第343話 放浪の理由
バクバク、ガツガツ、モグモグ、ハグハグ、ハムッハムッ!
料理を次から次に咀嚼する音だけが響き渡る。
口の周りを汚しながら大きな口を開いて頬張る彼女、アイル王女殿下。
……いや、頬張るというよりも食事を胃に流し込んでいる。
一国の王女が、それ以前に乙女が、それでいいのだろうか? 恥も外聞もない。すごい顔だ。
見守る女性陣も少し引いている。見ているだけでお腹いっぱいになっているようだ。胃もたれがするのか、顔をしかめて胃の辺りをナデナデ。
「よく食べるな……」
もはや呆れを通り越して感心するよ。
大食いキャラのアルスと同じくらい食べているんじゃないか?
彼女は《
しかし、目の前のエルフはどうだろう。デメリットを負っているようには見えない。
「ふぁふふぁふぃふぁふぁふぁ、ふぉふぉふうふぁふぇふ、ふぁふぁふぃふぉふふぃふぉふぃふぇふぃふぁふぁっふぁふぉふぉふぇ」
「……すまん。理解できるように喋ってくれないか?」
――ゴッキュン!
「恥ずかしながら、ここ数カ月、あまり食事をしていなかったもので」
なるほどなるほど。数か月分の食事を今摂取しているということか……って、なんでやねん! 胃の大きさは決まっているだろ! 胃は底なし沼なのか!? それとも、食べた瞬間に消化して栄養を吸収しているというのか!? スライムじゃないんだから!
エルフにはそんな体質はなかったはず……だよな?
「いやー、どの料理も美味でござるな! 拙者の五臓六腑に染み渡るでござる!」
五臓六腑て……なんか親父臭い。そして、食事のペースは一向に落ちない。
「それで? 何故樹国の王女様がこの国で行き倒れていたんだ?」
「ふぁふぁふぇふぁふぁふぁふふぁふふぇふぉふぁふふぁ」
「……よく噛んで飲み込んでから喋ってくれ」
「ゴッキュン! 失礼した。話せば長くなるでござるが……」
「教えてくれ。時間ならある」
「では話させてもらうでござる……」
食事をやめ、真剣な顔のアイル殿下。漂う威厳は一国の王女に相応しい。
ピリピリとしたただならぬ空気。
俺たち一同は、ごくり、と息を呑んで姿勢を正した。
「実は――ユグドラシル様を探していたのでござるぅ~~~~っ!」
「……それで?」
「え? それだけでござるが?」
「「「「「 え? 」」」」」
短いっ! 超短い!
話せば長くなると前置きして俺たちを期待させていたにもかかわらず、内容は簡潔に一文! 短いっ!
アイル殿下は
ユグドラシル、つまりケレナを探していたということは、あの変態プレイ……じゃなくて、あの様子からはっきりとわかっている。それの説明はいらない。
むしろ、俺たちが訊きたいのは、何故ケレナを探していたのか、ということだ。
それを尋ねると、
「え? 拙者がユグドラシル様にお会いしたかったからでござるが? 一生に一度、偉大なるユグドラシル様のお姿を拝見したい……! あわよくばお声を……! と夢見ること早……何年でござったか? まあ、どうでもいいでござるね。そーゆーわけで、拙者は国を飛び出し、放浪の旅へと出かけたのでぇ~ござる!」
なんてお騒がせな姫なのだろう。
話を聞いていた全員が心の中でそう思った。
エルフ族は長寿で時間間隔や生活概念が少しずれていると偶に聞くが、目の前の王女は結構ズレていそうだ。
「アイル殿下は――」
「敬称は勘弁してくだされ! ユグドラシル様のご主人様に敬われるなんて恐れ多いでござる! 世界樹ユグドラシル様を信仰する我らエルフ族はシラン殿よりも遥か格下の存在。下の下、いえ底辺の存在! ユグドラシル様のご主人様はエルフ族のご主人様でござる! 拙者の名など呼び捨てで! 敬語もいらぬ! そして、何なりとご命令を!」
え、やだ怖い。誰か助けて。
キラッキラよりもギラギラした
てか、なんで皆俺から目を逸らすの!? 助けてよ!
「ふむ。素晴らしい底辺精神ですね。素質がありそうです」
はいそこの変態世界樹! コヤツできる、みたいな雰囲気を出して頷くな!
ただでさえ世界樹好きの変態なのにドМ属性を付与させないでくれ。
「ご主人様! ぜひこの子に調教を!」
「……ケレナ、黙れ」
「御意っ!」
これで変態はしばらく黙っていることだろう。
全員が慣れた様子でハァハァしている変態を視界に入れないようスルーし、パクパクと大食いするエルフを残念そうに眺める。
「飢えるくらいお金にも困っていたんだね。かわいそう」
「姫様も一度飢えてみますか?」
「んー……やめとく」
『では今度飢えてもらいましょう』『なんで!?』といつも通りの主従のやり取りを遮って、ゴキュンと飲み込んだアイル殿下がキョトンとして言った。
「拙者、食べ物を買うお金は持っているでござるよ」
「「「「 え? じゃあ、なんで飢えてたの!? 」」」」
聞いていた全員による総ツッコミ。
お金を持っているのに飢えていたってどういうことだ?
アイル殿下は恥ずかしげに頭を掻きながら、
「拙者は国のほうで『世界樹
それって、本当に栄誉な二つ名なのか?
『世界樹
女性陣も何とも言えない表情をしている。
まあ、本人が喜んでいるのならいいか。
「――ユグドラシル様のことを考え始めると寝食を忘れてしまうのでござるよ。で、気づいたら身体の限界がきてバタンと……。いやー、半年以上前に国を飛び出してから何度倒れたことか! あっはっは!」
笑い事じゃない!
何となくそうじゃないかと思ってはいたが、やっぱりそういうことか。
まさに『世界樹
そりゃそうか。
「放浪して数カ月後! あそこはどこでござったか……? そう! フェアリア皇国! 皇国の都でユグドラシル様の手掛かりを入手したのでござる! ドラゴニア王国の王都という情報をもとに向かったのでござるが、如何せん遠くて遠くて……」
「フェアリア皇国の皇都からドラゴニア王国の王都まで馬車に乗れば10日ほどでは……?」
リリアーネの冷静な指摘は『面白い冗談でござるね』と笑って受け流された。
大丈夫か? このエルフ。リリアーネの言葉は正しいぞ。
その時、ジャスミンがポンっと手を打った。
「あぁー……思い出した。私、彼女に一度会ったことがあるかも」
「どこでだ、ジャスミン?」
「ほら、シランがフェアリア皇国から帰ってきた後、私たち皇都デートしたじゃない? あの時にお腹を空かせたエルフと出会ったのよ。私からユグドラシル様の匂いがするって掴まれて、ドラゴニア王国の王都に住んでるって言ったら奇声をあげながら走り去ったのよ。そっか、そう言えばユグドラシルって世界樹の別名だったわね」
「……そのエルフの特徴は?」
「女性。腹ペコ。
あぁ~、と全員がその腹ペコエルフを見た。
「む? おぉ! 汝はあの時の! 世界は狭いでござるなぁ。クンカクンカ。やはり汝の身体からユグドラシル様の匂いが。むむっ? 他の
抱きつかれて匂いを嗅がれたジャスミンたちが引き攣った笑顔で助けを求めている。
俺はスーッと目を逸らした。見捨てられて彼女たちは絶望する。
身体から世界樹の香りがするのは多分シャンプーや化粧水を使用しているからだ。世界樹の果実などがふんだんに配合されているのだ。
『世界樹
「続きを話してくれたら、ケレナ由来の何かをあげようかなぁ」
「本当でござるかっ!? 嘘ついたら針千本を穴という穴に突き刺してやるでござるよ!」
女性陣を放して今度は俺に掴みかかってきた。
指が肩に喰い込んで痛い。荒い鼻息が顔に当たり、目は興奮して血走っている。
嘘をついた代償も怖いが、はっきり言って至近距離の顔が怖すぎる。
約束だ、と頷くと変態エルフは、おほぉおおおおっ、奇声を上げて喜び、早口で喋り始めた。
「なんとかドラゴニア王国にたどり着いたのでござるが王都へはたどり着けず、つい2ヶ月ほど前にある街でユグドラシル様のお力が宿った葉を持つ御仁に出会うことができたのでござるよ。何かの祭りで突如出現した大樹の葉という話でござった。場所はやはり王都。居ても立っても居られず、拙者は夜の街を飛び出したのでござる。そしてつい先ほど、念願の王都にたどり着いたのでぇ~ござる」
あぁー。親龍祭の時にケレナが生やした大樹だろうな。
その場にいたエルフ族や妖精族が感動の涙を流していたという話は有名である。
で、王都にたどり着いたのはいいものの、空腹で倒れたところを俺が拾ったというわけか。
だいたい話は分かった。
「ある街ってどんな街だ?」
興味本位で聞いてみると、アイル殿下は断片的な記憶を思い出して説明してくれた。
そこからわかったこと。それは――
「そこ、王都の隣町だぞ……」
王都の隣町の特徴と見事に一致した。
徒歩で1時間ほどの距離を2カ月かけてやって来たのか。方向音痴過ぎないか?
いやまあ、『世界樹
そう納得してしまうのは俺だけではないはず。
「話してくれてありがとう。喉乾いただろう? これをどうぞ」
「おぉ。感謝するでござるよ」
俺はアイル殿下にジュースを手渡した。
「あの~? 一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
おずおずと手を挙げてリリアーネが質問する。
「数カ月前に樹国で《
そう言えばそうだ。その復興を優先するために親龍祭には樹国の王族は参加しなかったのだ。
祖国で起きた厄災を目の前の王女は知っているのだろうか?
「《
彼女はあっけらかんと述べた。
「不気味な昆虫の魔物の大群でござった……毒で大地が汚れ、樹々が弱る。森殺しの魔物でござったよ。かつてユグドラシル様が宿っていたと言われる御神木も弱り、世界樹ユグドラシル様のお怒りだと騒ぐ者たちもいたでござるよ。ユグドラシル様に出会ったら何かご存じないか聞いておいてくれ、と長老たちが言っていたでござるな」
何その重要な情報!
アイル殿下が放浪の旅に出た本当の理由はそれではないのか!?
なにか知っていそうな世界樹様は……ハァハァして恍惚としていらっしゃる。
これは何も知らないな。
「いやー思い出してスッキリしたでござる。ゴキュッゴキュッゴキュッ! ぷはーっ! うん、美味い! もう一杯!」
ジュースを一気に飲みしたアイル殿下。良い飲みっぷりだ。
「何のジュースでござるか? 身体の奥から力が湧いてくるというか、森を丸ごとジュースにしました、みたいな……くぅ~! 身体に染み渡るでござるぅ~! 疲れが吹っ飛ぶぅ~!」
「ああ、それは世界樹の果実のジュースだぞ。喋ってくれたらケレナ由来の物をあげるって約束しただろ?」
「なるほどなるほど! 世界樹の果実のジュースでござったか。ならばこの味や効果もなっと、く…………ハァッ!? 世界樹の果実のジュースでござるかぁっ!? 拙者、世界樹の果実のジュースを飲んで……飲ん……のん……で……おほぉぉぉおおおおおおっ!」
――バタリ!
グリンと白目を剥いた『世界樹
恍惚とした表情で時折ビクビクと痙攣している。
「やっぱり刺激が強かったか」
「……シラン、あんたわざと飲ませたでしょ?」
「ナンノコトカナー?」
女性陣のジト目が突き刺さる。
だって、もう夜もいい時間だし、これ以上変態……じゃなくて変人の相手をするのは疲れるというか、今日はもう勘弁というか……。
興奮でテンションが限界突破して誤魔化されていたが、アイル殿下はまだ疲労が抜けきっていない様子だった。
今日はもうこれで休んで欲しい。なので、強制的にシャットダウンさせたというわけだ。
詳しい話は明日でいい。
こうして、アイル殿下が気絶したため続きは明日ということになり、本日は解散することになった。
なお、ビクビクと痙攣しながら18禁顔で気絶する変人を運ぶ役目は、もちろん俺になりましたとさ。
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ジャスミンとアイルの出会いについては、『第152話 紫と翠の邂逅』をお読みください。
伏線回収まで長かったぁ……。
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