第350話 七部族の長老たち
「ではでは、簡単に紹介していくでござるよ」
十数分に及んで繰り広げられた”おほぉーの合唱”と押し問答の末、何とか土下座ではなく円卓の席に着席してくれた長老たちを、アイル殿下が得意げに紹介し始める。
「スキー家ジックジョー殿、スメラギ家キク殿、アサクラ家サクラ殿、ゴショーイン家リンドウ殿」
名前を呼ばれた長老たちが軽く会釈をする。
「お? ヴァナルガンド家はいないでござるね」
「ヴァナルガンド家のお嬢ちゃんは今お花を摘みに行っておるよ」
「実に可愛らしい娘さんだわね。ちょっと不憫なところがまた」
「ふーん。おしっこでござるか。それともなかなか帰ってこないからウンコでござろうか? 気張るでござるよー!」
おいコラ。あんた乙女だろうが。そんなお下品な言葉を言わないの! 応援するな!
慎ましくお花摘みと言いなさい。
あまりにあっさりと述べたから思わず二度見してしまったじゃないか。
本当に残念だな、このエルフの王女は。
「残りは二人でござるね。嫁いだにもかかわらず、未だに族長の座から降りることができないミキリア家の族長、旧姓メラン・ミキリア。現在はメラン・イルミンスール。拙者の母上でござる」
「お久しぶりですね、シラン殿下。先ほどはお見苦しい姿をお見せいたしました」
先ほど年齢の話でアイル殿下と言い争っていた褐色エルフ美女が笑顔で会釈をした。
この御方が樹王妃殿下である。確かにアイル殿下とそっくりだ。肌の色が違うだけで姉妹のように似ている。
何度かドラゴニア王国に来国されたことがあり見覚えはあったのだが、その時の印象とさっき言い争いをしていた人物は全くの別人でわからなかった。
外見は何歳に見えるかアンケート調査をしていたのが一国の王妃だとは誰も思うまい……。
「最後は拙者の父上、イルミンスール家当主、樹王ディモルフォセカ・イルミンスールでござる」
コホン、と咳払いした樹王陛下が王の威厳を漂わせながら口を開く。
「にゃん!」
にゃ、にゃん?
突然繰り出された渋いヴァリトンボイスの謎の掛け声と両手をグーにした謎のポーズに、俺は思わず固まってしまう。
「ようこそユグシール樹国へ。私が――」
「父上父上! 猫を被る必要はないでござるよ。今更でござるし、拙者も素なので!」
「あ、そう? よかったぁ。猫を被ると胃が痛くなるんだよねぇ」
あっさりと王の威厳と仮面を捨て去った樹王陛下が、渋い顔で胃の辺りをしきりに撫でている。
さっきのは猫被りのポーズか!? アイル殿下もやっていたやつ!
「父上は胃痛持ちでござるからねぇ。ストレスに弱すぎでござるよ」
「ホントにね。なんでボクなんかが王をやってるんだろ。最近は髪の毛がごっそりと抜け落ちそうだ。毎日メランに禿げてないか調べてもらってるよ」
樹王陛下は胃痛持ち……ストレスに弱い……だと!?
「あ、シラン君いらっしゃーい。大きくなったねぇ。娘がごめんね? 迷惑をかけまくったでしょ。ゆっくりしていきなー」
「は、はぁ……」
今まで威厳のある樹王陛下しか見たことなかったから、こんなフランクな彼に戸惑いを隠せない。
笑顔で手を振ってるし。
なにこの国王。素になったら言動が緩み過ぎなんだけど。
過去に見た格好いい樹王陛下の記憶がガラガラと音を立てて崩壊していく。
ははっ。あれ、猫被ってたんだ。別人じゃないか……あははは……。
アイル殿下が自慢げに胸を張って自己紹介を締めた。
「彼らが、ちょっと人をまとめるのが上手かったり、内政が得意だったりして、貧乏くじを引いたユグシール樹国を統治する七部族の長たちでござる。今は一人いないでござるが」
「貧乏くじ……」
「そう。貧乏くじでござる」
民や一族から信用と信頼を得て族長になったにもかかわらず、それを貧乏くじと言うなんて失礼じゃないか?
彼らは国の重鎮でもある長老たちだ。もっと尊敬したほうがいいと思う。バチが当たるぞ。
しかし、俺の予想に反して、長老たちは怒ることなくぐったりと疲れ切った表情だった。
「あぁ……辞めたい。本当に辞めたい……」
「のんびり生活したいのぉ。ちょっと優れているからという理由で族長なんかを押し付けられて……はぁ……」
「何故だ! 何故後継者が見つからぬ! こんな地位なんてさっさと譲って引退してやるのに!」
「最近の若者は出世欲がなくて困る。アタシらの時代はもっとガッツがあったぞ。青春しておったのぉ。アオハルだったのぉ。誰かおらぬのかぁ~!」
「うぅ……胃が痛い」
「はいはい。胃薬よ」
「いつもすまないね」
「それは言わない約束よ」
え、なにこれ。みんなやる気がない。辞める気満々じゃん。
いつでも地位を譲るのに相応しい後継者が見つからないし、周囲からの説得が激しくてなかなか辞められない、という悲壮感を漂わせている。
彼らは本当に貧乏くじを引いたの?
「ねぇ、誰か国王を代わってくれない?」
樹王陛下が机に突っ伏した。
その場にいた長老全員が『嫌!』と口をそろえる。
「なんでよー! くっ! あの時くじ引きで『貧乏』を引かなければ……」
物凄く悔しそうに机を叩く。まるで駄々っ子だ。
訳が分からない俺にアイル殿下がこっそりと説明してくれる。
「ユグシール樹国は長老の中から王を決めるのでござるが、父上たちは誰もやりたがらず、結局くじ引きで決めることになったそうでござる。6つの『大富豪』と1つの『貧乏』。その『貧乏』を引いたのが父上でござる」
「本当の貧乏くじってことか……なんで『当たり』と『外れ』にしなかったんだ? というか、罰ゲーム方式で国王を決めたのか!?」
「普通過ぎて面白くない、という父上の発案だったそうでござる。くじ引きと言い出したのも。言い出しっぺは負ける確率が高いと拙者は思うのでござるが、シラン殿はどう思うでござるか?」
確かにそれはそう思う。
言い出しっぺの美丈夫がぶつくさと隠すことなく不満をぶちまける。
「あぁー! 任期あるのに『今まで順調にいっていたから』とか『中途半端なところで投げ出すのは良くないよ』とか、なんやかんや理由をつけて辞めさせてくれないしー!」
「実際、上手く国を回しているじゃないか」
「でも、最近は全然ダメだよね? ことごとく上手くいかないよね!? 今が辞め時だと思うんだけど! 不甲斐ない責任を取って新しい人に任せるというのはどうだろう!?」
「責任を取るなら現状をどうにかしてからにしな!」
「うぅー! 辞めたい……うぐっ! 胃が……」
今度は胃痛によって机に倒れ込んだ。胃薬の効果が出始めるにはもう少し時間がかかるはず。
「何故後継者ができないのじゃろう?」
「『やる気のある人求む! 急募! 後継者指名確実! お願いだから誰か代わりませんか!?』と切実に募集しておるのに……」
「時々、自分の手で国を動かしたいという野心家の若者がいるんだがねぇ」
「アタシらの仕事を見学させたら途端に逃げ出すんだよ。根性無しめ!」
「エルフじゃなくて他の種族でもいいのだけど……」
「ボクらが数百年かけて蓄えちゃった知識と経験に心が折れちゃうんだよねー。どーしよ」
はぁ、と長老たちが深いため息をつく。
皆さん、大変なんですね。ウチの父上もよく似たような愚痴を言ってますよ。国王になるんじゃなかったー、と。
姉上たちは王になるのが嫌でさっさと婚約者を見つけて王位継承権を放棄しちゃったし。
熱心に交代したがっているのが逆効果になっているんじゃないか?
長老たちが切実に交代を訴え、音を上げる仕事だ。誰もやりたがらないだろう。
それにキツい現実を見せちゃったらねぇ。理想を掲げる野心家はメンタルが強く無い限りポッキリと心が折れてしまうに違いない。
そんなどんよりと淀んだ空気を元気溌剌な声が払拭した。
「ただいま戻りましたー!」
ん? この声は……。
とても聞き覚えのある声のほうを振り向くと、そこには美しい黒い毛並みを持った獣人の女性が部屋に戻って来たところだった。
「あれ? シャル? 久しぶり」
「げげっ!? 殿下が何故ここにぃっ!? あ、お久しぶりでぇーす」
冒険者ギルドの人気受付嬢シャルがお手本のように驚いた。
それはこっちのセリフだと思う。どうしてシャルが樹国にいて、長老会議に出席しているんだ?
これは全くの予想外。
「ハッ!? どこにもいらっしゃいませんよね!?」
「誰のことだ?」
「《パンドラ》さんたちですよ! 殿下とお会いするといつもいつも身構えちゃうんですよね。何故でしょう?」
シャルはお腹を両手で隠して周囲をしきりに見渡している。
本能が無意識に感じ取っているのかもしれない。俺が《パンドラ》のリーダーだってことを。
ピンと立った狼耳と不安そうに揺れるフワフワの尻尾が可愛らしい。
「お二人はお知り合いでござるか?」
「ああ。彼女は普段ドラゴニア王国の王都の冒険者ギルドで受付嬢をしているんだ。その縁で仲良くさせてもらっている」
「私、王侯貴族様の応対も任せられていますからねー」
そして、俺たちは同時に首をかしげた。
「「 で、何故ここに? 」」
まず俺からユグシール樹国へとやって来た理由をかくかくしかじかと説明する。
次はシャルの番だ。
「母に命じられたんですよ。領地から離れられない理由があるらしくて、族長代理として参加しなさい、と半ば無理やり。なので冒険者ギルドのお仕事も一時休職中です」
シャルはフェンリルの獣人。それも次期族長だったはず。
今まで詳しく聞いていなかったが、ということは彼女の部族というのは――
「改めて自己紹介を! ユグシール樹国七部族が一つヴァナルガンド家、当主ルパ・ヴァナルガンドの代理を務めさせていただいております。次期族長シャルロット・ヴァナルガンドです! よろしくお願いしまーっす!」
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ここでシャルの登場! 作者も予想していなかった!
プロットを練り直さなきゃ……。
彼ら族長たちはなんやかんや言いつつも優秀です。
おほぉーな人たちでしたけど。
周囲の人たちが引き留めるため、辞めることができないのです。
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