第349話 ジジババ
一通り案内が終わった後、俺とケレナとアイル殿下の三人は城の中を歩いていた。
正確には、アイル殿下が俺たち二人について来てほしい場所があると頭を深々と下げて懇願してきたのだ。
彼女の真剣で真摯な態度に俺たちは即座に了承。リリアーネや近衛騎士たちには客室で待っていてもらい、俺とケレナだけアイル殿下の案内に従っている。
滅びに向かっている国のことについて話し合いたいに違いない。先ほど、父に直談判するとか言っていたし。
元々、俺たちは樹国に協力するために来たのだ。
「おや、アイル姫ではありませんか」
「ご帰還、おめでとうございます」
扉の前を守護する近衛兵がアイル殿下に気づいて頭を下げた。立派な甲冑を着て、盾と槍を構えている。歴戦の武士といった雰囲気だ。
「声をかける者は皆、何故拙者に『おめでとう』と言うのでござるか!?」
「姫様の方向音痴は有名ですからねぇ。いい加減、森都で迷うのは止めましょうよ」
「あれをただの方向音痴と言っていいのかわかりませぬ。アイル姫……視覚に異常はありませんよね?」
「無いでござるぅ~! 今までに何度調べさせられたことか! 半年に一回は検査を受けてたでござるよ!」
そっか。検査、受けさせられたんだ。やっぱり。
検査結果に異常がないことに驚かれ、再検査させられる姿が簡単に想像できる。おかしいな、と医師や周囲の人たちが首をひねる姿も。
俺もケレナを何度もビュティに診察させたから。性癖はアレだけど異常なしって診断されたときは驚いたもんだ。耳を疑ったね。
プンスカ怒るアイル殿下は深くため息をついて、近衛兵に問いかける。
「父上はこの奥でござるか?」
「はい」
「樹王陛下はこの先で長老方との会議に出席されています」
「やはりそうでござったか。長老会議ならば好都合! 通らせてもらうでござるよ!」
「「 はっ! 」」
いやいや! 会議中なのに通しちゃうの!? 普通は止めるでしょ!
コッソリと近衛兵に問いかけると彼らは苦笑いを浮かべ、
「長老会議に突撃されるのはいつものことですし……」
「姫様にも出席する権限がございますので」
「むしろ、呼ばれているのに出席に応じないことのほうが多くて……」
「あぁ……心中お察しします」
「「 かたじけない 」」
近衛兵たちも苦労してるんだなぁ。同情で涙が出そうだ。
その時、『殿下がそれを言いますか』と頭を抱えるランタナの姿が思い浮かんだのは何故だろう。手には特大のブーメラン。
はて? どういうことだろう?
「シラン殿! 首をかしげている場合ではないでござるよ! いざ突撃!」
バーンと重厚な木製のドアを勢いよく開け放って、アイル殿下は会議中の部屋へと突入した。
「たのもぉー!」
彼女の声は大きく響き渡った。
部屋の中央には円卓が置かれ、樹国の重鎮らしき人物たちが座っていた。彼らは何事かと一斉に振り返り――なんだ姫か、とすぐに興味をなくす。
この感じ、慣れておるな。
「アイル・イルミンスール! ただいま帰還したでござる! 非っっっ常に大切なお客人も連れて来たでござるよぉー!」
「ドラゴニア王国第三王子シラン・ドラゴニアと申します。前触れもなくこのような場へ立ち入ってしまったこと……」
「そんな硬い挨拶は必要ないでござるシラン殿! 長老会議という名の老人会でござるゆえ!」
「ふふふ。誰が老人ですかっ!」
円卓に座っていた褐色肌のエルフ美女がニッコリ笑顔を浮かべながら声をあげた。こめかみには青筋。
うわぁー、激怒しているなぁ。
若々しく見える他の長老たちも女性の抗議に深く頷いて同意。
アイル殿下は大人達の怒りの眼差しを平然と受け止めて言い返した。
「500歳を超えたら立派なジジババでござる! 孫もいるような年齢でござるよね?」
「「「「「「 ぐふっ! 」」」」」」
円卓に座っていたほとんどの美形が胸を押さえて吐血した。机に突っ伏してしまった人もいる。ガンッと痛そうに額をぶつけた人も。
全員の心にクリティカルヒットしたようだ。
そして――
「ぐふっ!」
『『『 ぐふっ! 』』』
流れ弾を喰らった俺の隣の世界樹とこの会話を聞いていた500歳オーバーの使い魔たち。
君たちはヒトやエルフの基準とは違っているから気にしなくてもいいと俺は思うぞ! 孫どころか子供もいないじゃないか! 肌にもハリとツヤがあって年齢なんてわからないから! というか君たち、そもそも自分の年齢を気にしてないじゃないか! 忘れている子もいるみたいだし!
「そして、なんとこちらの御方が――なんで泣いていらっしゃるのでござるか? もしかしてジジババたちが何か粗相を!?」
「い、いえ……軽くご、500歳を超えている、ご主人様の
「あーよしよし。ケレナも女性だからな」
さすがにドМのケレナも年齢関係の弄りは
心に傷を負った乙女を抱きしめ、ナデナデして慰める。
瀕死の重傷を負った一人が何とか立ち上がった。あの褐色エルフ美女だ。ふらつきながらも涙目でアイル殿下を指さす。
「118歳も大抵の種族にとってはババアですよババア! ね、そう思うでしょ?」
俺に話を振らんでください。傷ついたケレナを慰めるので精一杯なんです。
種族差のことを比べはじめたら切りがないでしょうに。
つーか、アイル殿下って118歳なんだ。へぇー。
「拙者、人族換算ではティーンエイジャーでござるもーん!」
「それを言うなら私たちだって30代から40代ですし!」
「サバを読みすぎでござる! 40代から50代でござるよ!」
「見た目なら10代から20代だと自負しています! 実際路上でアンケート調査をして試しましたから!」
「二児の母親が何をやっているんでござるか!? 恥ずかしいでござるぅー! 頭がおかしいでござるよ。病院に行くでござるか?」
「あなたにだけは言われたくない!」
超どうでもいい言い争いをしている。早く終わらないかな。
「あのー? 見た目はお美しいままなんですから、永遠の二十歳とか言っておけばいいのではありませんか?」
「「「「「「 それだっ! 」」」」」」
お、おぉう。適当に言ったら採用されてしまった。
永遠の二十歳永遠の二十歳、と嬉しそうに呟く美形たち。なんか怖い。
彼らも変人か?
「あぁもう! ジジババたち! 数カ月ぶりに拙者が帰ってきたのでござるよ! もっと何かないんでござるか!?」
駄々をこねる子供を可愛がる優しい親や祖父母の眼差しで彼らはアイル殿下に微笑み、
「おけーりー」
「元気だったかぇ? 怪我はしてないか?」
「疲れたろう。ほれ、座れ座れ」
「どれどれ。私がお茶を淹れてやろう」
「飴ちゃん食べる? 煎餅も饅頭も大福もあるぞい。おはぎもあるが、姉は粒餡派だったか、こし餡派だったか……忘れたな! あっはっは! 両方食べるか?」
「どーもどーも。ありがとうでござる、この通り無事で、あ、お茶とお茶菓子……飴ちゃんはこんなに要らないでござる……って違ーう! 旅に出てきた拙者が帰ってきたのでござる! その意味が分かるでござろう!?」
「「「「「「 迷子になって気が付いたら帰って来ていたんだろう? 」」」」」」
「違ーう! 違うでござるよ!」
「「「「「「 あっ! 迷子になっていたところをドラゴニア王国の王子殿下に拾われて送ってもらったのか! 」」」」」」
「それも違……いや、それは合ってるでござるね」
やっぱりそうだったか、という頷く長老たち。これでこそ姫よ、と呟く声が聞こえた。
え? なにこれ。俺ってコントでも見せられてる?
「拙者は世界樹ユグドラシル様を探しに旅に出たのでござる! 帰ってきたということは……」
「「「「「「 ということは? 」」」」」」
コホン、と咳払いしてそれはそれはもう踏ん反り返るほど得意げに、アイル殿下は世界樹ケレナを仰々しく紹介する。
「この御姿が目に入らぬか! こちらにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くも我らが崇め奉る世界樹ユグドラシル様にあらせられるぞ! 皆の者! 世界樹様の御前である! 頭が高い! 控えおろ~う!」
空気を読んだケレナが肌を緑色に変化させ、美しい緑色の髪が艶やかな葉になった。
髪の葉が一房持ちあがると、そこに小さな膨らみが実り、急速に成長する。
それは、瑞々しい生命力と雄大な自然の力が込められた果実だった。大きさはメロンほど。色は透き通った水晶のよう。辺りに魅惑の甘い香りが充満する。
どんな傷や毒、呪いをも治癒させる伝説上の代物、世界樹の果実である。
「ご主人様との愛の結晶です。証拠はこれでよろしいですか?」
一目でわかるほどの果実を実らせ、圧倒的な力を放ち始めるケレナ。新緑の森の香りと湿った大地の匂いで溢れかえる。
世界樹のオーラは長老たちには強烈だったらしい。彼らは一瞬にして席から立ち上がり、
「「「「「「 おほぉぉおおおおおおおお! 」」」」」」
ケレナの前に横一列で並んでジャンピング土下座を繰り出した。
「世界樹様とはつゆ知らずおほぉぉおおおおおお!」
「ご無礼をお許しおほぉぉおおおおおお!」
「感じる。世界樹様を感じおほぉぉおおおおおお!」
「ほ、本物! 我らが神がおほぉぉおおおおおお!」
「ありがたやぁ、ありがたおほぉぉおおおおおお!」
「おほぉぉおおおおおお! おほぉぉおおおおおお! おほぉぉおおおおおお!」
おほぉー、のオンパレード。樹国の民は全員がこんな奇声を上げるのか?
ユグシール樹国の印象が変わってしまうなぁ。
でも、このおほぉーという奇声にすっかり慣れてしまった自分がいる。
元祖おほぉーの人、アイル殿下はどうなんだろう? 間近で世界樹の果実を見てオーラを受けてしまったが……果たして彼女の反応は?
ちょっと期待してチラリと視線を向けると、白目をむいた18禁顔で海老反りしている『
「あばばばばばばばばばっ!」
その18禁顔も見慣れてしまった自分がいる……。
白目をむいてても、涎が垂れてても、物凄く背中を反り曲げていても、ビクビクッと小刻みに痙攣していても、彼女から女の淫猥な香りが漂ってきていても、全部許せる自分がいる……。
でも、俺は【世界樹の巫女】アイル殿下に一つだけ、これだけはなんとしても言いたい。
――そこは『おほぉぉおおおおおおおお!』だろうがぁー!
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読者の皆様のご期待通り『おほぉーの国』にしときましたぜっ!
おほぉぉおおおおおおおお!
by 作者:クローン人間
え? 期待してなかった? おほっ! またまた御冗談を!
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