第317話 放出の防止

 

 美女バージョンのビュティがコテンと首をかしげた。

 こういう仕草はどんな姿になっても変わらないな。


「……呼び出されたけど、ここでナニをすればいいの?」

「今、言い方がおかしくありませんでしたか?」

「……おー? 何のこと? 欲求不満?」


 今度はさっきと反対方向に首をかしげるビュティさん。

 危機的状況なのをわかっていらっしゃいますかね?

 まあいい。構っていたら被害が広がってしまう。天然下ネタ発言も無視だ無視!


「……私に突っ込まないの?」


 ぐっ! む、無視だ!


「コホン! 呼び出したのは《魔物の大行進モンスター・パレード》の原因を調べて欲しかったからです。これは人為的な臭いがします」

「……ふむ。それは私も思っていた。自然発生にしてはモンスターが歪すぎる。いや、逆に綺麗すぎる」


 普段は半開きの眼が開いて、キリッとした雰囲気に変わった。研究者としての姿のビュティだ。

 じーっと暴れるモンスターの挙動を観察している。瞬きすらしない。


「歪? 綺麗? どういうことですか?」

「……見て。自然発生ではあり得ないくらい色々なものが混ざり合って歪で奇怪な肉塊だよね?」


 そりゃそうだ。スライムや狼や虫や植物や人間などの要素があちらこちらに混ざり合っている醜悪な塊だ。見ていて吐き気がするほど。

 これが自然発生するとは考えたくもない。


「……スライムをベースにしたとしても、これはあり得ない。拒絶反応が起きる、普通なら。でも、このモンスターはそれが見られない。綺麗にまとまっている。だから、歪で綺麗。気持ち悪いくらいに」


 なるほど。理解した。


「あそこが発生源らしいです」


 探知した場所を指さすと、興味深そうにその場所から目を離さず、スッと手だけ俺に差し出してきた。


「……真上まで連れて行って」

「かしこまりました」


 彼女の手を取って魔法を発動。モンスターの攻撃が届かない距離で停止。

 真下からはモンスターが飛び出している。

 倒しても倒してもキリがない。でも、僅かな隙間から元凶らしき個体の姿が見えた。

 アイツか!

 他の個体とは外見が似ている……というか、全く同じである。

 探知をしているからわかることで、見ただけでは元凶のモンスターだとはわからない。


「……捕獲」


 腕を紫色の透明な触手状にして、ビュティはモンスターの一体を絡めとった。

 不定形なスライムである彼女にしかできない技。

 そのまま粘液の中に閉じ込めると、ジュージューシュワシュワと溶かし始めた。

 粘液から逃れようと必死に暴れるモンスター。しかし、ビュティは逃さない。ゆっくりじっくりと実験するように溶かしていく。

 やり方が実に惨たらしい! 目が怖い! 実験動物を眺める目だ!

 逃げられないと悟ったモンスターは、生きるために手段を変更。逆にビュティを取り込もうと侵食を開始したのだ。


「……ふっ。刻まれた本能プログラムしかない雑魚が私を嘗めるな」


 彼女は鼻で笑う。


「……私を侵食しようなんておこがましい。大人しく溶けろ。そして、私に情報だけを寄越せ。お前の全てを、お前に記された知識を、私の知らない未知を差し出せ!」


 ビュティさんの狂気マッドスイッチが入りましたぁー!

 時々こうなっちゃうんだよね。研究者の血が騒ぐらしい。

 俺や他の使い魔たちの体液でさえも平然と搾り取って実験に使用する子ですから。

 狂気マッド化したビュティは誰にも止められない。止めようとするならば彼女の実験に巻き込まれてしまう。


「……ふひっ! ふひひひひっ!」


 実験動物モンスターは一体じゃ足りなかったらしい。

 何本も触手を伸ばして手当たり次第モンスターを捕まえ、溶解液で溶かし、情報を抜き取っていく。

 笑い声が漏れ出す口からは涎が垂れ、珍しく彼女の顔が18禁になっている。


「あっ!」


 彼女の伸ばした触手が元凶のモンスターを捕獲した。

 瞬く間にシュワシュワと溶けて消え去る発生源。

 これで街に溢れさせている元凶のモンスターはあっさり討伐――と思いきや、その個体がいた場所が不気味に発光する。


「……おっと、しまった。失敗した」

「何をしたっ!?」

「……どうやら地脈の魔力を吸っていたみたい。吸収する蓋がなくなったから、魔力が噴き出しちゃう。ドバーッと」

「はぁっ!?」


 演技を忘れて素になってしまうほど俺は焦っていた。

 振った炭酸水のように地中から膨大な魔力が噴き上がってくるのを本能が感じていた。

 このままだと噴火した火山と同じ事が起きる。周囲一帯が吹き飛んでしまう!


「ぬぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 残っているモンスターなど知ったことか!

 濃密な魔力に引き寄せられて飛び掛かってくるモンスターを無視して、俺は地面に手をついて魔力を放出する。

 地中で魔力がぶつかり合った。飛び出そうとする地脈の魔力を押し戻す。

 地面の輝きが一層増す。亀裂が走り、そこから濃密な魔力の光が漏れ出す。


「おぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 魔力をぶつからせるだけでは地中で爆発するだけ。もっと酷い被害が起きるだろう。

 だから、魔力の流れの方向を変化させる!

 要するに川の流れを変えるのと同じ事だ。地中を流れる魔力の川、それが地脈。

 本当はゆっくりと変化させることが正しいのだが、今回は時間がない。力で強引に捻じ曲げる。

 集中しろ。

 ほんの僅か制御を間違えたらドカンだ。力で押し負けてもドカンだ。

 集中しろ集中しろ集中しろ。

 皮膚が裂ける。血が噴き出す。目や鼻から血が流れ落ちる。

 それでも俺は地脈に対抗する。


「地中に戻れぇぇぇええええええええええええ!」


 徐々に魔力が正常な流れへと戻っていく。

 今回は地表へと飛び出す小さな小さな支流ができかけていただけ。これを本流へと誘導できれば……。

 戻れ戻れ戻れ!

 どのくらい格闘していたのだろう?

 血を流しながら押し戻した魔力は無事に地脈へと戻り、噴き出そうとした支流というか穴は即座に埋め戻した。


「終わった……」


 これで魔力が噴き出すことはない。暴発もしない。

 何とか処置は成功した。


「つっかれた……」


 大量の魔力を放出したことで疲れ果てた俺は、崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。

 夜空にはオーロラが浮かんでいる。小刻みに揺れる地面からは、まだ戦闘が続いていることが伝わってくる。

 でも、ここからはもうモンスターが湧きだすことはないだろう。

 トテトテトテと歩み寄ってきたのはビュティ。俺を見下ろしてニコッと微笑む。


「……お疲れ様。よく防いだ。どうやっても同じことになってたから結果オーライ! ぶいっ!」


 Vサインをする魔力放出を発生させかけた元凶――

 彼女の言うことはよくわかる。モンスターが蓋になっている状態で地脈の穴を塞ぐか、モンスターを取り除いて穴を塞ぐかの二通りだということは理解している。

 前者だった場合はモンスターが俺に襲い掛かっていただろう。

 俺が地脈と格闘している間、ビュティが守ってくれていたみたいだし……。

 でもさ、うっかりミスはないだろ! 観察すればビュティさんなら気づけたよね!? 俺にも心の準備ってやつが必要なんです!


「……あいたっ!?」


 全く反省していない笑顔にイラッとした俺は、寝転んだまま無言で彼女の額に空気弾を打ち込んでやった。


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