第280話 狸爺

 


申し訳ございません! 遅くなりました!

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「ではぁ~、私はあいさつ回りに戻りますねぇ~。お歌の続きもありますしぃ~」

「あっ! ちょっと待ってセレン! 置いていかないで……」


 行っちゃった……。

 アルバート兄上とセンダ義姉上が去って行った後、何か危険を察知したのか、歌姫セレンもスルリと逃げて行った。

 愛人という爆弾発言をするだけして、俺を一人残さないで欲しい。薄情者!


「「「「 じぃー……! 」」」」


 婚約者四人のジト目が痛い。途轍もなく痛い。誰か代わって欲しい。

 冷や汗がダラダラと流れ落ちる。滝のようだ。シャツが濡れて気持ち悪い。

 全て自分のせいなのですが……。


「えーっと……ごめんなさい?」


 先手必勝! 叱られる前に謝る!

 経験則から、先に謝るとお説教が短いことがわかっている。

 謝らなかった場合は……何故謝らないのかって突っ込まれ、ウジウジと責められる。

 女性陣は話がうまいんだよ。俺の罪悪感を増幅するように叱るから、自分から土下座したくなるんだ。

 じーっと見つめていた女性陣が一斉にため息をついた。


「……ということは、認めるのね」

「旦那様……まさか歌姫を愛人にしているとは。流石と言えばいいのか呆れればいいのか……」

「ですが、納得ですね。世界的なデザイナーのネア様もシラン様と」

「えっ!? ネアってあのネア!?」

「そうよ。あのネアよ」

「シラン様のお屋敷に住んでいらっしゃいますね。あの御方は……いろんな意味ですごい方です」


 ネアというビッグネームが出てさらに驚く皇国の二人。

 あの超テンションが高いボクっ娘をよく知る王国の二人は遠い目。

 最初に出会ってすぐに連行されたり、その後ちょくちょく衣装作りという名の誘拐&監禁に付き合わされているジャスミンとリリアーネ。

 俺は頑張れとしか言えない。きっと素材が良いヒースとエリカも捕まるだろうな。頑張れ。

 女性陣を代表して、ジャスミンが一言。


「シラン、後で」

「了解いたしました!」


 一言……いや二言か? その短い言葉で全てを理解する俺。

 後でお説教かぁ。仕方がない。今は出来ないから当然後だよなぁ……。


「おやおや。シラン殿下と言えど幼馴染には頭が上がらないようですな」


 その時、誰かが会話に割り込んできた。煽りを含んだ男の声。


「……ダチュラ公か」


 灰色髪グレイヘアの初老の男が立っていた。鋭く尖った目。眼光が強い。

 獲物を狙う猛禽類を連想させる油断ならない雰囲気を纏っている。

 人の上に立つ者特有の覇気を感じる。悪く言えば傲慢か。

『ザ・貴族』を見事に体現している。

 彼はアーノルド・ダチュラ。ドラゴニア王国の公爵の一人。


「俺がジャスミンに頭が上がらないのは昔からだろう?」

「それはそうでしたねぇ。お二人は昔から仲がよろしゅうございました。念願のご婚約、おめでとうございます」

「俺とジャスミンの婚約を一度ぶち壊したくせによく言う」


 リデル・フィニウム嬢と婚約する前、俺とジャスミンの婚約はほぼ決定していた。

 小さい頃から一緒に過ごし、同じベッドで寝て、一緒にお風呂に入る。ぶちゅーっと公の前でキスされたこともある。そんなことをしていたら、ジャスミンはもう他の男へは嫁がせることが出来ない。

 俺たちの婚約は暗黙の了解だった。

 そこに割り込んできたのが貴族派の貴族たち。

 王族派の派閥が更に強くなることを懸念した貴族派は、俺とリデル嬢との婚約を無理やり迫ったのだ。

 父上は折れて、俺は婚約。まあ、いろいろあって婚約は解消され、無事にジャスミンとこうして婚約した。

 そしてこのダチュラ公は、貴族派を裏から牛耳る大貴族なのだ。

 しかし、彼は狡猾で、一度も尻尾を掴ませない。

 案の定、狸爺は素っ惚ける。


「はて? 私は何も知りませんよ。あれはサバティエリ侯爵とフィニウム侯爵が画策したこと。私は何も関わっておりません」

「どうだか」


 余裕綽々のダチュラ公の顔がムカつく。

 これでも代々受け継いだ広大な領地を何十年も治めている腹黒さナンバーワンの大貴族。民からの信頼も厚い。

 猛禽類のような鋭い視線が女性陣に向けられる。


「《神龍の紫水晶アメジスト》ジャスミン・グロリア嬢、《神龍の蒼玉サファイア》リリアーネ・ヴェリタス嬢、そしてそして、《蛋白石オパール》ヒース・フェアリア皇女殿下……おぉ! これは珍しい!」


 エリカに目を向いた瞬間、ダチュラ公が僅かに目を見開いて驚きを露わにする。


「《金緑石アレキサンドライト》ですか!」


 色が変わる珍しい瞳。一発で見抜くとは流石だ。

 ドラゴニア王国民は瞳に敏感なのだ。

 驚きの声をあげたダチュラ公はコホンと咳払いをする。


「失礼……《金緑石アレキサンドライト》エリカ・ウィスプ様。皆さま、シラン王子殿下とのご婚約、おめでとうございます」

「「「 ありがとうございます 」」」

「あ、ありがとう、ございます……」


 こういう貴族との対応に慣れたジャスミン、リリアーネ、エリカの三人は顔色を変えることなくすまし顔で会釈。一人ヒースだけがビクッと身体を震わせて、遅れて小さく頭を下げた。

 ニタリ、とダチュラ公は笑みを深めた。さらにヒースはビクッと震えて身体を小さくする。


「―――小さな女の子を怖がらせるなんて何というジジイだろうねぇ」


 外見は40代の美しい女性がやって来た。ダチュラ公をキッと睨みつけている。


「……姉上ですか」

「今は公的な場だよ、愚弟」

「申し訳ございません、カルプルニア様」


 女性の注意に素直に頭を下げるダチュラ公。

 美しい巨乳の女性、カルプルニアお婆様が怯えたヒースの頭を優しく撫でる。


「まったく、この耄碌爺が怖がらせてすまないねぇ」

「い、いえ……」

「アンタはこの子に謝ったのかい? 血が繋がったシランの嫁になってくれる娘だよ。可愛い子じゃないか」

「……怖がらせてしまい、申し訳ございませぬ、ヒース皇女殿下」

「は、はい。謝罪を受け入れます」


 あのダチュラ公も実の姉には逆らえないらしい。

 実はダチュラ公は俺の大叔父でもあったりする。父上の実母カルプルニアお婆様の弟がダチュラ公だ。

 カルプルニアお婆様は、貴族派でありドラゴニア王国建国当時から存在しているダチュラ公爵家から嫁いだ王妃なのだ。

 ちなみに、ダチュラ家は初代王妃様の実家でもあるらしい。

 貴族派は当時、建国物語の再来だ、と国民を巻き込んで大盛り上がり。この政略結婚で勢いを増すつもりだったのだろう。が、カルプルニアお婆様は違った。

 お婆様は第二王妃になるなり、賄賂、コネ、その他口利きなどを使っていた無能な貴族たちを国の役職から次々に引きずり下ろした。それは貴族派の貴族たちが大多数。派閥を無視して、私腹を肥やしていた貴族には容赦なく断罪。

 王国内の貴族の大改革を行った女傑なのだ。

 それゆえ、カルプルニアお婆様は根っからの貴族派である実弟ダチュラ公と実に仲が悪い。


「んで? この子たちになんか用事かい?」

「いえいえ。偶々近くを通りかかったのでお祝いの言葉を述べただけですよ。では皆様、ごきげんよう」


 バチっと姉弟間で視線がぶつかり火花が散る。おぉー怖い。

 そして、ダチュラ公はあっさりと会話を切り上げ、去っていった。

 彼は一体何を企んでいたのだろうか? ただ本当にお祝いを述べに来ただけかもしれないが。

 助けてくれたカルプルニアお婆様は、ヒースが気に入ったようで肩を組むように腕を回して頭を撫でている。

 身長差から小柄なヒースの頭がお婆様の巨乳に……。うん、見なかったことにしよう。


「みんな済まないねぇ、あの耄碌爺が迷惑をかけて。こんな素晴らしい場に気分を害しただろう?」

「お婆様、ありがとうございました」

「彼……すっごい狸爺だよ……すごい勢いで頭の中で色んな事考えてる。速すぎて全然わからなかった……」


 読心の能力を持つヒースが驚愕する程かぁ。警戒レベルを上げとこ。

 狸爺という言葉に、カルプルニアお婆様は大声をあげて楽しそうに笑う。


「あっはっは! 狸爺! あんなやつただのジジイでいいんだよ! それはそうと、いつ彼女たちを連れてくるんだい? ポンペイアもコルネリアも痺れを切らして突撃しそうだよ」

「あっ……忘れてた」


 そうだった。お婆様たちは婚約者たちとお茶会したいって言ってた。すっかり忘れていた。お婆様たちに謝らないと。


「やっぱり忘れていたのかい? まあいいさね。どうだい? 明日なんか私たち空いてるよ。女子会をしようじゃないか!」


 先代国王の妻からの申し出。女性陣は断れるはずもなく……。

 こうして女性陣の明日の予定が決まったのだった。






 それにしてもお婆様、女子会って言うには年齢が……。



「なんだい? 言いたいことがあるならはっきり言いな!」

「お婆様! 若さの秘訣はなんですかっ!?」

「そうさね……やっぱり愛じゃないかい? 女は愛する人を想い続けるほど綺麗になるのさ。おっと。このことはカエサルには秘密だよ。あのエロ猿はすぐに調子に乗るからねぇ。まあ、そこも格好いいんだけどね!」



 チョコンと有無を言わせぬ笑顔でウィンクするお婆様。

 いつまで経ってもお熱いですなぁ。ごちそうさまです。そして、秘密は絶対に守りますとも!

 俺は冷や汗を流しながら無言で敬礼をするのだった。


















▼▼▼




 会場にいた一人の男性が小さく独り言を呟く。


「歌姫セレン……良いですねぇ。それに、彼女も」


人形製造者ドールメイカー』が密かに見つめる先には、虹色に輝く蛋白石オパールの瞳の少女がいた。


「あの瞳は美しい……ぜひ欲しいです」


 しかし、彼はある噂を思い出す。


「確か、相手の心を読む、でしたっけ? 私が近づくのは止めておきましょう。依頼人たちにも伝えておいた方がよさそうですね」


人形製造者ドールメイカー』は小さく微笑み、グラスを傾ける。





「―――美しき女性に乾杯!」


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