第281話 盗み聞き
歌姫セレンの歌はまだ再開しない。貴族の挨拶まわりに時間がかかっているらしい。
たぶん、俺の膝の上に座って仲睦まじく喋っていたからだろう。会場中の王侯貴族が注目していたから。
詳しい話をセレンから聞き出そうとしている。
そして、あわよくば自分の国に引き込みたいと考えているはずだ。
貴族ってそういう生き物だから。
まあ、セレンもそのあたりはよくわかっているので、上手く躱すだろう。一応、注意するように言っておこう。
『とても素晴らしい御歌でした』
『ありがとうございますぅ~』
ちょっとセレンと貴族の会話を盗み聞きしてみる。
第一部の歌の感想を述べる貴族。おっとり笑顔で応じるセレン。
『ところで―――』
ほら、始まった。
『シラン王子殿下とはどのようなご関係で?』
周囲の貴族も気になって会話を盗み聞きしているようだ。談笑しているフリや、飲食をしているフリをして、セレンの会話に集中している。
『シラン様はぁ~私の恩人なんですぅ~』
いつもの『シラン君』ではなく『シラン様』と言った。
親しげに呼んでいたら勘ぐる貴族もいるからなぁ。
喋っている貴族は驚きを露わにする。
『ほう。恩人ですか……』
『そうですよぉ~。歌を披露するきっかけとなったのがシラン様なんですぅ~。シラン様がいなかったらぁ~、今ここに私はいなかったでしょうねぇ~』
『そうなのですか! ならば、シラン王子殿下には感謝せねばなりませんな! 殿下の女好きも役に立ちましたなぁ! 素晴らしい才能を持つ女性を見抜く術をぜひ教えてもらいたいくらいですぞ! あっはっは!』
貴族は嫌味を言わなければ生きていけないのか?
つられて笑う周囲の貴族たち。夜遊び王子とか、女好きの王子、あの娼館通いの……、と口々に呟く。他国の貴族もいる公の場だというのに。
彼らは気付いていない。歌姫セレンのご機嫌を損ねていることに。
おっとりと貼り付けた作った笑顔。その瞳と口は全く笑っていない。歌姫は冷たく激怒している。
『シラン君、こいつら殺していいですかぁ~?』
誰にも聞こえないくらい小さく呟く歌姫セレン。
物騒なことを口走るのはやめなさい! 君なら歌で人を殺すことなんて簡単にできるんだから。
『ダメだぞ。落ち着けセレン! 深呼吸、深呼吸するんだ!』
俺は慌ててセレンだけに届くように呟いた。
『えぇ~! 発狂させるように歌ったらダメですかぁ~?』
『そしたら、ここにいる全員発狂しちゃうから!』
セレンの歌声は精神干渉を伴う歌魔法と言えばいいだろうか。
彼女が狂った歌詞に恐怖を乗せて歌うと、相手にはその恐怖が伝わるのだ。ヒースたちにはそこまでの力はないと言ったものの、歌詞やセレンの気分次第では発狂など簡単。恐怖の歌声で大量虐殺も可能だ。
『ピンポイントで届かせることも出来ますよぉ~?』
原理は波の合成。彼女は歌声の波を壁や天井などに反射させて、ピンポイントの場所で増幅させることも出来る。
『昔とは違うのですぅ~!』
『はいはい。成長したのは知ってるから、我慢してくださ~い!』
『むぅ~!』
可愛らしく唸ってもだめです。この会場で貴族が発狂したら大変な事態になるでしょ。
ホストである俺たち王国の仕事が激増してしまう。各国からも責められるだろう。国際問題まっしぐら。
貼り付けた笑顔のまま、セレンは次の貴族へと挨拶を続ける。
その後も続くセレンへの勧誘。
お金をあげるから当家の専属に……。
ウチの息子はどうかね……、。
金も地位など望むものは全てをあげるから、妻に来ないかね……。
直接的な勧誘から、実にさりげない誘いまで様々だ。口が上手い貴族はあの手この手でセレンを引き込もうとする。
時には、『いいえ』と断ったら了承と取れるような、いやらしい問いかけもある。
セレンは全ておっとり微笑んで誘いを断った。
『あぁ……セレン様! お美しい歌声でした! グスッ! まだ涙が止まりません……!』
『国の皆にもお聞かせしたい……!』
『……おぉ歌姫よ!』
『我らが双葉の姫君も負けませぬぞ! ズビッ! グスッ!』
ハンカチをぐっしょりと濡らすほど大号泣している樹国のエルフたち。音楽好きな彼らは、セレンの歌声に感動しっぱなしだ。
ユグシール樹国は代理者のみの参加だ。樹国はモンスターに襲われ、現在復興中らしい。国の復興を優先し、今回は王族の参加は見送られた。
そして、音楽好きな国がもう一つ。
『グスッ……グスッ!』
『ゼレンざまぁ~!』
『セレン様の歌声なら、海神様もお心が癒されるかもしれませぬ』
『巫女様にもお聞かせしとうございました……巫女様ぁ~!』
サブマリン海国の人魚たちも大号泣。
この国も代理者のみの参加なのだが、いろいろと複雑な事情がありそうだ。
詳しく調べてみよう。でも、海の中だから情報を探るのが難しいんだよ。
「シラン? ずっと黙ってるけど気分悪いの?」
目を開けると、心配そうな視線が四人分向けられていた。
「ごめん。暇だからぼけーっとしてた」
嘘です。会場の会話を盗聴してました。
なら良かった、と女性陣は一時中断していたあっちむいてホイに興じる。
ハマったんだね、それ。楽しそうで何よりです。
おっとりと微笑んで挨拶回りを終えるセレン。少しお色直しのために退出する。
15分ほどで戻ってきた彼女はステージに立ち、優雅に一礼。
待ちに待った歌の続きだ!
「ではぁ~、第二部を始めさせていただきますねぇ~」
その後、歌姫の独奏会が終わるまで、会場中の人物が彼女の歌の虜となって心の底から酔いしれるのだった。
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追記
第281話の【黒白の双姫様】→【双葉の姫君】に修正しました。
(2021/4/10)
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