第356話 大切なものと交換
午前中いっぱい、アイラ殿下は極大魔法をポンポン連発させて大地の浄化を行っていた。
一人で相当な規模を担当しており、広範囲が浄化されたのだが、これでも一時しのぎにしかならないという。
森都まで広まらないようにするのが精一杯で、別の方角から汚染は広がっているらしい。
国土の10分の1もの面積だ。一人ではどうしようもない。
「おじゃじゃ……もきゅもきゅ」
お昼ご飯をもきゅもきゅ食べながら、アイラ殿下は魔法陣とにらめっこ。
食事の味がわかっているのか? そもそも食事していることに気づいているのか?
それくらい真剣な顔で魔法陣を弄っている。
「アイラ殿下?」
「おじゃ? シーラン。良いところに! この魔法陣を読み解けるかのぉ?」
「ふむ……さっき使ってた浄化の魔法を改良しようとしているのか」
「おじゃおほぉー! よくぞ分かったでおじゃる! シーラン!
そ、それは遠慮したいかなー、なんて。魔法陣の改良のお手伝いはするからさ。
「ここの部分をこうすればいいんじゃないか?」
「おじゃ? なるほどのぉ。しかし、ここが変にならぬか?」
「これをこうすれば……」
「おじゃおほぉー! ならばここをこう変換させた方が……いや、ダメでおじゃる。連結させた場合に上手く動かないでおじゃる……」
「連結させた魔法陣を見せてもらっても?」
「よいぞよいぞ! おじゃむふー! シーランは話が合うのぉ! 魔法の発動速度といい、知識といい、理解度といい、
「お断りしまーす」
「おじゃ!?」
何故そこでがっかりする。周囲の樹国の人たちも何故露骨に落ち込む。
これ以上変態が増えても困ります。もう手一杯なので。
連結魔法陣を見せてもらい、二人であーだこーだ魔法議論を熱く語り合う。
「実に素晴らしい技術だ。魔法陣も洗練されているし」
「そうであろうそうであろう! 今まで誰もこの美しさが理解できないのでおじゃる! シーランよ、そちもなかなかよのぉ。おじゃ? よく見えぬのぉ。近くに寄ってもいいでおじゃる?」
「どうぞどうぞ」
「では、失礼して……おじゃる~」
「ここをこうして……」
「そうであるならばこうすれば……」
「こっちを弄って……」
「ふむふむ……ここに座ってもよいかのぉ?」
「どーぞ……こんな風にすれば……」
「なるほどのぉ! で、あるならばこうでおじゃる!」
「おぉ! 全体的にまとめて……」
「おじゃむむっ? これを持ってくれないかのぉ。重くて重くて……」
「へーい……」
「おじゃおほぉ……」
30分は語り合っていただろうか。
浄化の魔法陣を改良を終え、新たに強力な魔法を作れないかと考えていた時、俺はある事実に気付いた。
手の平に伝わる張りのある柔らかな下乳の感触と予想以上の重量感に驚く。
「シーランのおかげで楽でおじゃる~。乳房が重い重い……」
「あの~、どうしてこういう状況になっているんですかねぇ?」
周囲にいた女性陣に問いかけてみる。
「アイラ様は許可を取っていましたよ。了承したのはシラン様です。考え事に夢中で、心ここにあらずの状態で返事していましたけど……」
マジで!? 全然覚えていないんだが!
「婚約者として止めてくれなかったの!?」
「どこに止める必要が?」
「ジャスミン! リリアーネが考えることを放棄している! 何か言ってやってくれ!」
「……職務中により回答は差し控えさせていただきます」
ジャスミンさーん! というか、貴女も止めてくれませんでしたよね。
ダメなことは物理的にやめさせようとするのがジャスミンだ。その彼女が動いていないということは……まさか! ジャスミンも思考放棄を!?
相手が変態だから関わりたくないのか!
「ただいま戻りましたぁー! いや~、体を動かすと気持ちがいいですねぇ~! モンスターでストレス発散させていただきました。仔狼さんにもアドバイスをもらって、もっと強くなった気がします!」
疾風を纏って戻ってきたシャルは、スッキリした実に良い笑顔でシャドーボクシングをしている。
まだまだ暴れたりないのだろうか。振り抜かれる腕がブレ、シュシュシュと空気を切り裂く。
「はっ!? 昼間から殿下がロリコンしてますぅー!」
こ、これは誤解だぁー!
『シャル』
「はいです!」
『いつものことだよぉ~』
「いつものことなのですか!? あ、ハイ! これも忘れますぅ!」
パワハラ狼ズの威圧で脅されて、シャルは涙目で敬礼した。
忘れさせるんじゃなくて、誤解を解いて欲しかったよ。今更弁解しても言い訳にしか聞こえないよね……。
「樹国の皆さん! 姫を守らなくていいんですか!?」
「「「 どーぞどーぞ! お好きなように! 」」」
「何故!?」
引き取ってもらおうかと思ったのに目論見が外れた!
身体は幼いけれど、アイラ殿下はエルフの中でも超美形だし、彼女に良いところを見せれば気に入られて、結婚できるかもしれないのに。
王女と結婚できるんだぞ! 普通は憧れないか!?
「「「 勘弁してください! 」」」
揃って頭を下げる樹国の男性たち。心の底からの拒否が伝わってくる。
本当に嫌なんだな……。
大使殿が言っていたことは真実だったんだ。
「さてと、アイラ殿下。これ以上の魔法陣の劇的な改良は望めないだろう。効果を上げたいのなら触媒を使ったらどうだ?」
「あ、シラン様が思考を放棄されました」
「強引に話をなかったことにして戻したわね。しかも胸は支えたままだし……」
ハハハ、何のことかなー?
ところでジャスミンさん。職務中ではなかったのかい?
「触媒のぉ。
懐から取り出されたオレンジ色の扇子。魔法発動の際に振り回していたものである。
「浄化というならば
「失礼ながら申し上げます、ご主人様。彼女はエルフ。
「葉や枝とか?」
「はい。枝のほうが良いですね。杖として使えますので」
なるほど。言われてみれば確かに。
良い提案をしてくれたのでケレナの頭をナデナデしてあげよう。
「あ……あぁっ! これはこれでぇ……!」
珍しく
いつもこうならいいのに。
「対価は必要か?」
「あぁん……あ、はい。身内ではありませんから」
「だそうだ。アイラ殿下。もっと良い魔法触媒が欲しいのなら、何かと交換だってさ」
「ではこれを」
即座に琥珀の扇子を差し出し、周囲の樹国の人たちが『おぉ!』とどよめいた。
「
隠す気が微塵もなかったな! 宝物庫から借りパクしたってことは……
「うむ! 国宝でおじゃるな! いや、国宝以上の価値もあるでおじゃる! この琥珀の扇子にはある力があってのぉ。それはまだ未使用でおじゃる。誰も知らないのでおじゃる。一点もの! 初物! これと交換してたもぉ~!」
「ケレナ、どうする?」
「ええ、いいですよ」
ニッコリ微笑んだケレナの髪の毛が一部変化して、ニョキニョキと一本の枝となる。
枝というよりも、アイラ殿下が握りやすい太さの杖だ。長さは20センチほど。
『おぉ、高位樹精霊の枝の杖だ』とケレナの正体を知らない樹国の人々から羨望の声が上がる。
「これをどうぞ」
「うむ! では、この扇子はシーランに」
「え? 俺?」
「彼女のご主人様なのでおじゃろう? シーランが受け取るのが道理でおじゃる」
まあ、ケレナが受け取っても俺が預かることになるから一緒か。
俺は国宝の扇子を受け取った。
というか、国宝を簡単に交換しても良かったのか? あとで樹王陛下に相談しよう。
「おじゃおほぉー! 感じる! 感じるでおじゃる! 手に持っただけで分かるでおじゃるよー! 扇子とは比べ物にならない魔力の通しやすさ……魔法増幅効果……何より、
ロリが浮かべてはいけない恍惚とした表情で、短杖に頬ずりしている。『
「ケレナ様、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんですか、リリアーネ様」
お? リリアーネとケレナがお喋りしている。何を話しているのだろう?
「ケレナ様はお一人で樹国の危機を救えるお力を持っていらっしゃいますよね?」
「はい、ありますね。ご主人様の
そこは『世界樹だから』だろうが!
「ならば何故お力を使われないのでしょう? 今までに一度も浄化を手助けしたお姿を見ていない気が……」
「そうですね。まだ人が何とかできる状況で、人が頑張っているから私は何もしません。力ある者が世界の問題を全て解決してしまったら、逆に悪い影響しか与えませんし」
「……というと?」
「ご主人様の護衛騎士の皆さんを具体例に考えてみましょう。部隊長のランタナ様が全てお一人で解決されているとします。事務処理も、雑用も、護衛も、敵の殲滅も、何もかも。するとどうなると思いますか?」
「部下の皆さんが必要なくなりますね……。お仕事がありません」
「その通りです。彼女いれば大丈夫! 頼もしい! と思いますよね」
「はい、思います!」
「そして――全部彼女に任せておけばいい、とも」
「っ!? そ、それは……思ってしまいますね……」
リリアーネは正直だ。
任せておけばいい。楽できる。そう思うのが普通だ。俺だって思ってしまう。
「仕事がないので何もしない。訓練したとしても、心のどこかには気の緩みがある。部下が育ちません。彼女がいなくなれば終わりです」
「なるほど。騎士団でそれなら国の場合は…… 一時的には良くても、その後は破滅の道しかないですね。なのでケレナ様は何もされないのですね」
「はい。何もせずに見守ることも重要なのですよ」
樹王陛下たちもこのことをよく理解している。彼らは世界樹の果実を必要としたものの、ケレナに浄化を求めることは一切しなかった。今も自分たちでどうにかしようとしている。
もしケレナに救いを求めていたら、彼女は樹国を見捨てたかもしれない。
「まあ、成長の手助けくらいはしますけどね」
ケレナがリリアーネにチョコンとウィンクする。
世界樹の果実の貸与とか、アイラ殿下へあげた杖とか。
ウチの世界樹様は優しすぎる。
話がちょうどよく終わったところで、紫色の幼女がひょっこり現れた。
「……おぉー。戻った」
お? 実地調査に行っていたロリっ子研究者のビュティが戻ってきたのか。
ナイスタイミングだ。早速だが、ビュティ先生の報告を聞きましょうか。
「……まだ採取しただけだから詳しいことはわからない。だけど、いくつか分かったことがある。この毒は、気化しやすく水に溶けやすい。川も汚染されている」
「川沿いや下流の調査もした方が良いな……」
「……それだけじゃない。地下水も汚染されている可能性がある」
「地下水……それは考えてなかった!」
「……生物にどんな影響を与えるのかも未だ不明。体内に蓄積するタイプの毒だったら面倒」
「空気から吸い込み、食事や水を飲んだだけで毒が体内に……」
「……そういうこと。だから今すぐ調べてくる。じゃあね」
ビュティは詳細な調査をするために自分の研究室に戻っていった。
彼女の研究結果を待つとして、俺は至急アイラ殿下に尋ねなければ。
「アイラ殿下」
「この杖の肌触りと言ったら……おじゃおほぉぉおおおお! む? シーラン? どうしたのでおじゃるか? そんな真剣な顔をして」
「《神樹祭》の儀式魔法はどういう魔法だ? 平面に広がっていく魔法? それとも球状に広がっていく魔法? 前者だったら汚染された地下や地下水には効果ないぞ」
「おじゃむむぅ……そう言えば
今すぐ調べるでおじゃる、と即座に調べに行こうとした『
午後の浄化を終わらせても十分間に合うから!
その杖の効果を試したくないか、と囁いたところ、一発でコロッと落ちた。
ノリノリで午後の浄化を始めるアイラ殿下。
「おじゃほい、おじゃほい、おじゃほっほい…………おじゃおほぉぉおおおおおおおおお! おっほぉぉおおおおおおおおお!」
想像以上の触媒の効果に、白目をむいてビックンビックンなったのは、全員で見なかったふりをした。
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