第331話 テルメネコ、再び!

 

 ローザの街と言われて真っ先に思い浮かぶのは温泉である。

 王侯貴族の別荘地にもなっているのはこの温泉が理由だ。

 実際、ここの温泉は素晴らしい。美容効果もあるようで女性たちは一日二回、朝と夜温泉に浸かっている。場所によっては子宝の湯があるらしくて……女性陣が夜、積極的なのは無関係じゃないだろう。

 ガクガクブルブル……。

 次に思い浮かべるのは街の名前が入っている特産品ハニーローザ。桃の一種だ。

 傷みやすく、収穫時期も短い期間だけという理由で幻の桃とも呼ばれている。

 しかし、残念ながら旬が過ぎてしまっている。前回訪れた時が丁度旬の時期で、今回は生のハニーローザはどこにも売っていなかった。ハニーローザアイスなど加工品としては売ってあったのだが。


「残念……」

「姫様、来年がありますよ。そうですよね、旦那様」


 桃食べたかった、と落ち込むヒースをエリカが慰め、縋るような眼差しで俺を見つめてくる。

 恋人のおねだりビームに俺は当然のごとく胸を撃ち抜かれてしまう。


「ああ。また来年来ような」

「約束ですよ、旦那様」

「約束だ」


 おねだりする美人メイドは様子を一変させて、


「――と、まあこういう風に来年の約束をしっかりと取り付けるのです」

「流石エリカ! ズル賢い!」

「ズルは余計です!」

「あいたっ!?」


 パコンと容赦なく主人の頭をぶっ叩くメイド。

 えーっと、エリカさん? 今のは全て演技だったんですか?

 女性って怖い、と戦慄していたら、エリカが悪戯っぽく微笑んでウィンクと同時に舌をペロリと突き出した。

 か、可愛い。全部許しましょう! 可愛いは正義!

 ローザの街に初めて来たエリカとヒースを連れて歩く。両手に咲き誇る美しい花。


「ノープランデートだけど、どこ行く?」

「子宝の湯!」

「姫様にはまだ必要ないと思います」

「エリカのケチー! あ、今、真夜中のお風呂にシラン様を誘おうかなって思ったでしょ! 私、心が読めるんだからねっ!」


 こういうやり取りは出会った頃から変わらないな。ヒースとエリカって感じがする。

 最近、精神面が急成長したヒース。

 ふとしたところに大人っぽい色気を漂わせ始め、ドキッとしてしまうことが増えた。

 さらには、政治を中心とした勉強を始めたという。母上たちやお婆様たちから教えてもらっているらしい。

 俺の恋人は美しく成長中だ。

 でも、エリカと一緒に居る時に出るヒースの子供っぽいところにホッとしてしまう。


「……後で詳しく話を聞かせて」

「……それくらいならいいでしょう」

「あのぉ~お二人さん? そういう話は俺がいないところでしてくれる? それか、声に出さないでしてくれる? 念話できるでしょ?」


 お互いの利益が一致した主従が俺の両腕に抱きついたまま、目の前でガッチリと握手している。とても素晴らしい笑顔で。

 俺は一体どういう反応をすればいいんだよ。

 見て見ぬふりをすればいいのか? ……分からん。

 二人はそっくりな笑みを浮かべて目配せをした。そして、俺の腕を引っ張り、振り返る。


「行こっ! シラン様!」

「目的もないお散歩デートを楽しみましょう!」


 明らかに誤魔化された。でも、仕方がないなぁ、と思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。いや、彼女たちの魅力のせいだろう。

 当てもなくぶらぶらと歩くお散歩デート。気になったお店を冷かしたり、屋台でモノを買って食べ歩きしたり、休憩として足湯に浸かったりして楽しんだ。

 俺たち三人は、ふと目に入った少し大きめの土産物屋に足を運んだ。


「わぁー! いろいろある!」


 ヒースが虹色の蛋白石オパールの瞳を輝かせた。すまし顔のエリカも青緑色の金緑石アレキサンドライトに浮かぶ好奇心の輝きを隠せていない。

 観光地としても有名なローザの街。お土産物にも当然力を入れている。

 土産物屋の一画。俺はあるものに気づいて足を止めた。


「ヒース、エリカ。こっちへ来たらいけない!」


 周囲を変装して警戒していた近衛騎士たちが緊張した気配がある。

 誤解させて申し訳ない。命に危険があることじゃないんだ。でも、でも……!

 俺はそのあるものから目が離せない。

 ぽっちゃりと丸みを帯びた身体。様々なポーズをとっているその頭には猫耳とハニーローザ。お尻には尻尾。不機嫌そうな目とふてぶてしい態度。でも、何故か惹きつけられる不思議な魅力……。

 今にも重厚な低音のバリトンボイスで喋り出しそうなぬいぐるみ。その名は――


「あっ! テルメネコ!」


 ヒースがぬいぐるみを抱き上げた。

 テルメネコ。ふてぶてしい顔の猫。ローザの街の観光応援キャラクターだ。


「ぶちゃいく!」

「ぶちゃいくですね」


 クールなエリカまで頬を緩めてテルメネコのぬいぐるみを抱いていた。


「なん、だと!? 二人はもう既にテルメネコの魔の手に……!」

「一人で何を言っているんですか、旦那様」

「いや、なんで二人がテルメネコのことを知っているのかなぁって」

「旦那様の寝室に置いてあったからですが。ジャスミン様やリリアーネ様のお部屋にもありました」

「ずっと欲しかったんだよね! 可愛い!」


 なるほど。納得しました。

 そう言えばジャスミンに選んでもらったテルメネコのぬいぐるみを飾ってた。

 それで二人は手遅れだったのか……。女性陣を虜にするテルメネコ、恐るべし。


「欲しいのならプレゼントしようか? そのブサイクなぬいぐるみ……」

「「 ブサイクじゃなくてぶちゃいく! 」」

「あ、ハイ。ブサイクじゃなくてぶちゃいくな。うん、ぶちゃいく」


 違いがよく分からん! でも、逆らったらダメなことだけはよくわかる!

 エリカとヒースが瞳を輝かせて様々なポーズやシチュエーションをしているテルメネコを吟味し始める。


「ソノラも欲しがるかな? テイアさんとセレネちゃんも……」


 ふむ。エプロンを着てフライパンを握っているテルメネコがいる。ソノラが好きそうだ。

 ……新妻が着そうなフリッフリのエプロンなのがとても気になるが、ツッコんだら負けな気がする。似合ってるけど。

 セレネちゃんもぬいぐるみ好きだし喜んでくれそうなのだが、このふてぶてしいテルメネコをプレゼントしたら果たして喜ぶだろうか?


「実に悩む……おっ?」


 ふと全体を見渡すと、美人な猫と可愛い子猫のぬいぐるみが目に入った。仲睦まじく三人で手を繋いでいるものもある。


「お前……結婚して子供がいたのかっ!?」


 サングラスが似合いそうなぶちゃいくテルメネコが、ふっ、と鼻で笑った気がする。

 なんかムカつく。


「でも、これならテイアさんとセレネちゃんも喜ぶ気がする。どことなく毛並みが二人に似てるし」


 美人な奥さんテルメネコと可愛い子猫テルメネコに決定。

 喜んでくれるといいなぁ。

 俺がプレゼントを選び終わった時、未だに可愛らしく唸って真剣に吟味しているヒースとエリカの主従コンビがいた。


「むむむ!」

「むぅー!」


 眉間に皺を寄せて悩む二人の顔はそっくり。本当の姉妹のよう。

 俺は悩む二人の様子をこっそりと愛でるのだった。







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テルメネコは、夏目〇人帳のにゃんこ先生とゴ〇ゴ13を合わせたイメージと言えばわかりやすいでしょうか?


ちなみに、いつの間にかこの作品が600万PVを超えておりました!

読者の皆様、本当にありがとうございます! (2021/5/6)

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