第351話 パワハラ狼ズ

 

 円卓に座ったヴァナルガンド家族長代理のシャルは、ケレナの正体が世界樹だと説明されてポカーンと口を開ける。突然の暴露に頭がついていっていない様子だ。


「世界樹……様? ケレナさんが? 私、今までに何度かお会いしているんですけど……」


 まさか世界樹様だったとは、と顔面蒼白。失礼なことをしていないかと過去を振り返り、あわあわと慌てている。


「ほ、本当に申し訳ございません! 我ら神狼の一族は世界樹様の森の一部を住処とさせていただいて――」

「ああ。気にしなくていいですよ。副業みたいなものですからね。あ、ご主人様。もぎたてのフルーツをどうぞ。新鮮ですよ」

「ありがとう」


 カットされたメロンに似たフルーツだ。宝石のような美しさである。美味しそう。

 ケレナは緑の髪を一本抜くと、彼女の手のひらの中で瞬く間に爪楊枝へと変化する。創造されたばかりの爪楊枝で一切れのフルーツを突き刺す。

 ア~ンをしてきたのでパクリ。口いっぱいに果汁が零れんばかりに溢れ出し、芳醇な香りが鼻を通り越して脳まで貫く。もぎたてなので果肉も瑞々しい。

 いつも思うが、ケレナが作り出す果物は美味しい。


「世界樹様が副業……?」

「衝撃の事実でござるぅ~! 副業だろうと何だろうと、拙者にとっては世界樹様でござるよぉ~! むしろ、世界樹という存在を超越したケレナ様……おほぉぉおおおおおお! 崇・高!」


 アイル殿下の暴走にシャルが、えぇっ、と目を真ん丸に。18禁顔でのむせび泣きにドン引きする。

 対照的に、円卓に座る長老たちは、久しぶりに『世界樹狂いせかいじゅフリーク』の暴走を見た、と和んでいる。アイル殿下の乱れっぷりをお茶請けにする余裕ぶり。

 さすが、変人の奇行に慣れておる。

 それにしてもケレナの世界樹という役割は副業だったのか。俺も知らなかった。ケレナにとってはアルバイト感覚なんだな……。

 ただ、本業は何かとケレナに問うと『ご主人様の家畜ペットです!』と自信満々の答えが返ってくることが簡単に想像できる。

 家畜ペットであることに誇りを持つ世界樹……世も末だ。


「そうそう。このことは内密に。家畜ペットとしてご主人様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。特にシャル様は冒険者ギルドで働いていらっしゃいますし」


 普段から奇声と奇行で俺に迷惑をかけている奴が何を言っているんだ、と思わなくもない。ぜひ自分の言動を振り返って欲しい。そして、反省しろ。

 ド緊張したシャルが返事をする前に、俺の身体から黄金と白銀の光が飛び出した。

 その光は空中で小柄な姿を仔狼を形作ると、ピョンッと円卓に着地した。トコトコと小さな尻尾やお尻をフリフリさせながらシャルの前で行儀よくお座り。


「ふぁあ~! 可愛らしい狼ちゃんたちですねぇ~! 殿下の使い魔ちゃんですかぁ~?」


 デレデレしたシャルがおもむろに手を伸ばす。

 金と銀の体毛の二匹の仔狼が、たしったしっ、と小さな前足で円卓を叩いた。


『シャル』

『お座り~』

「きゃうんっ!」


 一瞬放たれた強烈な威圧がシャルにだけ襲い掛かり、情けない声と共に彼女の姿が掻き消えた。

 覗いてみると、お座りどころか五体投地している。

 狼耳はペタンと垂れ、尻尾は足と足の間。全身がブルブル震えている。


「あ……あぅ……?」


 本人は何故自分が床に身を投げているのかわかっていない様子。

 二匹の仔狼、日蝕狼スコル月蝕狼ハティの圧力に無意識に本能が屈してしまったらしい。

 円卓からピョンと飛び降りた二匹は、小さな前足を五体投地したシャルの頭にぺしっと置く。


「ひぃっ!?」

『他言無用です』

『わかった~?』

「はいですぅっ! 他言無用ですね! わっかりましたぁー!」


 ぺしぺしされるたびにビックンビックンと怯える狼少女。涙声だ。なんか可哀想。

 スコルとハティはシャルのことがお気に入りで、何かと絡んでは可愛がっている。上下関係を利用したパワハラではないかと俺は思うのだが。


「あ、あの、つかぬ事をお伺いしますが、もしかして《パンドラ》の黄金の狼のお姉様と白銀の狼のお姉様ではありませんか?」


 顔を上げずにシャルがあっさりと正体を言い当てる。

 スコルさん。ハティさん。シャルを可愛がるために表に出ておきながら、正体を見破られてどうしよう、という眼差しを俺に送ってこないでください。責任を押し付けないで。


『別狼です』

『ち、違うよ~』

「し、しかし、この威圧と強大な気配は……」

『別狼です』

『違うの~』

「いや、間違えようがない……」

『別狼です!』

『違うってば~』

「お声や匂いも一緒……」

『別・狼・で・す!』

『違うって言ってるよ~!』

「あ、ハイ。違う狼さんですね! 理解しました!」


 上位の圧力で無理やり納得させたスコルとハティ。

 そういうのをパワハラだと言うんだよ、お二人さん。

 脅されたシャルは不憫だ。床に顔を押し付け、頭にはプニプニと二匹の前足を押し付けられている。


『私たちは《パンドラ》とは全く関係ありません』

『そんな考えは忘れてね~』

「ハイッ! 忘れました!」

『シャル、起立』

「はいですっ!」

『椅子にちゃくせ~き』

「はいなのですっ!」


 シュタッと立ち上がったシャルがシュパッと席に座る。

 背筋はピンと伸ばし、瞳は涙目。額には真っ赤な跡がくっきりと残り、頭の狼耳は垂れたままだ。何故か両手でお腹を押さえている。

 パワハラ狼の姉妹は軽々とシャルの肩に飛び乗ると、小さな肉球を彼女の頬へと押し上げる。グリグリぷにぷにと両サイドから攻められ、シャルはもう泣きそう。


「あぅ……あぅ~……」


 そんな不憫な彼女に他の長老たちは優しそうな眼差しを向けていた。


「気持ちはよくわかるぞい、お嬢ちゃん。儂らもそうだった」

「不憫属性……うむ、族長になる素質を持っておる」

「ヴァナルガンド家は優秀な後継ぎがおって羨ましい」

「はっ!? 我らも無理やり押し付ければいいのでは!? 我らが押し付けられたように!」

「「「「「 それだっ! 」」」」」


 こんな残念な長老たちでこの国は大丈夫なのだろうか?

 樹王陛下や樹王妃殿下まで賛成していたし。ただ、彼らが見つめた先にいる娘はアレだからなぁ。あ、諦めのため息をついた。


「うぅ……お腹ポンポンがぁ……」

「胃が痛いのかな? ボクのオススメの胃薬を分けてあげようか? よく効くよ。効果以上のストレスには意味がないけど」

「あぅ……絶対に効かないと思うので遠慮しておきますぅ……」


 お腹か。薬で効かないのならこれはどうかな?


「シャル、ア~ン!」

「あ~ん……んぅっ!? なにこれ! とても美味しいです!」


 反射的に開けた口の中にケレナが用意してくれたフルーツを一つ放り込んでみたのだ。

 乙女に効果は抜群。甘い物に蕩けて両肩のストレスの元凶スコルとハティを一時的に忘れる。


「はふぅ~。疲れが吹っ飛びました。甘い物は癒されますね。心なしか胃の痛みが和らいだような……殿下、この果物はどこで売っていますか?」

「売ってないよ。だってそれ、世界樹の果実だし」


 パクッ。モグモグ。美味しいなぁ。


「へぇー。世界樹の果実…………世界樹の果実ぅっ!?」


 ガタリ、と複数人が勢いよく立ち上がった。驚愕した顔でカットされたフルーツと俺の顔を交互に見る。


「ま、まさかそれはおほぉぉおおおおおお!」

「先ほど世界樹様がお造りになられたおほぉぉおおおおおお!」

「道理で心惹かれる果実だとおほぉぉおおおおおお!」

「国宝の果実が……あたしゃ見ていられないおほぉぉおおおおおお!」

「胃が痛いおほぉ……メラン、胃薬ちょうだい」

「おほぉほほほ。先ほど飲んだでしょう? ダメです……私も胃薬を飲もう……」

「あわわ……私、食べちゃいましたよ……あわわわわっ!」


 また始まった『おほぉー』の合唱。貴重な果実がカットされて食べられていることへのショックでおほぉー化してしまったようだ。

 長きに渡って国宝として大切に保管し、崇めてきた世界樹の果実と同等のものが目の前でパクパク食べられていたらねぇ。発狂ものである。

 彼らでこの反応なら『世界樹狂いせかいじゅフリーク』の巫女はどんな反応を……


「くんかくんか! すぅーはぁーすぅーはぁー!」

「うおっ!?」


 いつの間にか俺の隣に陣取っていたアイル殿下が、血走った翠玉エメラルドの瞳をカットされた果実に向け、深く深く深呼吸していた。鼻の穴がこれでもかと広がっている。


「おほっ! この芳醇な香り……宝石のような瑞々しい輝き……美しい……中はこうなっていたのでござるね! 種は無いでござるか!? 果肉は若干透き通って……おほっ! おほほっ! 世界樹の果実に関するあらゆる情報を記憶して後世に伝えなくては! おっほほぉぉおおおおおお!」


 果汁の一滴の挙動から放たれる甘い芳香まで何一つ忘れまいとするアイル殿下は、ゆっくりゆっくり着実に顔が果実に近づいていく。

 ちょっと! 鼻息が果実に! 鼻がくっつきそう! というか、呼吸大丈夫? 空気を吸い尽くす勢いでずっと吸ってるけど。ちゃんと吐いてるよね!?


「巫女よ。お一つ食べますか?」

「そ、そんな! 世界樹の果実を拙者が食べるなんて恐れ多い……しかし、折角の世界樹様のご厚意を無下にするわけには」

「はい、お口を開けてください。ア~ン」

「世界樹様のア~ンだとっ!? い、いけませぬ! 拙者なんかに……拙者なんかにぃ~! ダ、ダメでござりゅぅ~…………ア~ン」


 パクリ。

 嫌々と拒絶する様子を見せながらも、結局ケレナの誘惑に負けてしまったアイル殿下は世界樹の果実を一切れ食べてしまった。

 目を瞑ってゆっくりと余裕で100回以上咀嚼して、数分間その一切れを味わっていた彼女は、やがてごっくんと嚥下する。

 目の端からツゥーと透明な涙が零れ落ちた。


「しあわしぇしゅぎる……しあわしぇしゅぎて死にゅ…………我が生涯に一片の悔いなし……おほっ」


 バタン!

 穏やかな顔で後ろへと倒れ、海老反りでビックンビックン。

 この痙攣の仕方は危ない。アイル殿下は今にも天に召されようとしている! 幸せすぎて昇天しかけている! なんて幸せそうな死に顔なんだ。

 ……放っておこう。


「何を驚いているのかわかりませんが、私は世界樹ですよ? 果実ならいくらでも実らせることができます」


 新たに実らせた果実を円卓に載せるケレナ。俺が食べている果実と全く同じもの。込められた雄大な自然の力を果実から感じる。

 長老たちの顔が果実に釘付けとなる。


「聞いたところによると、皆様はコレが必要だとか。しかし、世界樹の果実を無料タダで差し上げるわけにはいきません」


 ニコッと良い笑顔で世界樹ケレナが言った。


「では、交渉といきましょう。皆様はコレの対価に何を差し出しますか?」















<おまけ>


『シャル。貴女、食べてしまいましたね。世界樹の果実を』

『一体どんな対価を支払うのかなぁ~? ねぇねぇ! どうするのぉ~?』


 肩に乗った仔狼たちに両頬を肉球プニプニされているシャル……不憫だ。


「ひぃっ!? お許しをぉ~! ふえぇ~ん!」


 お二人さん、そろそろやめて差し上げなさい。






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シャルはやっぱり不憫属性ですよね!

作者も肉球プニプニされたい……癒しが欲しい……。

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