第279話 意地の張り合い

 

 セレンが俺の愛人だとあっさり女性陣に暴露した。

 世界の歌姫が愛人ですって……、みたいな驚愕した顔のまま固まっている。

 暴露した当の本人はおっとり笑顔で俺の膝の上に優雅に座ったまま。

 あぁ……お尻や太ももが柔らかいなぁ。

 俺は思わず遠くを見つめて現実逃避。女性陣が正気に戻るまで残り5秒とみた。


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 3

 2

 1



「シラン、歌姫に何をさせている?」


 丁度良いタイミングで話しかけてきた人物がいた。


「アルバート兄上! いいところに!」


 ナイスタイミング! 神は俺を見捨てなかった!

 突然の兄上の登場に、女性陣は正気に戻るが叱りつけてくることはない。スッと王侯貴族の令嬢の顔になる。

 アンドレア母上の第二子。ドラゴニア王国の第二王子だ。俺の半分血の繋がった兄上。アーサーの実の兄でもある。

 隣にはアルバート兄上の伴侶であるセンダ義姉上あねうえがいる。スレンダーで綺麗な女性だ。


「歌姫よ。弟が申し訳ない。よろしければ、私と一緒に来てくれないだろうか?」


 セレンを口説く兄上。

 まったく。手当たり次第に口説くのは止めましょうよ。口説く女性は選んでいるみたいだけど。

 後ろではセンダ義姉上が頭を抱え、申し訳ございません、とペコペコ頭を下げている。

 この夫婦は親龍祭でも進展なしか。ちゃんと話し合ってくれよ……。

 いや、話し合っているからこそこうなっているのか。

 何とも面倒臭い夫婦だ。

 ナンパされたセレンはおっとりと兄上の申し出を断る。


「お断りしますぅ~。私は自分からシラン君に座っているのでぇ~」

「そうですか。ならば仕方がありませんね」


 あっさりと引き下がる兄上。断られるのをわかっていたのだろう。


「もし弟が変なことをしたら遠慮なくお申し付けください」

「わかりましたぁ~」


 変なことなんかしないよ! 信用してくれ兄上!

 チラリと見る兄上の視線の先には、テーブルの陰に隠れてセレンの太ももを触っている俺の手が……。

 はっ!? 手が勝手に!?


「夫が本当に申し訳ございません」


 頭を下げて謝罪するセンダ義姉上。もう何度その姿を見たことか。

 こちらこそ申し訳ありません。ウチの兄がご迷惑をおかけしております。

 立ち去ろうとする前に、俺は膝の上のセレンを一回立ち上がらせて、兄上に迫った。

 こっちに来てと服を引っ張り、女性陣から距離を取って背を向ける。


「兄上兄上」

「なんだ?」


 あからさまに訝しげなアルバート兄上の表情。

 そんなに警戒しないで欲しい。可愛い弟との会話じゃないか。


「全然可愛くないからな。アーサーならともかく、シランのその笑顔は胡散臭いぞ」

「兄上酷い!?」


 突然の罵倒。兄弟げんか勃発か? 喧嘩なら買いますよ!

 まあ、俺も自分で胡散臭い笑顔だと思ってたけど。

 俺はチラリとセンダ義姉上に目を向ける。仲が良いジャスミンを中心に女性陣とお喋りしている。


「まぁ~だお互いに意地の張り合いをしてるんですか?」

「……うるさいぞ。夫婦の問題だ」

「夫婦の問題に周囲の人を巻き込まないでくださいよ」

「それはすまない。シランの女なら問題ないかと思ってな」

「問題ないですけど……でも、この前は帝国のブーゲンビリア元帥を口説いてましたし。了承されたらどうしたんですか?」

「俺は断られる女性しか口説いていない!」

「……本当に何ですかね、その兄上の無駄なスキル。ナンパなんかする前にセンダ義姉上を説得すればいいじゃないですか!」


 本当にもう! この意地っ張りな似た者夫婦は!

 チラリと妻を見た兄上。丁度センダ義姉上も兄上のほうを見て、お互い視線が合う。


「アイツが頑固なんだよ」

「アルバート兄上も頑固だと思いますけどねー」

「うるさいぞ」

「痛い痛い! 八つ当たりは止めてください!」


 ガッと肩を組まれて、拳骨グリグリが頭に響く。

 痛い痛い痛い! 兄上痛いって! 弟イジメだー!

 肩を組まれたまま、俺は懐からあるものを取り出す。瓶に入った錠剤だ。


「兄上、これ要ります?」

「……なんだこれは?」

「夫婦のお助けアイテムです。媚薬、もしくは精力剤と呼ばれるお薬。副作用は一切なし! むしろ、体力回復効果、美容効果もありますよ! 父上や母上にも渡している安心安全な夜のお助けアイテムです」

「……くれ」

「毎度ありー! なんちゃて。無料で差し上げます。無くなったら言ってください。またご用意しますので」


 コッソリとポケットに仕舞い込む兄上。今夜はお熱いだろうなぁ。


「説明は書いてありますが、絶対に二つ粒以上飲まないでください。快楽よりも苦痛で死にそうになります」

「そこまでか?」


 そこまで疑わなくていいじゃないか。事実しか言いませんよ。

 でも、実験として盛られた夜は酷かったなぁ。あのエロエロで精力旺盛な使い魔たちが全員命乞いをするほどだったから。俺も辛かったし。


「俺は死にかけました」

「ならば絶対に止めておこう。一粒だな」

「はい」


 女誑しの夜遊び王子の言うことだ。兄上は絶対に真似をしないだろう。俺は女関係なら信用されている。

 まあ、あの夜を思い出して遠い目をしていたから納得したのかもしれないが。


「あっでも、お互いに一粒ずつならオーケーですよ。それは男女で使えますから。まずはどちらか片方が飲んでみて、どのくらいの効果か一度経験してみることをお勧めします」

「了解した」

「兄上の愛が伝われば、センダ義姉上も納得するのでは?」

「それで納得するのならここまで苦労はしないぞ……」

「あぁー……頑張ってくださいとしか言えませんね」

「あはは、頑張るさ」


 乾いた笑いを漏らす兄上。兄上も兄上で苦労してるなぁ。義姉上は義姉上で苦労してそうだけど。


「ちなみに、妊娠しやすいお薬もありますが?」

「……止めておこう。かえって逆効果になりそうだ」

「了解です。センダ義姉上を説得したときにでもぜひ」


 男の会話はこれで終了。俺たち兄弟は頷き合って、この話を心の中に仕舞い込む。

 何事もなかったかのように服装を正すと、俺たちは婚約者や伴侶のところに戻るのであった。



 お説教を忘れているといいなぁ……。





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読者の皆様にはまだ夫婦の問題はわからないと思います。

しばらくしたら出てくるので、その時までスルーしておいてください。

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