第318話 オリジナルとコピー

 

 人形製造者ドールメイカーは王城の窓から極光オーロラが照らす王都を見下ろしていた。

 地面を伝う小刻みな振動。夜を照らす閃光。空気を震わす爆音。

 宙で歌う歌姫セレンの周りをヴァルヴォッセ帝国のグリフォン部隊が護衛している。


「あの計画は失敗しましたか。急に思いついたことでしたから仕方がありませんね」


 次はもっと計画を立てなければ、と彼は反省する。

 歌姫セレンとフェアリア皇国の皇女の誘拐。

 《魔物の大行進モンスター・パレード》の騒ぎの裏で素体に使えそうな見目麗しい女性の誘拐を企てたのだが、あのように歌姫セレンが歌っているところを見ると、どうやら失敗したらしい。

 成功すればいいな、というくらいだったので本命の計画に支障はない。


「思ったよりも頑張りますね。良い結果が得られそうです」


 彼は満足げに頷いた。

 計画は順調に進んでいる。騒ぎに乗じて王都中に放った部下たちが後々の計画に有益な情報を掻き集めていることだろう。

 その時、ドラゴニア王国の王都周辺に仕掛けた五つの仕掛けの内、一つが破られた気配がした。


「ほう。早かったですね」


 純粋な驚きの声が漏れる。予定よりも断然早い。

 破られたのは王都の中に仕掛けたもの。

 モンスター発生の元凶が倒されてしまったらしい。二重に仕掛けていた罠の地脈の放出も防がれてしまったようだ。

 爆発が見れなくて残念だ。人形製造者ドールメイカーははっきりと落胆する。


「……まあいいでしょう。一つ潰してもまだ四つ残っています。どれか引っかかれば御の字ですね。それに!」


 ふふふ、と酷薄に笑う人形製造者ドールメイカーの瞳には狂気の光が輝いていた。

 人の命を何とも思っていない、ただ自分の知識欲と好奇心を満たすことしか考えていない独善的な想いだけ。

 唇をニヤリと吊り上げる。


「――さあ、頑張ってくださいね。モンスターに抗う諸君」



 ▼▼▼



「……あれは錬金術を応用して造られた人工のモンスター。人やモンスターを組み合わせるという禁忌を犯して誕生した合成獣キメラだと思う。後天的に組み合わせるのは拒絶反応が起きるけど、最初から組み合わせておけば拒絶は起きない」


 わかりやすく言うと後天的というのが移植だ。余程適合しない限り、他人のものを移植すると身体が拒絶する。

 そして、最初から組み合わせるというのは、受精卵に別の遺伝子をぶち込むようなものだ。

 傍から見たら歪だが、身体はそれを正常なものだと認識する。よって拒絶は起きない。

 この奇怪な肉塊は、最初からこんな形になるように設計され、人によって故意に造られたのだ。


「…… 一体の”オリジナル”が魔力を吸収して複数体の”複製体コピー”を作り出す特性を持つ。実に厄介」


 地面に寝転がったまま俺は、ビュティが解析した報告を聞いていた。


「やっぱり人為的か」


 疲れ果ててSランク冒険者パーティ《パンドラ》のリーダーを演じる余裕もない。

 それにしても人工のモンスターか。

 何となくそう思っていたが、ビュティがモンスターを丸のみにして情報を得るという彼女しかできない馬鹿げた技によって裏付けが取れた。

 魔力を得て分裂する特性を持った合成獣キメラね……。

 それが地脈の上に配置されているなんて、これを企てた奴は相当性格が悪いぞ。


「……相手は天才。そして狂っている。モンスターや人を掛け合わせて合成獣キメラを作るなんて私は出来ない。合成獣キメラを造ろうとさえ思わない。これは世界のルールに反する行為。私はそこまで堕ちてない」


 俺たちの体液すら気軽に扱うあのビュティが珍しく嫌悪感を表に出している。

 合成獣キメラの創造はそれほどのことなのだろう。

 しかも禁忌の合成獣キメラを人が集まる王都に放つとか狂っているとしか言いようがない。


「しっかし、少し前に似たようなことがあったよな。ソノラが淫魔になった時もビュティは同じことを言っていた」

「……確かに。同じ人物かもしれない」


 ここは黒翼凶団が使用していた地下室だし。

 偶然と言うよりも明らかに必然。黒翼凶団の裏にいた人物がこの場所を再利用したと考えるべきだろう。

 そして、ソノラとヒースの誘拐にも関わっている可能性が高い。


「一体何者なんだ……」


 今はそれを考えることではないな。《魔物の大行進モンスター・パレード》は終わっていない。助けを求める人がまだ大勢いる。

 傷ついた身体は癒えた。魔力は全回復とは言えないが、ある程度回復した。疲労感はMax。

 立ち上がるのも億劫だ。


「さてと、もう少し頑張りますか」

「……行くの? たぶん、ここと同じ仕掛けが王都の外に複数仕掛けられているはず。別の何かが仕掛けられているかも。それでも行くの?」

「ああ」


 行かなきゃ生まれ育ったこの街が無くなってしまうから。俺は我儘なんだ。

 息を吐いて大きく伸び。

 服は所々破れている。仮面はある。

 これくらいなら誰にもバレないだろう。隠ぺいの魔法もかけてあるし。

 ビュティは、やれやれ、と呆れたように首を振った。


「……そう。なら私は私のすべきことをする」

「そっちは任せた。こっちは俺たちで何とかする」

「……頑張って」


 激励してくれたビュティを屋敷に送還。

 これからモンスターの詳しい解析をしてくれるだろう。それがビュティの役割。彼女にしかできないこと。

 黒幕に繋がるほんのわずかな手掛かりでも見つけてくれれば助かる。

 王都の東西南北から絶えず伝わってくる戦闘音。

 一人で片付けるには時間がかかりすぎる。全てが終わった時には王都は崩壊しているだろう。

 ならば、一人で片付けなければいい。


 ――俺は愛しい使い魔たちに語り掛ける。



 ▼▼▼



「あれデスネ。上様うえさまによるとこれが《魔物の大行進モンスター・パレード》の元凶……潰させてもらいマス!」


 虚空に浮かぶニュクスがモンスターが溢れ出す発生源に向けて杖を打ち付けた。

 巨大な魔法陣が描かれ、破壊の風が吹きわたる。


「《風化》」


 何の前触れもなく崩壊し始める奇怪な肉塊たち。身体が保てず、崩れ、塵へと還る。

 長い年月をかけて岩石が崩れて土になるように、ニュクスが放った魔法は肉体の構成を分解させる呪いの風だった。

 ”オリジナル”も複製体コピーも等しく塵となって消えていく。

 一体も抗うことはできない。

 モンスターはただ分裂しただけ。ということは、呪いへの抵抗力もすべて同じなのだ。

 地脈を吸収して蓋の役割をしていたモンスターが消え去った。

 地面が揺れ、地下から膨大な魔力がせり上がってくる気配がする。

 ニュクスは黒髪を揺らして再度杖を虚空に打ち付けた。


「地脈の制御の仕方は座学で先輩たちに習いましたケド……ぶっつけ本番! ダメだったらごめんなサイ!」


 地表へと飛び出そうとする魔力を力技で押さえつける。


「ふんヌゥ~! アッ……これは不味いデス! 助けて上様ァ~! こんなの聞いてないデス~!」


 想像以上に暴れる地脈の魔力に翻弄されるニュクス。

 助けを求め、泣き言を言いながらも、リッチという魔法に秀でた種族ゆえに魔力制御は得意中の得意。

 ゆっくりと時間をかけて地脈を制御するのであった。




 ▼▼▼



 黄金と白銀の光が戦場で舞い踊っている。


「ふ~ん。元凶を潰せば終息するのか」


 月蝕狼ハティは腕を軽く振った。白銀の爪撃が一直線上にいたモンスターたちを消し飛ばす。

 タンッと地面を軽く蹴って強烈な加速。一陣の風が吹き、モンスターが細切れに変わった。

 彼女は閃光と化し、一撃で数十体のモンスターを倒しながら思案する。


「どぉ~しよっかなぁ~。スコル~!」

「なんでしょう?」


 黄金の輝きが放ち、一瞬にして月蝕狼ハティの隣に日蝕狼スコルの姿が現れた。

 白銀と黄金が煌めく。

 双子ということで、息ぴったりの連携攻撃を行いながら二人はのんびりと会話する。


「ご主人様の話を聞いた~?」

「もちろん。聞き逃すはずがありません」

「どうする~?」

「どうすると言われましても、”オリジナル”を倒すことは簡単です。簡単ですとも。場所はハティもわかっているでしょう?」

「当然!」


 顔を向けたのは”オリジナル”がいるであろうモンスターの発生源。

 二人はとうの昔に場所を把握していた。


「でもねぇ~」


 二人の狼耳がそろってペタンと垂れる。


「私たちが倒してもぉ~」

「地脈はどうしようもありませんね。私たちは地脈を制御する術を持ちませんから」


 本能に従ってよかったと二人は思う。

 何も知らずに”オリジナル”を倒していたら《魔物の大行進モンスター・パレード》以上の厄災が訪れるところだった。

 ”オリジナル”を倒してはいけない、と獣の本能が訴え、それに従ったおかげである。


「ご主人様を呼ぶ?」

「いえ、ここは後輩に経験を積ませましょう。良い機会です」

「スコルったらスパルタだねぇ~。それ採用!」


 その時、必死に地脈を制御する黒髪の少女に寒気が走ったとかいないとか。

 双子の狼は背中合わせに立ち、迫りくるモンスターの波に獰猛な笑みを浮かべる。


「では、後輩が来るまで時間を稼ぎましょう」

「殲滅だぁー! 後輩ちゃん、ゆっくりでいいよ~! あっ、スコルは今何体倒した?」

「1522体です」

「ふっ。1647」

「くっ! ペースを上げます!」


 黄金と白銀の閃光が爆発する。

 モンスターの大群が瞬く間に数を減らしていく。



 ▼▼▼



 辺り一面赤紫色の結晶で覆われていた。

 モンスターの氾濫は止まっていた。

 ”オリジナル”も”複製体コピー”も全てが結晶に囚われ固まっている。

 ズズズッと地面を揺らして赤紫色の結晶が一回り成長した。

 溢れるはずの地脈の魔力を吸収して育っているのだ。


「マギー」

「はぁーい! よっと!」


 たわわな巨乳を弾ませて、鮮やかなオレンジ色の髪の美女が飛び上がった。


「ほりゃっ!」


 気の抜けた声と共に拳が地面に突き刺さる。

 轟音が鳴り響き、地面が揺れる。衝撃波が共振して結晶が砕け散る――”オリジナル”を除いて。

 一仕事を終えたマグリコットが額の汗を拭った。たゆんと胸が揺れる。


「ふぃー。手加減できた」

「巨大なクレーターを作って何を言ってんの」

「ジト目が痛いっ! 私にとっては手加減できた判定なの!」


 クレーターのふちに立って、カラムが深いため息をついた。

 確かに地面が溶解しているわけではない。溶岩が噴き出しているわけでもない。

 マグリコットにしては手加減できているほうだ。


「ほら。本命が残っている」

「わかってるよぉー。地脈に近い溶岩の中に棲む溶岩牛マグマ・カウの私は、地脈の制御が得意分野なの! 手加減、手加減、手加減……ほいやっ!」


 ダンッと飛び上がるマグリコット。軽やかに舞う美女。巨乳が揺れる揺れる。

 背中を反らして腕を振りかぶる。全身を使った渾身の一撃が放たれる。


「せいやぁ~っ!」


 可愛らしい掛け声と同時に”オリジナル”が封じられた結晶を打ち砕く!

 そして、勢い余って地面を撃ち抜いた。


「あっ……」


 彼女の焦る小さな声は轟音にかき消された。

 数十メートルにまで噴き上がる溶岩。一瞬遅れて到達する衝撃波が空気を震わせる。

 マグリコットも溶岩に呑み込まれて見えなくなる。

 狙い通り地脈の放出は防がれたのだが、その代わり、火山が噴火した。


「やっぱり。やると思った」


 噴き上がる噴煙を眺めて、カラムが頭を抱えた。

 お約束展開。フラグの回収。マグリコットは期待を裏切らない。

 長い付き合いのカラムは呆れながら魔法を発動させる。


「しばらくそこで反省してて」


 降り注ぐ溶岩や数百メートルまで噴き上がった噴煙すらも全部、マグリコットごと緋色の翠玉レッド・ベリルの石柱に閉じ込めた。




 ▼▼▼



 東の空に噴煙が噴き上がったと思ったら、即座に緋色の翠玉レッド・ベリルの柱が天空を貫いた。


「あれは……マギーがやらかしてカラムが防いだのですか。助かりました、カラム」


 屋根から屋根へと飛びながらホッと安堵した。マギーは残念美人というか、抜けているからなぁ……。

 《魔物の大反乱モンスター・パレード》は次第に落ち着きつつある。

 王都は掃討戦が始まり、北もニュクスが頑張ってくれたようだ。東はあのようにマギーとカラムが終わらせた。南はニュクス待ちらしい。

 ニュクス……頑張れ。

 残りは西か。ビリアが戦っているらしいが……。

 ビリアが”オリジナル”を倒したら地脈の魔力が噴き出すかもしれない。彼女はこの情報を知らないだろう。急がなければ。


「はっ!」


 城門へと飛び上がり、更に蹴りつけ、戦場の上へと躍り出る。

 さぁーて、ビリアはどこにいるかな?

 おっと。あっさりと見つかった。深紅の炎が燃え上がっていて実にわかりやすい。

 槍を振り回す深紅の美女の背後に降り立つ。


「……ワタシの背後に許可なく立つな。死ぬぞ」


 空間を切り裂く神速の槍を剣で受け止めた。

 刃と刃がぶつかり、火花が散る。衝撃波がモンスターを吹き飛ばす。

 俺は仮面の下で微笑んだ。


「それは申し訳ありません。助太刀に参りましたよ、ブーゲンビリア皇女殿下」



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