第294話 手芸店
ランタナに見つかり、テイアさんに『めっ!』ってされた後、俺たちは雑貨屋というよりも手芸店に立ち寄っていた。
今は真剣な表情でテイアさんが小さなビーズや宝石の欠片を品定めしている。
形が悪かったり、濁っていたりして宝石の価値はない屑石だ。でも、それはそれで使い道がある。
テイアさんはこういう石を使って一般市民向けのアクセサリーを作っているのだ。
俺はこういうお店に来たことはなかったので新鮮だ。
「んー。これのもう少し薄い色はありますか?」
濃い緑色の石の欠片を店員のおばさんに見せる。
メガネをクイっとさせて、店員は申し訳なさそうな顔をした。
「あぁー。この前売れちゃったね」
「そうですか」
欲しい色は売れてしまったようだ。
テイアさんは少し思案し、結局元の位置に戻した。イメージには合わなかったらしい。
一つ一つゆっくり丁寧にじっくりと確認する。
店内には俺たちしかいない。暇なのか店員は気さくに話しかけてくる。
「セレネちゃんは元気? 今日は一緒じゃないみたいだけど」
「ええ、元気ですよ。元気過ぎて困っているくらいです。今日はお友達と遊んでいます」
お友達と遊んでいる……ネアか。まあ、間違っていない……か?
「それならよかった。いつも一緒だったから今日はどうしたのかと思ったの」
「そうでしたっけ?」
「そうよ。いつもセレネちゃんを抱っこして、パパっと数分で決めて帰っちゃうじゃない。じっくりと商品を見ているのは今日が初めてよ」
「確かに。言われてみればそうかもしれません」
へぇーそうなのか。いつもすぐに決めるのに、今日は時間をかけているのは何か理由があるのかな?
テイアさんは顔を上げて俺とソノラに申し訳なさそうに呟く。
「シランさん、ソノラさん、ごめんなさい。すぐに決めるので」
「気にしてませんよ。私もじっくりと見たいと思っていますから」
「そうだよ。今日はテイアさんのお買い物に付き合っているんだから気にするな」
「はい。ありがとうございます。もう少し時間がかかりそうです」
「セレネちゃんがいないからゆっくり選びなさいな。小さな子ってすぐに手に取って口に入れちゃうのよね~。言ってくれれば私が預かるのに」
子育て経験のある母親あるある……というか育児の基本だ。子供から目を離さない。小さなものを子供の前に置かない。
なるほど。そういうことか。
ここは赤ちゃんが飲み込みそうなものばかり置いてある。
生活に必要だから仕方なく通ってはいたが、危険を最小限にするためにテイアさんは即断即決で買っていたのだろう。
今日はセレネちゃんはいない。だから、じっくりと時間をかけて選ぶことが出来るのだ。
「今日はおめかしもしちゃって! 似合ってるわよ」
「ありがとうございます。実は生まれて初めてオシャレをしてみました」
えっ? そうなの?
よく考えたらそうか。テイアさんは放浪する獣人の部族出身。オシャレは出来ないか。セレネちゃんを妊娠してからも借金返済のためにオシャレをする余裕はなかったはず。
「お連れの若いお二人さんも覚えておきなさい。小さな子供を育てている時はアクセサリーを身につけるのは厳禁! 匂いの強い香水もだめよ! なんでも舐めちゃうからお化粧品にも気を付けて!」
「「 はい 」」
俺とソノラは同時に返事をした。
だからテイアさんは普段アクセサリーを身につけないのか。アクセサリーを身につけた今日の姿が新鮮だったのはそのせいだ。よく似合っている。綺麗で可愛い。
その時、店員のおばさんがニヤニヤと笑っているのに気づいた。ゴシップ好きのおばさん、みたいな顔をしている。
「ほうほう。テイアさん、もしかして彼が例の王子様? 噂は本当だったのね」
「シランさんがどうかしたんですか? 噂とは?」
意味が分からないテイアさんは首をかしげる。
とぼけなくていいわよ、とゴシップ好きのおばさんはテイアさんに囁く。が、俺にもバッチリ聞こえた。
「テイアさんが夜遊び王子にお世話になっているっていう噂よ!」
「はい。娘共々お世話になっていますが」
「セ、セレネちゃんも!? あの年で!? ロリコン王子?」
「誰がロリコンだ!」
お世話というのは生活の面倒を見ているということであって、店員のおばさんが想像しているような関係ではない! 断じて違う!
俺とテイアさんの間には何もない。愛人関係ではないのだ。
店員のおばさんに俺は必死に説明。
「それって愛人関係じゃないの?」
「ですよねー。私もそう思います」
いつの間にかおばさんは仲良くなったソノラと意気投合している。
何を言う。生活を援助し、一緒にお風呂に入ったり、手を繋いで街を歩き、お買い物したりする関係だぞ。それのどこが…………って、よく考えたら愛人関係だな、これ。
今になって気付いた。肉体関係はないが、聞く限りでは愛人だ。
ニヤニヤ顔のおばさんはテイアさんに話題を振る。
「テイアさん自身はどう思っているの?」
「んー……秘密です!」
茶目っ気たっぷりの笑顔でウィンク。きゃー、と盛り上がるおばさん。
うん、知ってた。テイアさんって時々お茶目になるよね。
一緒にお風呂に入った時もセレネちゃんをけしかけてたし。
そんなところはとても可愛らしいです。
でも、あまり揶揄いすぎないでね。俺の理性も限界があるから。
「いやー、一時期はあまりに切羽詰まっている様子だったから心配してたのよ」
「それはご心配をおかけしました」
「しばらく来ないなぁって思ってたら、丸々と健康的になってケロッとやって来るんだもの。最初は誰かわからなかったわ」
少し前までテイアさんはガリガリにやせ細っていたからな。
今は健康的になって、ビュティお手製の美容液などの効果もあり、別人というくらい美しくなっている。
おばさんが困惑している様子が簡単に想像できる。
たぶん、腕に抱いたセレネちゃんに気づいて、もしやって思ったんだろうな。
「大切にされているみたいだし、良かったわね。良い人に出会えたじゃない」
「はい!」
笑顔で肯定したテイアさんがチラッと俺を見る。
目が合った。
彼女は頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らす。なんか恥ずかしい。
俺たちの様子をおばさんは見逃さない。
「あらあら。あらあらあらあら! セレネちゃんがお姉ちゃんになる日も近そうね!」
「そ、それは運と言いますか、授かりものですので……」
「うふふ。否定しないのね!」
「あっ、いや! シランさんとはまだそんなことはしていないので!」
「まだ、ねぇ。満更でもなさそう」
「うぅっ!?」
テイアさんもまだまだ母親初心者。年齢を重ねた年上のおば様には弱いらしい。
反応が可愛らしいなぁ。恥ずかしそうなテイアさんをずっと見ていたい。
「だそうよ、王子様」
「あ、あはは。ノーコメントで」
「この子をお願いね。幸せにしてあげて」
「それはもちろん!」
テイアさんの顔が爆発的に赤くなり、首まで朱に染まったのは言うまでもない。
そして、嬉しそうに猫耳はぴょこぴょこ動き、尻尾はユラユラと俺を誘うように揺れているのだった。
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