ごめんなさい~! 」」

「最初から謝ればいいのです!」


 ゴッチンゴッチンと痛そうなゲンコツの音が俺まで聞こえてきた。

 うわぁ。痛そう。


「あれは痛いよねぇ」


 樹王陛下が何故か真っ青な顔で自分の耳や頭を撫でている。

 彼女からお仕置きされたことがあるのかな?

 仲良く土下座する双子姉妹がボソッと小さく呟いた。


「カトレアの高齢者エルダーエルフ」

「カトレアのオーガエルフ」


「「 高齢の鬼エルフエルダー・オーガ 」」


「誰が高齢の鬼エルフエルダー・オーガですかっ!」

「「 きゅぴっ!? 」」


 むんずと首根っこを掴んだカトレアさんは、コキュコキュッと双子の首を……そう、素早く手慣れた様子でコキュッと。

 ビクンッと痙攣して身体から力が抜ける二人のエルフ。白目をむいて、口からブクブクと泡を吹きだした。

 し、死んでないよね?

 もっと恐ろしいのが、この場にいる樹国の人たちがカトレアさんのコキュッに見慣れた様子であることだ。平然としているし、むしろよくやったと称賛している気が……。


「カトレアに逆らっちゃダメだよぉ。なんで学ばないかねぇ」

「陛下も昔はよく私のことをオーガと老婆をくっつけて鬼婆オウバと言っていましたよ?」


 樹王陛下の前を通り過ぎる時、カトレアさんがニコリと告げた。しかし、目はキッと睨んでいる。

 竦み上がった樹王陛下は恥も外聞も投げ捨て、深々と頭を下げる。


「申し訳ございませんでしたぁー!」

「良かったですね、陛下。学んでいなかったらこの子たちみたいに首をコキュッとしていましたよ、コキュッと。うふふふふ」


 では御姫様おひいさまを躾けてまいりますので、と微笑んだ貴婦人は魂を手放そうとしている双子をどこかへと連れて行った。

 この後どこで何が行われるのか。それは知ってはいけないことである。ガクガクブルブル。


「うぅ……胃が痛い。カトレアはさ、ボクの教育係でもあったんだよ。あの琥珀のヤツよりも彼女のほうが厄介かも。絶対に胃痛のきっかけはカトレアだよ……イテテ。胃薬どこだっけ?」


 親子二代にわたって教育係を務めているんだ。すごい人だな。

 ということは、カトレアは樹王陛下よりも年上ということに……。

 何歳だろうと思う直前、ゾクリと全身に冷水をぶっかけられたような悪寒が走った。

 ガクガクブルブル。俺、何も考えていましぇん……。ごめんなしゃい。


「あ、シラン君。カトレアの年齢を考えたでしょ? ダメだよ。そんなの殺してくださいと言っているようなものじゃないか! 彼女、○○○○ジュリッ! カッ!歳なのに元気だよねぇ。ふぇ?」


 数字の部分は、何かが剃られた音と乾いた硬いものに何かが深く突き刺さった音で聞こえなかった。

 ふと気付くと、樹王陛下のこめかみの辺りに深い剃り込みが刻まれ、背後の壁には簪が根元まで深々と突き刺さっていた。


「「 ………… 」」


 俺と陛下は真っ青な顔で頷き合い、


「シ、シラン君! 《神樹祭》の詳しい話を、し、しようじゃ~ないかぁ!」

「そ、そうですね、陛下!」


 ハハハハハと笑い合って、速攻で話題を変えるのであった。


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