第293話 王子の弱点
突如決まったテイアさんとソノラと俺のお買い物デート。
普段は娘と一緒にいるテイアさんだが、セレネちゃんがネアに拉致されたことで少し違和感を感じる。いつも親子でセットだったから。
「な、なんか近くないか?」
「そうですか?」
腕にむぎゅっと抱きついているテイアさん。豊満な胸が押し付けられて柔らかい。至福の弾力。
軽くお化粧をしてシンプルなアクセサリーをつけたテイアさんは、いつもの母親の雰囲気から一転、大人の色気を漂わせる一人の女性になっている。
でも、母親であるからか、言い表すことのできない危ない艶やかさがある。
「こ、これくらい、ふ、普通です!」
反対の腕には顔を真っ赤にしたソノラが抱きついている。こちらもこちらで豊満な胸が気持ちいい。
ソノラはお化粧が必要ない。それほど美しい。逆にお化粧をしたら違和感を感じてしまうほどだ。
栗色の髪はポニーテールでユラユラ。髪留めはテイアさんお手製。耳に光るのは俺が以前プレゼントしたイヤリングだ。
こういうデートに慣れていない初々しさが何とも可愛い。
男が羨む両手に花状態。咲き誇った綺麗な花だ。
周囲の男性から嫉妬の嵐は……意外と少ない。だって、二人に見惚れて固まっているから。
「それで、何を買う予定なんだ?」
お買い物デートとは聞いたけど、買う物をまだ聞いていなかった。
あっ、テイアさんはお買い物に付き合ってとは言ったけど、お買い物デートとは言ってないな。
「小物の材料を仕入れようかと」
「あっ、私は本を買いたいです! 新刊が出たはずなんですよね」
「りょーかい」
俺が買いたいものはない。となると俺は荷物持ちかな。美女二人と並んで歩けるだけで俺は満足。
親龍祭の期間中だ。街を歩く人は多い。
ということは、二人の美貌に当てられて石化する男性が多いってことだ。
あぁ~あ。デート中に彼女を忘れて見惚れちゃってるよ。あっ、あっちは親子連れで奥さんも子供もいるのに……。
彼女に平手打ちされて別れを告げられる男性。妻に腹をぶん殴られて引きずられる男性。その他いろいろ。
「目立っていますね……ソノラさんが」
「えっ? 目立っているのはテイアさんですよね?」
「ソノラさんですよ。とてもお可愛いですから」
「いやいやいや! テイアさんがお美しいからですよぉ!」
両サイドで目立つ原因を押し付け合う二人。いや、二人とも自己評価が低すぎて自分が目立っている原因だと思っていない様子。
「両方だ」
「「 えっ? 」」
「テイアさんもソノラも綺麗だぞ。二人とも同じくらい美しすぎて目立ってる」
キョトンとする
「それはあり得ませんよ! あっ、もしかして殿下が目立っています? 殿下も一応王子様ですし」
「そうでした。シランさんは王子殿下でしたね」
「……何故いつも俺は王子であることを忘れられるんだ。いろんな意味で有名な王子なんだけど」
テイアさんまで忘れるなんて酷くない? 身近にいる女性の中で数少ない常識人だと思っていたのに……もしかして、屋敷に住み始めて毒されてしまった?
「―――ご本人ですら自身のお立場を忘れていらっしゃるくらいですからね。当然のことかと」
「いやいや。流石に自分の身分は忘れない…………よ?」
ごく自然に会話に割り込んできた声の主に、ごく自然に振り返りつつ俺は返答。その声の主に気づいた瞬間、俺はピシリと硬直した。
俺たちの背後に立っていたのは、近衛騎士団の騎士服と鎧を身につけた女性だった。
美しい顔に表情はなく、こめかみには青筋が浮かんでいる。普段は優しい
「ラ、ランタナ!?」
「はい。自らのお立場を忘れてデートを楽しんでいらっしゃるとある王子殿下の護衛のランタナですけど、なにか?」
あっ……ヤバい。ランタナが激怒している。こめかみがピクリと引き攣った。
ついいつもの癖で城からコッソリと抜け出してしまっていた。屋敷に戻ることもデートに行くこともランタナたち近衛騎士団第十部隊には伝えていない。
城にいないことに気づいて、ランタナたちは俺を探し回ったのだろう。
「誠に申し訳ございませんでしたぁー!」
先制の謝罪。今は何よりもまず謝罪が先だ。
はぁ、とランタナはため息をついて頭を抱える。
「デートをするなとは言いません。が! せめて私たちに連絡してください。今は親龍祭の期間中です。もしシラン殿下に何かがあったら、他国からいちゃもんを付けられて王国の立場が悪くなりますよ!」
「は、反省してます」
「お叱りはまた後で行います。今はデートをお楽しみください」
「……はい」
うぅ……お説教かぁ。仕方がない。ランタナの言うことは正しい。全て俺が悪かったです。
何故かランタナはテイアさんに頭を下げる。
「協力、感謝します」
「いえいえ。シランさんを引き留められず申し訳ございません」
えーっと、一体どういうこと?
「殿下、上をご覧ください」
「上?」
ランタナに言われて上空を見上げると、そこには光の玉がフヨフヨと浮かんでいた。光の強さはそこまで強くなく、よく注目すれば気付くくらい小さい玉だ。
「またシランさんが抜け出していたみたいですから、私が連絡をしておきました」
おっとりと微笑んだテイアさんがチョコンとウインク。と同時に光の玉は消え去った。
どうやらテイアさんは使い魔の誰かにお願いしてランタナたちに連絡していたようだ。そして、俺たちの位置がわかるように光の玉を浮かべていたらしい。
その光の玉を目指して、こうしてランタナたちは駆けつけてきたということか。
「シランさん、めっですよ!」
きたぁー! テイアさんの『めっ!』だ! なんか感動!
「セレネのお手本のお兄ちゃんになってください! わかりましたか?」
ビシッと叱る母親のテイアさん。
なんかこう、叱り方がディセントラ母上に似ていて逆らえないんだよなぁ。
怒鳴るのではなく、優しく諭す感じ? ランタナのお説教もこんな感じなのだ。
俺の罪悪感を増幅させられる。
「はい、わかりましたぁー!」
俺は素直に返事をするのだった。
<おまけ>
「す、すごい! あんなに短い会話で殿下の心を掌握しちゃってる! 勉強になります!」
「ふむ。今度から彼女にお説教を手伝ってもらいましょうか? 検討しておきましょう」
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