第332話 おままごと


お待たせしました。

頭の中のイメージを文字化する機械って無いかな……。


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「にぃに! ぬいぐるみありがとぉ~!」


 セレネちゃんがプレゼントのぬいぐるみをむぎゅっと抱きしめている。

 喜んでくれているようで何より。買った甲斐があった。

 ニパァっと輝く天使の微笑みが可愛すぎる!


「にぃにでしょ! ママでしょ! そしてセレネ!」


 腕に抱かれているのは三つのぬいぐるみ。

 テイアさんの手作りの俺のデフォルメぬいぐるみと、今日買ってきた母親テルメネコと娘テルメネコ。

 どことなくテイアさんとセレネちゃんに似ている。


「むふぅー!」

「良かったわね、セレネ」

「うんー!」


 しゃがんで娘と目線を合わせたテイアさんが、セレネちゃんの頭をナデナデ。セレネちゃんは気持ちよさそうに目を瞑っている。可愛い。


「シランさん、ありがとうございます」


 ナデナデしながらテイアさんがお礼を言ってくれる。

 しゃがんだ状態だから必然的に上目遣いになるわけで……。

 胸元も危ない。俺からは豊かな胸の谷間を覗き込む位置にいるし、今日のテイアさんはスカートだからしゃがんでしまうとね、少し位置がずれれば下着が丸見えに。

 いや、見えそうで見えないのが逆にエロい。むっちりの太ももがまた何とも……。

 もう少し警戒心を持って欲しい。ただでさえ魅力的なんだから。


「どうしました?」


 はい、そこで可愛らしく首をかしげないで! わざとかっ!? 俺の心を殺しに来てるのかっ!?


「セレネ~!」

「あ、レナ!」


 トコトコと同じくぬいぐるみを抱いたレナちゃんがやって来た。

 レナちゃんは何度も縫い直した後が残る孤児院で何世代も受け継がれてきた海龍のぬいぐるみを小さな手で突き出して、


「おままごとしよ!」

「やりゅー!」


 セレネちゃんは即断即決。

 癒しの天使たちのほのぼのした会話に俺はほっこりと癒された。


「ママもしよー!」

「はいはい。わかったわ」

「おにいたんも一緒にしよ?」

「よし! やるか、おままごと!」


 上目遣いでおねだりされ、俺も即断即決してしまった。

 セレネちゃんからデフォルメぬいぐるみを渡されて、各々ぬいぐるみを自分の分身として人形遊び兼おままごと開始。


「ママはママね!」

「あらあら。セレネは?」

「お嫁さーん!」

「むぅ! レナもお嫁さんがいい!」

「いいよー!」

「やったー!」


 おやおや。お嫁さんが二人なのかい?

 面白いおままごとだね。


「俺は何かな?」


 すると、癒しの天使二人はビシッと即答。


「おにいたんはおにいたん!」

「にぃにはにぃに!」


 えーっと、俺は俺ってこと?


「俺は二人のお兄ちゃんってことかな?」

「「 ううん! お婿さーん! 」」


 なるほど。俺はお婿さん、つまりお父さん役ということか。

 そして、セレネちゃんとレナちゃんが俺のお嫁さん役。

 幼女の言葉は読解が難しい。


「いやー参ったな。俺には可愛いお嫁さんが二人もいるのか!」

「ううん、違うよ、おにいたん。三人!」

「ママもにぃにのお嫁さーん!」


 な、なんですと!? テイアさんまで!?


「あらあら。よろしくお願いしますね、パパさん」


 ノリノリでウィンクするテイアさん。

 くっ! これはおままごと、これはおままごと、これはおままごと!


「でも、お嫁さん三人じゃ面白くないかな?」

「じゃあ、レナが変わる!」

「あいじんになりゅ?」

「なるー! あいじーん!」

「ぐふぅっ!?」


 あいじん……? あ、愛人!?

 なんだその役は! それはおままごとに必要な役なのか!?


「……パパさん?」


 ニッコリ微笑んでいるはずのテイアさんがなぜか怖い。超怖い。日長石サンストーンの目が笑っていない。目つきが鋭い。

 テイアさんの背後でゴゴゴッと空間が震えている気がする。


『――幼い娘たちになんてことを教えているんですか?』


 そういう無言の圧力を感じる。なにこれ、超寒い。凍えそう。

 俺は冷や汗を大量に流しながらブンブンと首が取れそうになるくらい横に振った。

 龍に睨まれた蛙の気分を味わっていると、幼女たちは全く気にせずおままごとを開始する。


「にぃにがお家に帰ってくるところからね!」

「おにいたんの出番だよー」

「お、おう。わかった」


 自分のぬいぐるみを動かして、家の玄関の扉を開ける真似をする。


「ガチャ! ただいまー」

「おかえりなさーい!」


 トコトコとぬいぐるみを操ってセレネちゃんが出迎えてくれる。


「今日も遅かったのね? またショーカンに行ってたんでしょ!」

「しょ、しょーかん?」


 召喚? いや、違うな。しょーかんとは何ぞや?

 はっ!? 娼館かっ!?


「……パパさん?」


 ひぃっ!? ゴゴゴッと空間を震わせる本物のテイアさんが睨みを利かせている。

 普段は温かな眼差しが、今は絶対零度のように冷たく鋭利。吹雪ブリザードが吹き荒れている。

 ガクガクブルブル。ごめんなさい。なんかごめんなさい。本当にごめんなさい。

 で、でも、一つだけ言わせてくれ。


 ――何故おままごとが修羅場から始まるんだ!?


 セレネちゃんのぬいぐるみが目の前で仁王立ちする。


「そこに正座しなさい」

「あ、ハイ!」


 ぬいぐるみ……ではなく、俺本体が正座する。


「私たちがいるのにどーしてショーカンに行くの?」


 その時、どこからともなく俺の婚約者たちがセレネちゃんの背後に登場し『そーだそーだ!』と抗議の声をあげる。


「え、えっと、にぃににもお付き合いというものがありまして……」

「何を言っているんですか、パパさん?」

「何でもございません。黙ります……」


『余計なことを言うな!』という目でテイアさんにギロリと睨まれて白旗降伏。

 ひぃ~! 怖いよぉ~!


「最近、おにいたんはレナにも構ってくれないのよぉ~」


 レナちゃん! その言い方はどこで学んだ!? おばちゃん臭いぞ!


「あいじんのレナもこう言ってるよ」

「すいません。本当にすいません」


 俺はぺこぺこと頭を下げて誠心誠意謝り倒すことしかできない。

 セレネちゃんの背後にいる女性陣も『もっと私たちに構え~!』とプラカードまで上げている。

 なにこのおままごと!? おままごとって言えるの!?


「浮気にはかんよーだからするなとは言わないの。でも、行く回数を減らしなさい!」

「いや、ここ最近は全然行ってない……」


 もごもごと俺はつい現実のことを言ってしまう。

 親龍祭の後、甚大な被害を受けた王都の復興があるため俺は娼館に行くのを遠慮していた。

 流石にあの状態で行くのはねぇ。俺のそこまで馬鹿ではない。

 暗部として動く際は誰にもバレないように転移を使っていたし……。


「「 じぃー……! 」」

「ハイ! 言う通りにします!」


 幼女二人の眼差しに耐えることはできなかった。

 これに逆らえる人はいないだろう。

 いや、テイアさんはよく逆らっているな。時々、潤んだ瞳でシュンとしているセレネちゃんを叱っている。

 婚約者たちは『言質取った!』という勝ち誇った笑みを浮かべ、解散……かと思いきや、おままごとが気になるのか近くに座った。

 おままごとは続く。


「パパさんは今日も護衛の騎士様を置いて行ったでしょ? 騎士様たちがパパさんを必死になって探してたわよ」


 その瞬間、テイアさんの背後にどこからともなくランタナを筆頭とする近衛騎士団第十部隊の面々が出現する。

 打合せしてた?

 テイアさんって意外とお茶目というか、ノリが良いところがあるよね。瞳が悪戯っぽく輝いている。


「にぃに! ランタナねぇねを悲しませたら、めっ!」

「騎士様もお仕事しているの! 怒られるのは騎士様なの!」


 セレネちゃんとレナちゃんの援護射撃。

『そーだそーだ!』と声をあげる近衛騎士諸君。君たちもノリがいいな!?

 それに対して俺は、


「すいません。本当にすいません」


 徹頭徹尾謝るしかない。

 くっ! どうしてこうなった!? 楽しいおままごとのつもりだったのに! 何故お説教になっている!?


「迷惑をかけてはいけません! 小さい頃に教えてもらったはずです!」

「本っ当にその通りです。ごめんなさい」


 5歳の幼女に説教される17歳の俺。

 なんかレナちゃんのお叱りがソノラに似ている気が……。

 セレネちゃんの罪悪感を湧き上がらせるじーっとした眼差しもテイアさんに似ているし。


「今度騎士様にはお詫びの品を渡しておきます」


『よっしゃ!』とガッツポーズする騎士様たち。『隊長にはぜひ赤ちゃんを!』、『隊長に寿退職を!』と誰かが調子に乗って叫び、美しく微笑んだランタナに捕まってどこかへと引きずられていく。

『殿下助けて』と言われても、俺、お説教を受けている最中だから動けないんだ。どんまい!

 あれ? どこからか悲鳴が……気のせいか!


「反省しましたか?」

「……はい。とても反省しました」

「じゃあ、今日は許します。ご飯食べよ」

「ごはんごはーん!」


 ぬいぐるみを操って、おもちゃのお皿に盛りつけられたご飯を食べるフリをする。

 ちなみに、今日の献立はハンバーグらしい。


「ママー」

「んっ? どうしたの?」

「ふーふってご飯の他に何をすりゅの?」

「えっ? えーっと……」


 困惑げに見つめられても困る……。俺、まだ結婚してないし。

 テイアさんも困るよな。夫婦らしい生活をしたことが無いんだから。

 彼女の元夫、いや結婚していなかったから元内縁の夫である人は、女性を奴隷のように虐げるギャンブル中毒のDV男だったという。


「ほ、本の読み聞かせ、とか?」

「ふーふも絵本を読むの?」

「え、ええ。するわよ、もちろん。ねえ、パパさん」

「そうだぞ。寝る前に本の読み合いっこをするんだぞー」


 大丈夫だよ、テイアさん。『話を合わせてください!』みたいに必死にならなくても。ちゃんとわかってるから。


「レナね、他にも知ってるよ? 子供を作るの!」

「……パパさん?」


 俺じゃない! 教えたのは俺じゃないから!

 マセた孤児院の子供たちのせいですよ、テイアさん! あの子たちはどこからともなく変な知識を拾ってくるから!


「でも、子供ってどうやって作るの?」


 な、何とも答えづらい質問を!

 突如、会話に割り込む野太い声がした。


「はっはっは! 教えてあげよう!」

「……何しに来たんすか、父上」

「「 あっ! じじぃ! 」」


 一国の国王がおままごとに参戦した。


「おっと、可愛らしいお嬢ちゃんたち! 俺はじじぃじゃなくてじぃじだよ! もしくはおじさんで頼む」

「「 じじぃ! 」」

「ぐっ! じじぃじゃなくてじぃじ……まあいい。可愛いから許しちゃう!」


 国王を骨抜きにするレナちゃんとセレネちゃん。さすが癒しの天使である。

 にぱぁーっと微笑まれて父上は気持ち悪いくらいデレッデレ。威厳もへったくれもない。


「はぁー可愛い。そろそろ孫の顔が見たいなぁ。チラッチラッ」

「なんで俺のほうを見るんですか。兄上や姉上たちに言ってくださいよ。俺はまだ未成年です」

「だって、シランが一番早そうだし」


 運次第ですよ、そういうことは。


「それで子作りだったな。それはだな――」

「黙りなさい、変態ジジィ!」

「それは流石に法律違反」


 アンドレア母上!? エリン母上!?


「仕事をサボって消えたと思ったらこんなところにいるなんて」

「危ないところだった。さあ、仕事に戻るわよ」

「あっ! あぁっ! 助けてくれシラ~ンッ! シラァァアアアンッ!」


 耳を引っ張られて連れ去られていく一国の国王。先ほどとは違う意味で威厳もへったくれもない。

 父上は一体何をしに来たのだろう?


「ウチのクソジジィが本当に申し訳ございませんでしたぁー!」


 俺は家族を代表してテイアさんに土下座する。

 危うく幼女たちに変な知識を植え付けるところだった。

 後で家族会議をして処しておきますからぁ~!


「いえ、未然に防ぐことができましたし……」

「ママー!」

「はいはい、どうしたのセレネ?」

「セレネ、弟と妹がほしいー!」

「じゃあ、ねぇねたちにお願いして弟と妹の役を――」

「違うの! おままごとじゃなくて本物の弟と妹がほしいー!」


 キラッキラしたおめめで母に抱きつきおねだり攻撃。レナちゃんもコクコクと頷いている。


「あら、どうしましょうパパさん」


 何故そこで俺に話を振る!?

 テイアさんもまだ若いから、望めば大いにチャンスはあると思う。美人だから男のほうから寄ってくるし。


「えーっと、良いのではないでしょうか。テイアさんが望むのなら」

「……少し考えてみます」


『絶対だよ!』とはしゃぐ幼女二人をテイアさんが優しくなだめる。


「二人とも、おままごとの続きをしましょうか」

「「 はーい! 」」


 幼女主催のおままごとが続く。

 その後のおままごとは穏やかで、修羅場シーンはなかったとだけ言っておく。



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