第312話 救出完了
お待たせしました。
エネルギーが枯渇気味でモチベーションが・・・
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無表情の女性は一瞬の戸惑いもなく襲い掛かってきた。
背後には数人の姿も見える。
左右の手に握られた鋭利なナイフは生き物を、いや人間を殺すことに特化している。
嫌な感じ。直感が警報を鳴らす。
テカテカと光るのは刃の反射だけではない。刃の表面に付着した液体が光っているのだ。おそらく強力な毒。
刹那の時間に俺は迷った。捕縛か殺害か。
捕縛したら相手から有益な情報を得られるかもしれない。だが、今は《
「…………」
殺意もなく無言で無感情に容赦なく振るわれる二振りのナイフ。ヒュンと音を立てて空気を切り裂く。
刃が俺の身体に届くよりも前に、俺の拳が彼女にぶつかる方が早かった。
あまり手加減も無しに振るわれた腕は、轟音を轟かせて敵を吹き飛ばした。ドアを破壊して見えなくなる。背後にいた他の敵も巻き込んだはずだ。
生死は不明。生きていても瀕死だろう。手足や肋骨は折れているに違いない。内臓も破壊するくらいの攻撃をした。
『今のうちに―――』
ドォオオオオオオンッ!
言葉の途中でドアのほうから雷が落ちたような音が轟き、地面が揺れる。壁には亀裂や罅が入った。
咄嗟に結界を張らなければ、爆風によってヒースとセレンは壁に叩きつけられていただろう。
『大丈夫か?』
「は、はい!」
「無事ですよぉー」
おっかなびっくりのヒースと、いつもと変わらずおっとり笑顔のセレン。怪我はなさそう。
それにしても、今の爆発は一体何だったんだ? モンスターか?
部屋の外の気配を探る。
『……結界が解除されている?』
いつの間にか封絶結界が解除されていた。魔法陣の機能が失われている。だから爆発の衝撃が伝わってきたのだ。
そして、吹き飛ばした相手や上の階に居たであろう敵の気配が全くない。
罠ではないかと疑ってしまうほどだ。
警戒しながら部屋の外を出ると、一面に爆発の跡が残っていた。壁や床は抉れ、クレーターのように陥没している。
剥き出しの地面の上に落ちていたのは焼け焦げた布の切れ端。僅かに残った炭化した骨。それもボロボロと崩れ去る。
『なるほど。自爆か』
証拠隠滅と同時に撤退の合図。潔い逃走だ。相手は相当慎重だな。
敵の追跡もしたいところだが、俺が優先すべきことは二人の安全確保だ。
二人が待つ部屋に戻る。
『待たせた。敵は撤退したらしい』
「そうなの……よかったぁ」
「ですがぁー、まだ音がしてますよぉー? 地面が揺れていますぅー」
「えっ、そうなの? 私には聞こえないよ?」
『ああ、今、《
「そっかぁ。《
良い反応。ヒースは感情が豊かで可愛い。
俺はギョッと驚いているヒースと動揺すらせずニコニコ笑顔のセレンを抱きしめる。
『あまり時間もないから移動するぞ。エリカも心配していた』
「え? えぇっ!?」
足元に濃密な闇が漂い、俺たち三人の身体を包み込む。影による転移だ。
「えぇぇえええええええええ!」
ヒースの驚きの悲鳴を聞きながら冷たい闇の世界を移動し、とある部屋の中に出現する。
ベッドに腰を掛けていたエリカが立ち上がった。即座に駆け寄り、ヒースに抱きつく。
「ヒース!」
「あっ、お姉ちゃんただいま。いやーすごい体験だったよ」
「もう! 心配したんだから!」
「えへへ。ごめんね……ぐえぇっ!?」
潰れたカエルみたいな声を出してしまうほど強くヒースを抱きしめるエリカ。珍しく感情が表に出ている。
「セレン様もご無事で何よりです」
「ご心配おかけしましたぁ~」
あのーエリカさん? ヒースがギブアップしてるから抱擁を緩めたら? 口から魂が抜けだしそうだぞ?
あっ、やっと気づいた。あわあわと慌てるエリカは激レアだな。
なお、ヒースは辛うじて生きている。
赤紫色に染まった熱っぽい瞳でエリカを俺を見つめてくる。
「感謝します旦那様。しかし、戻るまでに6分37秒の時間がかかりました。1分と37秒の時間超過です」
『あ、うん。ごめん。遅くなった』
エリカさん厳しぃー! 確かに5分で戻るって言ったけどさ。
「後でスペシャルコースのお仕置きをさせていただきます」
ほっほう。それは楽しみだ。エリカのお仕置きは『お仕置き』=『ご褒美』だから。
彼女なりの独特な言い回し。照れ隠しと言ってもいい。
ヒースの前では恥ずかしいから、後で個別にたっぷりとお礼をしてくれるのだろう。
ご褒美のためにまずは《
『ところで、何故ランタナは全裸に?』
気付かないフリをしていたけれど、触れないわけにはいかない。
キスをして眠らせたはずのランタナは、ベッドの上でスヤスヤと眠っている。
一緒に入った時も思ったのだが、彼女の身体は美しい。くびれた腰回りや隠れ巨乳が何とも……ゲフンゲフン!
脱がせたであろうエリカはいけしゃあしゃあとおっしゃる。
「旦那様が喜ぶかと思いまして、事後を装ってみました」
エリカさん、グッジョブです!
いやいや。こんなことをしている場合じゃなかった!
ランタナを即座に起こさなくては。
この場にいる三人と少し口裏合わせをして、最大戦力の近衛騎士団部隊長様を起こす。
「っ!?」
殺気を少し放つと、即座に跳ね起き構える。一瞬で覚醒。流石だ。
「暗部!?」
『目覚めたか、第十部隊部隊長』
「何用でしょうか?」
暗部は恐れられる組織だが、国王直属の部隊でもある。ランタナの味方であることには変わりない。同僚のようなもの。
警戒心は残しつつも、襲い掛かることはなかった。冷静で安心した。
『シラン殿下とお楽しみ中申し訳ない。殿下は我らが保護した』
「なっ!? いえ……わかりました」
ベッドに俺がいないことを確認。彼女は意識を失う前の記憶を確認。キスまでしか覚えていないはず。
眠ったことが暗部の仕業だと思ってくれたら幸いだ。
「出来ればこの御方たちも保護をお願いしたいのですが」
『無理だ。我らの任務はシラン殿下をお守りすること。他国の姫君たちは含まれていない。引き続き諸君ら近衛騎士が守れ。以上だ』
一方的に言いたいことを言うと、俺は即座に姿をくらます。
後のことはヒースやエリカ、セレンにお願いしているから何とかなるだろう。彼女たちはただ守られる弱い女性たちではない。
ひとまず屋根の上に転移。そして、暗部の衣装から
これからは冒険者として動く。他のメンバーや使い魔たちは独自に動いているようだ。
俺も防衛に参加しなくては。
状況は……探知!
東西南北からモンスターが押し寄せているが、まず真っ先に潰さないといけないのは街の中から溢れ出すモンスターだ。
次から次に溢れ出している。何とか抑え込んでいるようだが、長くは保たないだろう。
よし、行くぞ!
俺は王都の戦場の付近に転移したのだった。
▼▼▼
暗部の衣装を着たシランが去った後の部屋。
「ふぇっ!? な、なんで裸!?」
自分が裸であることに気づいたランタナは爆発的に顔を赤らめ動揺してしまう。
何故裸なのか記憶を辿り、意識を失う前のキスを思い出す。
「わ、私っ! で、殿下とキスを!? もしかしてその後服を!? うぅ~っ!」
可愛く唸ってポフンと頭から蒸気を噴き出す。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに? ヒース」
「めっちゃ可愛いんだけどあの人」
「旦那様のハーレム候補者だから」
「なるほど。納得!」
フェアリア皇国組が素になってコソコソと内緒話をしている。
何度か深呼吸して冷静さを取り戻したランタナは衣服や鎧を身につけた。
「コホン! 失礼しました」
恋に気づいていない乙女は真面目な近衛騎士に戻る。
「皆様はここで待機を」
「それは出来ません」
「ヒース!?」
毅然とした態度で拒否したヒースに、エリカは思わず声をあげる。
彼女の我儘を止めようとして、今度は言葉を失った。
力強く輝く虹色の瞳。決然とした表情。人を惹きつける魅力。
か弱かった少女はどこにもいなかった。
「フェアリア皇国の皇女として、シラン様の婚約者として、私は行動します! 引きこもることはしません!」
まだまだ荒削りだが、宝石の原石が磨かれ始めた。
「一人でも多くの命を助けに行きます! だから《お願い! 手を貸して!》」
精神魔法の極意は誘導。
心の底では今すぐ助けに行きたいと思っていた。自分は何のために騎士になったのだと自問自答していた。だが、その全てを無視した。
シランを守る任務のために切り捨てた感情がヒースの言葉によって刺激される。
目の前の他国の姫の姿が、目を離すとすぐに行方をくらますどこかの第三王子と重なった。
「……わかりました。私たちドラゴニア王国の近衛騎士団がお守りいたします」
ランタナは王国式の敬礼を行う。
数秒遅れてエリカは恭しく優雅に一礼する。
「かしこまりました、姫様」
妹のように可愛がっていた少女の成長に、エリカは思わず涙がこぼれそうだった。
ここ数カ月で急速に成長したヒースは蕾が膨らんでいる状態だ。これから数年かけて綺麗な大輪の花が咲くだろう。
だが、ヒースもまだまだ若くて幼い。枯れる可能性だって十分ある。
そうならないように彼女をお世話し、支えるのはエリカの役目。
咲き誇った二輪の花をシランに愛でてもらうのだ。
「行くよ! 私たちの戦いに!」
ヒースは勇ましく部屋の扉を大きく開け放った。騎士とメイドが付き従う。
その全てを歌姫だけが見ていた。
<おまけ>
部屋を出てすぐのこと――
「師匠! それっぽく演じてみたけど、どうだった!? 私、上手く誘導できてたかな?」
「100点満点中75点くらいですねぇ~。初めてにしては素晴らしいですよぉ~。合格点ですぅ~」
「やった!」
「姫様……私の感動を返してください。演じるなら最後まで演じ通しなさい!」
「あ
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