第292話 拉致再び
「フハハハハ!」
屋敷に高笑いが木霊する。誰かが歓喜を抑えられずに笑っている。
徹夜のテンションか?
使い魔たちは平然と無視するが、少しイラッとした俺は元凶の下へと向かう。
騒いでいる人物は赤と黒のメッシュの髪の少女だった。ぺったんこの胸をのけ反らせて笑い続けている。
隣には、栗色の髪の豊満な身体付きの美女がへたり込んでいた。
笑っているのはネアで、座り込んでいるのがソノラだ。
「フハハハハ! フハッ! フハッ! フハハハハハハ!」
「ソノラー。これはどういう状況だー?」
「あっ……殿下、おはようございます……おはようで合ってますよね?」
「合っているけど」
ソノラの言葉に元気がない。黄金の
状況は把握した。ネアに連れ去られて着せ替え人形になっていたのだろう。
ネアの工房は時間が狂っているから、時間の感覚がわからなくなるのだ。
一体何徹したんだ?
「フハッ! フハッ! フハハのハ~!」
「はーい。近所迷惑だから黙ろうね~」
「ふごご! ふごぉー!」
徹夜明けのハイテンションのネアの口を覆う。手慣れた自分に少し絶望。
よく見たらネアの眼の下にもくっきりと隈があるじゃないか。目は血走ってるし。
バタバタと暴れていたネアからスゥっと力が抜ける。アドレナリンが抜けてきたらしい。
「落ち着いたか?」
「ふがっ」
口を覆っていた手をゆっくり放す。もう高笑いが出ることはない。
「ふぅ。助かった。ボクとしたことがついテンションが上がってしまったよ」
テンションが上がったネアの姿は頻繁に見るけどな。
服屋『夕雲の
ソノラもセクハラをされたんだろうなぁ。
「シラン君! よくやった! ソノラは逸材だったよ!」
「だろうな。で、どうだ?」
「ふふっ。バッチリさ!」
ウィンクとサムズアップ。
聞かなくても本当はわかっている。女性の服装に関してはネアの右に出る者はいない。ソノラの美しさを際立たせる服をたくさん作ってくれたはずだ。
後は本人が着てくれるのを待つだけ。実に楽しみ。
「ソノラも大変だったな。セクハラされただろ?」
「あはは……少しだけ」
セクハラ被害者のソノラの笑い声には力がない。立つことも億劫のようで、背中に生やした黒い翼をパタパタと羽ばたかせ、プカプカと浮かんでいる。
なんか可愛い。
そして何故か、加害者のネアはプンスカ怒っている。
「ソノラったら酷いんだよ! ボクを魅了しちゃってさ、精神誘導してあんまりセクハラさせてくれなかったの! おかげで少々欲求不満さ!」
「……今度ベッドの上で不満を解消すれば?」
「ナイスアイデア! その案でいこう! ふはははは! ソノラ、覚悟したまえ! 糸で縛り上げてあんなことやこんなことをしてあげるから!」
「だけど、ベッドの上はソノラの独壇場だからな」
「な、なんだってぇー!?」
「はい。私、
お尻からのぞいた尻尾がぴょこぴょこ動く。
尻尾って性感帯だったよね? 掴んでスリスリしてもいい?
「あの、殿下。少し補給してもいいですか?」
「補給? いいぞ。ネアもちゃんとご飯食べろよ」
「はーい」
「では殿下、少し失礼しますね。んちゅ!」
「っ!?」
俺は、気づいたらソノラにキスされていた。
恥じらう顔が近づいたと思ったら唇に柔らかい感触がぁ……!
ソノラは補給と言った。食事ではなく。
そうだ。
キスを通じて魔力と一緒に俺の中の何かが吸われていく。
「わぁおっ! 積極的ぃー! お熱いねぇ! ヒューヒュー!」
ネアは当然囃し立てる。
離れようと思っても、ソノラが抱きついて腕を回しているので離れることはできない。
舌は絡ませていないが、少し濃厚なキスで一方的に貪られる。
ソノラを支配しているのは
俺は諦めて全てを受け入れることにする。
あぁ……ソノラのキスは気持ちいいなぁー。
「んふっ! ふぅー。ごちそうさまでした」
「お、お粗末様でした」
長々と吸い続けていたソノラ。濡れた唇を妖艶にチロリと舐めた。
世界中の女性が羨む美容チートの肉体。すぐに効果があらわれる。
肌に潤いとツヤと張りが戻り、瞬く間にたまご肌へ。くすんでいた髪もお手入れ直後のようにツヤツヤ。
美という神々しいオーラを纏うその姿は女神としか言いようがない。
「元気いっぱいです!」
そうでしょうね! 便利な身体だな!
やはり元気なソノラが一番可愛い。俺は元気なソノラが好きだ。
「あぁっ! にぃにぃ!」
可愛らしい声が聞こえ、小さな影がステテテテッと走ってきたのはその直後のことだった。
勢いそのままピョンとジャンプ。俺は慌てて抱きしめて勢いを殺す。
「あ、危ないじゃないか、セレネちゃん!」
「んみゅ?」
どこがー? と言わんばかりにキョトンとした猫耳幼女。
か、可愛い。
数秒遅れて母親のテイアさんがやって来る。
「すみません、シランさん。セレネ、めっ! せめて止まってからジャンプしなさい!」
「は~い!」
セレネちゃんは素直に返事。
か、可愛い。
ちなみに、テイアさんの『めっ!』もとても可愛かったです。俺も『めっ!』ってされたい。
「にぃにぃ見て!」
「お? なんだ?」
小さなぷにぷにの手が握っていたのは数枚の紙。セレネちゃんのお絵かきだ。
花の絵やアクセサリー、洋服のデザイン画。子供っぽいがセンスのある素敵な絵。
そう言えば、テイアさんが作る小物のデザインはセレネちゃんが描いているらしい。
「よく描けて―――」
「ちょっと見せて!」
「って、ネア!?」
手に持っていた紙がシュパッと奪い取られた。
抗議の声をあげるが、ネアは聞いていない。食い入るように絵を見つめている。
「な、なんだこれはっ!? なんだこれはぁーっ!?」
奇声をあげるネア。鼻息が荒い。目は血走っている。
どこからともなく紙と色鉛筆を取り出すと、セレネちゃんに持たせた。シュパッとソノラを指さす。
「このお姉ちゃんに似合う服を書いてみて!」
「んぅ~……」
じーっとソノラを見つめたセレネちゃんは、スラスラと何かを描き始める。
数分で描き上がった絵をネアは再び奪い取る。
「ほっほう! ほっほ~うっ! この子猫ちゃんを借りてくよ!」
「は?」
「フハハハハハ! ボクは止まらないぞぉぉおおおおおおお! 誰にも止められないぃぃいいいいい! 滾ってきたぁぁああああああああああ!」
セレネちゃんを抱きしめたネアは限界突破したテンションで叫びながら走り出す。向かった先は自分の工房だろう。
呆気にとられた俺たちは何もできなかった。
ハッと我に返った時にはもう遅い。セレネちゃんは拉致された後だ。
「えーっと、テイアさん? セレネちゃんを取り戻さなくていいんですか?」
「う~ん、そろそろ母親離れをさせる必要もありますし、偶にはいいのではないでしょうか?」
頬に手を当てておっとりと微笑む母親のテイアさん。
テイアさんがそう判断するのならば俺は何も言いません。
一応、セレネちゃんを無茶させないようにネアには念話で注意をしておこう。
「それよりもシランさん、少しお買い物に付き合ってくれませんか?」
「いいぞー」
「ソノラさんもいかがです?」
「わ、私も一緒でいいんですか?」
「はい、もちろんです」
というわけで、俺とテイアさんとソノラの買い物デートが決定した。
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