第319話 元帥との共闘

 

 ギチギチと刃と刃がぶつかり合っている。気を抜くと押し込まれる。


「貴殿は強者と見える。何者だ? ワタシを殺しに来たのか? それにしては衣装が派手だな」


 真紅の紅玉ルビーのような灼熱の瞳が白装束の俺を見定めた。

 ゾクリとするほど妖艶に舌なめずりをするビリア。獰猛な笑みを浮かべているのは歓喜によるものだろう。

 俺たちが戦う場合じゃないんだが。助太刀って言ったんだから、今にも襲い掛かりそうなその獣の笑みは止めてくれ。背筋が寒くなる。

 それに、二度目は全力で遠慮したい。貴女と戦うのは嫌です。


「《パンドラ》を率いている者、と言えばお分かりですか?」

「Sランク冒険者か。なるほど。貴殿が噂の」


 何とか納得してもらえたようだ。だが、まだ肉食獣に狙われている気がしてならない。

 矛を収める……かと思いきや、周囲を一閃。襲い掛かってきたモンスターの一団が消し飛んだ。

 さすが帝国最強。火力が違う。


「貴殿はワタシのことを知っているのかもしれないが、一応自己紹介をしておこう。ワタシはブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ。皇帝陛下から元帥の地位を与えられている。今回は我らが皇帝陛下がドラゴニア王国の国王陛下に協力を申し出、共に《魔物の大行進モンスター・パレード》を乗り切るためにこうして参戦している次第だ」


 なるほど。だからビリアが他国ここで戦っており、空には帝国のグリフォン部隊が飛び回っているのか。

 まさか皇帝陛下が父上に協力を申し出るとは。

 本当に協力だけか? 一体何を企んでいる?

 何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうのは俺だけじゃないだろう。

 しかし、とても助かっているのは事実だ。

 ビリアたちが駆けつけてくれなかったら、被害はもっと酷かったに違いない。


「貴殿に一つ聞いてもいいだろうか?」


 モンスターを楽々と殲滅しながらビリアは律儀にそう前置きをした。


「いいですよ」

「貴殿は――ワタシの愛する妹と恋仲と聞いたが、事実か?」


 ギ、ギクリ!

 あはは。ナンノコトカナー?

 危うく吹き出してしまうところだった。危ない危ない。

 まさかアルスがビリアの妹で、ヴァルヴォッセ帝国の皇女だとは誰も思わないだろ!

 俺だって数日前に知ったばかりなんだ。

 どーしよ。本当にどうしよう。

 誤魔化すか? いや、死ぬ未来しか思いつかない。かと言って、本当のことを言っても死ぬ気がする。

 詰んだ。どうやっても回避できなさそう。


「まあ、今は何も問い詰めない。モンスターどもの殲滅を優先しよう」


 ほっ。良かった。死刑回避!


「――そう。、な。全てが終わった後、ゆっくりじっくりと殺し合いはなしあいをしようじゃないか。なぁに。妹の愛する相手だ。殺しはしない。死へ一歩足を踏み入れたところで勘弁してやる。妹に相応しくないとワタシが判断したら……ふふふ」


 ひぃっ!? 話し合いが殺し合いに聞こえたのは俺だけですかっ!?

 死へ一歩足を踏み入れたらもう死んでると思います!

 それに、最後の不敵な笑いはなに!? 怖い怖い! 冷や汗が止まらない!


 悲報。何となくわかったけど、死刑は延期されただけでした。


 逃げたいなぁ。でも、逃げたらアルスに相応しくないと判断されるんだろうな。

 頑張るかぁ……。

 今は現実逃避として、目の前のモンスターの殲滅に集中したい。


「コホン! どこかにこれらの”複製体コピー”を生み出す元凶の一体オリジナルがいるはずです」

「それを倒せば《魔物の大行進モンスター・パレード》は終息するのか」

「はい、おそらく。しかし、”オリジナル”は地脈の魔力をエネルギーとしているようで、安易に倒してしまうと地脈が暴発します」

「貴殿が駆けつけるのが遅かったのも……」

「氾濫場所の一ヶ所を対処をしていたからです。他の場所は私の知り合いが対応しています」


 北はニュクスが、東はマギーとカラムが対処している。

 南のスコルとハティはニュクス待ち。俺たちが西に対応している間に地脈の処置は終わるだろう。


ワタシも地脈の制御は無理だな。やったことがない。貴殿に任せてもよいか?」

「もちろんです」

「では、”オリジナル”とやらの下へ向かおうか」


 ビリアも”オリジナル”の場所を補足していたようだ。

 向かいたくても数が多くて行けなかったのだろう。彼女がここを離れたら、西門の前線が崩壊する。あっという間に門へと押し寄せられ、突破されていたに違いない。

 俺たち二人で”オリジナル”の下へ向かうことは可能だ。だが、背後の冒険者や騎士たちのことが心配。


「しかし、その前に――」


 ピィィーッ! と甲高い指笛をビリアは鳴らした。

 その音は遥か上空まで届き、彼女の合図に合わせて空中を旋回していた帝国のグリフォン部隊が駆けつける。

 グリフォンの背から数十名の帝国騎士が地面に降り立った。


「「「 元帥! 」」」


「総員にモンスターどもの駆除を命じる。西門を死守せよ!」


「「「 はっ! 」」」


 声をそろえて威勢の良い返事をした帝国騎士たちが、勇猛果敢にモンスターに挑みかかった。

 危なげなくモンスターを駆逐し始める。見事な連携だ。

 ビリアは、帝国騎士の中でも指揮官らしき位の高そうな女性を呼び、


「ゼラニウム将軍。この場の指揮は任せる。ワタシは彼と共に元凶を潰しに行く」

「はっ! お任せください」


 手短で簡潔な命令に、拒否もしないし疑問も持たないし、余計な口も挟まない。

 お互いに信頼し合っている上官と部下、という空気がする。

 しかし、どこかで見たことがあるような槍使いの女将軍だ。濃ゆいピンク色の髪。鋭い目つき。

 あぁ。アルスの従者のフウロさんに似ているんだ。彼女の姉かな? それとも母親?


「行くぞ!」

「わかりました」


 俺たちはこの場を任せてモンスターの大群に正面から突っ込んだ。

 同時に目の前の敵を吹き飛ばし、道を作り出す。

 作り出した道を駆け抜けながら、が、が対処する。


 剣が踊る。槍が舞う。


 突きが穿つ。斬撃が斬り裂く。


 白銀が煌めく。真紅が焦がす。


 空間が裂ける。地面が抉れる。


 モンスターの大群が瞬く間に数を減らしていく。


「くはっ! ワタシのペースに合わせられるとはな! やはり世界は広い! アルスが気に入ったのも納得だ!」


 歓喜の笑みを浮かべながら槍を振り回してモンスターを殲滅するビリアは、控えめに言っても怖い。絶対に喧嘩をしたくない人ナンバーワンだ。

 しかも戦闘狂に気に入られてしまった……。


「うわっ!?」


 不意に、首がチリチリと焼けるような違和感を感じた。

 本能が警報を発したその瞬間には、俺は背中をのけ反らしてを避けていた。

 銀色の刃が胸や顎のスレスレのところを切り裂いて通り過ぎる。

 斬撃が飛んで、モンスターが消し飛んだ。


「何をするんですかっ!?」

「ツイウッカリ手ガ滑ッテシマッター」


 明らかに嘘だとわかるお手本のような棒読み口調。

 今のは絶対に俺を狙った攻撃だった。いや、正確には俺を巻き込んだ攻撃だ。

 避けたからいいものを、避けられなかったら首が飛んでいたぞ。寸止めする気配もなかった。

 誤魔化せないと判断したビリアはあっさりと開き直り、


「ふんっ! これくらいの攻撃を対処できなければアルスと付き合う資格はない! 第一の試練は合格としよう」


 このシスコンがっ!


「…………」


 俺は無言でいずれ義理の姉となる女性へと不意打ちの不満を盛大にこめて攻撃。

 しかし、彼女はあっさりと前宙で攻撃を躱した。わざわざ紙一重で避けるという余裕っぷり。

 モンスターが粉々になって消滅した。


「なんだ? ヤる気か?」


 だから何でウキウキなんだよ……。瞳をキラッキラさせないでくれ。

 ビリアの『ついうっかり』が何度か発動しながらも、モンスターを蹴散らして駆け抜けた俺たちは、とうとう”オリジナル”の下へとたどり着いた。







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次回でモンスター・パレードは終わると思います・・・たぶん。


読者の皆様はお忘れかもしれませんが、『第305話 囚われの姫』にてドラゴニア王国の国王とヴァルヴォッセ帝国の皇帝が緊急の会談を行いました。

その内容が、帝国の軍を派遣する、というものでした。

なので、ブーゲンビリアやグリフォン部隊が戦っています。

以上、簡単な補足説明でした。


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