第342話 世界樹の巫女
騒ぎを聞きつけたであろう誰かのタタタッと駆け寄る足音が半開きのドアから聞こえてきた。
「シラン! 緊急の報告が、ある、ん、だ……け……ど……」
慌てて駆け込んできたジャスミンの言葉が途切れ途切れになり、最終的に沈黙。
彼女の焦り顔がスンと真顔に。それはそれは怖いくらい美しい無表情へと。
思わず背筋に冷や汗が流れる。ガクガクブルブル。
再び足音が聞こえ、第二の人物が顔を覗かせた。
「シラン様! エルフの方がお目覚めに、なられた、の、です、が……どこか……に……」
ジャスミンと同じようにリリアーネの言葉も途切れて消える。
ピシリという音が聞こえそうなくらいはっきりとその美しい顔が凍り付いた。
「「 ………… 」」
無言。いや、絶句。
そりゃそうだろう。言葉を無くす二人の反応は正しい。
だって、部屋の中は魔境と化した18禁の深淵世界が広がっているのだから。
お尻を突き出した格好でとても嬉しそうにビクビクと崩れ落ちているミドルティーンの黒髪美少女。叩かれたお尻をナデナデしている。
恍惚としたアヘ顔で俺の椅子になっている緑髪の豊満美女。甘い香りのする樹液を垂れ流して水たまりを作り出している。
そして、ジャスミンとリリアーネが探していたであろうエルフの女性は白目をむいて床に倒れている。背中をのけ反らせビックンビックン。おほぉ……、という嬌声? 奇声? が口から漏れる。
――混沌。
この部屋の惨状を表すのにこれほどふさわしい言葉はない。
どうしてこうなったんだろうなぁ。俺も記憶から消したい。ははは……。
「なになに? どうしたの?」
ひょっこりと顔を覗かせたのはヒースである。
「わぁおっ! マニアックぅ~!」
ガン見である。瞬きもせずに混沌を凝視する。
最年少14歳の彼女が一番平然としているとは……恐ろしい子!
「姫様。見てはいけません。ハード過ぎます」
そんな耳年増の少女の眼を塞いだのはエリカだ。
さすがクールな完璧有能メイド。この惨状を見ても顔色一つ変えない。ザ・クールビューティ。
「ゴクリ……」
んっ? 今、エリカの喉が動いた気がしたんだが、そんなわけないよな。うん、気のせい気のせい。
「ちょっとエリカぁ~! 私にも見せてよぉ~! ちょっとだけ。ちょっとだけでいいからぁ~!」
「全く信用できないセリフですね」
「くっ! こうなったら秘儀! 《
小柄なヒースの身体から独特な魔力の波動が放たれた。
最近練習している夢魔の力。今までは無差別に流れ込んできた他人の感情を意識的に制限し、目的の人物だけ感情を読み取る技。ヒースは《
って、待て! 一体誰の感情を読み取ろうとしている!? ここには変態しかいないんだぞ!
「あぁ。待って。これヤバいかも……ごしゅじんしゃまぁ……」
よりにもよってケレナかよ! 一番同調してはいけない奴!
ヒースの白い肌がポッと桜色に染まり、成長途上の身体をモジモジ。自分の身体を抱きしめ、軽くビクつく。ケレナの快楽がヒースに流れ込んでいるのだ。
「失礼します」
「きゅぴっ!?」
誰よりも早く動いたのはヒースの目を覆っていたエリカだった。
主人であるヒースの首をコキュッと。そうコキュッと。
何という素早く手慣れた技。顔色一つ変えないのがちょっと怖い。
首をコキュッとされたヒースの身体から力が抜けた。意識を失い脱力した彼女をエリカが支え、引きずってどこかへと連れ去る。部屋に寝かせるのだろう。
口から泡を吹いていたように見えたのはきっと俺の見間違い。
「え、えーっと、お取込み中失礼致しましたー」
次にリリアーネが大層美しい引き攣った作り笑いを浮かべて逃げ出し、
「え? あ! ズルい! そ、その、ごゆっくり~」
変態の巣窟に置き去りなんて酷い、と叫んだジャスミンがリリアーネの後を追いかけて去っていった。
混沌とした変態の巣窟に一人残される俺。
逃げていいかな?
しかし、そういう時に限って逃げられないのだ。
白目を剥いて気絶していたエルフの女性が意識を取り戻してしまう。
「おほ? ここは……そうでござった! ユグドラシル様!」
ピョンと跳ね起きて正座する
正座常習犯の俺にはわかる。彼女、正座に慣れておる!
「お聞きしたいことがございまする! ユグドラシル様をご存知ではなかろうか!? こんなにもあの御方の力が満ち溢れているのでござる。知っているのならば些細なことでもよいので教えてくだされ! 何卒! 何卒ぉ~! この通りでござるぅ~!」
何とも美しい土下座。やはり彼女は
しかし、ユグドラシル様ねぇ。
「だってさ」
「ふむ」
エルフの探し人であろうユグドラシル様に声をかけると、彼女は珍しく真面目な顔で土下座するエルフを見つめていた。
俺の椅子になっていることで真面目な雰囲気は台無しだけど。
お尻を切なそうにフリフリするのは止めなさい!
「貴女、名は?」
「はっ! 高位の精霊殿とお見受けする! 拙者の名はアイル・イルミンスール。ユグシール樹国の樹王ディモルフォセカと樹王妃メランの娘にして『巫女』を襲名させて頂いております」
「なるほど。今代の【世界樹の巫女】は貴女ですか」
「はい!」
はい確定。やはりアイル王女殿下でしたか。
厄介ごとの匂いがプンプンする。樹国の大使館にも連絡しないとなぁ……。
「世界樹の巫女ならばいいでしょう」
荘厳に呟いた瞬間、ケレナの雰囲気が一変する。緑の髪が瑞々しい新緑の若葉と変化し、肌の色も葉緑素の色に。まさに植物の精霊といった姿だ。
放たれるオーラは重々しく雄大で力強く、太刀打ちできない自然そのもの。圧倒的な力の奔流。
彼女は世界そのものだ。
押しつぶされそうなほど強烈な
「私こそが貴女方エルフ族が信仰する世界樹ユグドラシルであり、ケレナという世界一大切な名を与えられた愛しいご主人様の忠実な雌犬であり雌豚であり家畜でペットです!」
おいコラ文章の後半!
途中までは良かった。本当に美しくて格好いいと見直して惚れ直してもいた。でも、文章の後半で全部台無しだよ!
はぁ……なんて残念なんだ。
「おっほぉ……ご主人様の冷たいジト目……これこれぇ~!」
変態は何時如何なる時も変態である。
「お……お……おぉ……」
アイル王女が壊れた。そりゃそうだ。信仰している世界樹が雌犬とか雌豚とか家畜とかペットになったと言ってるんだ。理解不能で呆然とするのも無理はない。
というか、俺、エルフたちに殺されないよね?
「えーっと、アイル殿下? これにはいろいろと訳があって……」
「お……」
「お?」
「おっほぉぉおおおおおおおおおおおおおっ! ユ、ユユユユユユグドラシル様ぁぁぁあああああ!? お初にお目にかかりまするぅぅううううう! この日を何度夢見たことか。あぁ。あぁっ! 尊い! 尊い! ユグドラシル様のお姿が神々しくて眩しいでござるぅぅぅうううう! 目が潰れるぅぅぅううううう!」
……はい?
「あぁ……あぁっ! ユグドラシル様と同じ部屋に……同じ部屋にぃ! 拙者なんかがいたら部屋が穢れてしまうぅ……クンカクンカ……はっ!? この香りはユグドラシル様の!? ブハァ! は、鼻血が……」
目を覆ったと思ったら鼻から鮮血が噴き出した。それはもうすごい勢いで。
「大丈夫ですか? 巫女よ」
「ユ、ユグドラシル様のお声……なんとお美しい……薄汚れた拙者なんかが聞いていいお声ではない……でも、もっと聴きたいでござるぅ……」
「取り敢えず、鼻血を治療しましょう」
アイル殿下の身体が薄っすらと光り、瞬く間に鼻血が治癒する。
そんなことをしたら逆効果なんじゃ……。
「ユグドラシル様の魔法!? ユグドラシル様がこんな拙者に治癒魔法を!? ユグドラシル様のお力が拙者に……おほぉぉぉおおおおおお! 尊死っ!」
ブハッと先ほどよりも勢いよく鼻血を噴射し、その勢いでひっくり返って床に後頭部を打ち付ける。
それでもなお鼻血を垂れ流しながら、おほぉおほぉ、と恍惚と嬉しそうに震えるエルフの王女殿下。
よぉ~くわかった。彼女も手遅れレベルの変態だ。
「知りたくなかったこんなこと……」
一国の王女が、それも美形種族のエルフの姫がケレナの同類だったなんて……。
混沌とした部屋がさらに混沌とする中、俺は一人現実逃避をするのであった。
<おまけ>
「それはそうとケレナ、退こうか?」
「いえ、そのままで。私を信仰するエルフ族の前で四つん這いになり、ご主人様の椅子になるなんて……こんなの、こんなのっ! はぁ、はぁ! 癖になりそうです! 欲を言うのならば、エルフたちに冷たい軽蔑の眼差しを向けられたい!」
「大丈夫だ。俺がもう既に向けている」
「おほぉぉぉおおおおおお! ご褒美ありがとうございますぅ~っ!」
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