第311話 解読

 

『……ここか』


 魔力を辿ると、少し大きめの一軒家にたどり着いた。

 外見はごく普通の民家である。結界が張られている様子はない。罠の類もない。

 不用心すぎるくらい何の変哲もない家だ。

 だが、この地下室に必ず捕まったヒースとセレンがいる。間違いない。

 誘っているのだろうか? それとも、怪しまれないようにわざと結界や罠を仕掛けていないだけか……。

 となると、それらが必要ない何かが施されている可能性が高い。

 例えば、多数の暗殺者とか。


『わざわざ正面から乗り込む必要はないか。《物質透過》』


 身体が霊体となり、地面をすり抜けていく。

 明かりがない真っ暗な地面の中を魔力の反応めがけて突き進む。

 誰にも邪魔されることなく、俺はあっさりと地下室の壁にたどり着いた。


『っ!?』


 そのまま通り抜けようとして、即座に踏みとどまった。

 直感が反応している。これ以上踏み込むのは危険。

 こういう勘は大事にした方が良い。経験に基づく無意識からの警告だからだ。


『これが念話とかを邪魔している結界か』


 ゆっくり手を伸ばし、結界の表面に触れる。

 手を通して伝わってくる膨大な魔力で構築された堅牢な結界。このまま突き進んでいたらダメージを喰らっていただろう。敵にもバレていたはず。


『なるほど。封絶結界。実に厄介だ』


 封絶結界。中と外をほぼ完全に絶ち、切り離す結界である。

 結界に阻まれ、中から外、外から中の攻撃はほぼ無力化される。念話も通じない。

 封印に近い結界と言えばいいだろうか。


『解析……うわぁ、設置型の魔法陣か。魔力は地脈を利用。これを考えた奴は天才か?』


 魔法陣を刻み、魔力を流せば結界が発動する。魔力は術者じゃなくて地脈から流用。

 ということは、魔法陣を刻んで地脈と繋げてしまえば誰でも起動させることが出来るということだ。

 術者がこの場にいる必要がない。地脈が流れている限り、半永久的に結界は作動し続ける。

 黒翼凶団が使っていた魔法陣と考え方は同じだ。

 結界を解くのは三つの方法しかない。


 一つ、魔法陣の製作者が結界を解く。

 地脈の魔力を使用した設置型の魔法陣だ。製作者がこの場にいる可能性はとても低い。これは無理なので却下。


 二つ、結界の強度を上回る攻撃をして無理やり破壊する脳筋な方法。

 これも却下。少し間違えれば地脈がズドン! かつてマグリコットが吹き飛ばしたヴォルカノ火山のように王都は簡単に消し飛ぶだろう。自然の驚異を甘くみてはいけない。


 三つ、術式を解読する。

 実質これの一択だ。魔法陣を読み取り、解呪する。

 製作者と同じ立場になるということ。

 魔法陣を解くことも自由に出入りもできるはず。結界とはそういう魔法だから。


『頑張りますか。《思考加速》!』


 俺は暗闇の地面の中で一人集中した。

 脳をフル稼働させて暗号化された魔法陣を読み取っていく。

 ふむふむ。大まかに分けて五つの集合体によって構築されているみたいだ。

 まずは一つ目……


 ―――うおっ!? いきなりトラップ!? あっぶねぇ。


 危うく引っかかるところだった。

 えーっと、これもトラップ。これは大丈夫……と見せかけてトラップ。

 これはあれだな。迷路。それも一つ道を間違えたら即座にゲームオーバーの複雑な迷路だ。

 一回で正しいルートを選択しなければならない。

 知識を全て総動員させて一つ、二つ、三つと着実に魔法陣の解読を続けていく。

 この魔法陣を考えたのはやはり天才だ。無駄なところが一つもない。

 複雑で簡潔。これ以上ないくらい効率的で緻密で綺麗な魔法陣だ。


 ―――これで四つ目。ラストスパート!


 ズキズキと痛む頭は無視。集中集中。

 おぉ……なんだこのトラップ。

 トラップとトラップを掛け合わせて新たなトラップとなるなんて、そんな発想したことなかったぞ。

 人間をだます狡猾な罠だ。心理的隙をついてくるからたちが悪い。

 こんなにも多い魔法的トラップが、結界の強度や維持を高めているのだ。

 芸術だ。この魔法陣は芸術品である。

 製作者は天才で、これ以上ないくらいずる賢くて性格が悪い奴だろう。


『よし、これで……』


 ふと、俺は思った。製作者は最後の最後に何かを仕掛けているんじゃないかと。

 終わりと見せかけて油断を誘う……ありそう!

 もう一度魔法陣を確認。するとやはりあった。

 このままだとトラップが発動して結界が吹き飛ぶところだった。危ない危ない。

 五重チェックくらいして、やっと確信を得る。


 ―――解読できた!


 そっと手を魔法陣に突っ込む。

 手は何の抵抗もなくスッと通り抜け、トラップが発動した様子もない。敵側にもバレていないはず。

 解読成功だ!

 思考加速終了。

 頭のリミッターを外した反動でズキンと鈍い痛みが頭を駆けまわる。が全て無視。

 身体がスルリと封絶結界をすり抜けた。


「ひぅっ!?」


 結界の先。牢獄のような冷たい地下室にくぐもった悲鳴が上がった。

 蛋白石オパールの瞳をこれでもかと見開き、ポロポロと泣きながらガクガクブルブルと震える縛られた少女。ヒースだ。

 隣には意識を失っているセレンの姿もある。

 どうやらヒースは壁から手が生えていたことに恐怖したらしい。

 ホラーの耐性がなかったら恐怖映像だよな。申し訳ない。


『ヒース。俺だ。助けに来た』

「もがっ!? もががっ!?」


 猿轡をされていたが、彼女の言いたいことはよくわかった。

『えっ!? シラン様!?』って絶対に言っただろう。

 縄を切って猿轡を外してやる。綺麗な肌に縛られて鬱血した痕跡がある。

 こんなになるまできつく縛られるなんて痛かったよな……すぐに治してあげるから。

 治癒魔法を発動。そして、まだ半信半疑のヒースの頭を優しく撫でる。


『頑張った。よく頑張ったな、ヒース』

「シラン……さま……。うん、私……頑張った!」


 何とか泣くのを堪え、ニッコリと微笑むヒース。


「セレン様をお願い!」

『ああ』


 てっきり夢の中のように縋りついて泣きじゃくると思いきや、ヒースは即座にセレンの救出を願う。

 冷静な判断ができるとは、ヒースも成長したものだ。

 彼女の瞳には良い輝きが宿っている。


『セレン。起きれるか?』


 縄を切り、猿轡を外して同じく治癒魔法をかける。


「んぅ~……シラン君どうしましたかぁ~……寝れないのなら子守歌を……」

『寝言を言っている場合じゃないぞ!』

「ふぇ~……? あれぇ~? おはよう……ござい……ますぅ~……」

『寝るな!』


 おはようと言いながら夢の世界へと戻っていこうとするセレンの頭をポカンと叩く。

 衝撃で少し目が覚めたようだ。首を振って眠気を吹き飛ばす。

 抱きついてきたヒースを受け止めて、ようやく状況を理解したようだ。


「あぁ~そうでしたぁ~。私たちぃ~、捕まってましたねぇ~。ヒースちゃん、無事でしたかぁ~?」

「……うん」

「眠っちゃってごめんなさいねぇ~。ヒースちゃん、よく頑張りましたよぉ~」

「……うん!」

「シラン君もありがとうございますぅ~」

『どういたしまして。取り敢えず、一応これを飲んでくれ』


 二人に渡したのは霊薬だ。投与されたのは睡眠薬だと思うのだが、リリアーネの時のように麻薬成分が混入されていたら怖い。

 霊薬なら毒や麻薬を解毒してくれる。


「あぁ~、誰か来ますよぉ~」


 封絶結界をそのままにしていた弊害が出た。

 外と中を絶つということは、中から外の様子がわからず、結界内に侵入されて初めて侵入者を探知できるということ。

 結界の範囲は狭い。ということは、侵入者と気付いたときには相手は目の前にいる。

 セレンの忠告の途中かつ俺の索敵に反応があった瞬間、地下室のドアが開く。

 俺たちは、二人を誘拐したであろう相手と対面した。

 感情のない瞳が俺たちを捉える。




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