第272話 褒美
「お待たせしました」
そう言って部屋に入ってきたのはランタナだった。
ここは近衛騎士団の第十部隊が待機したり書類仕事をしたりする詰所のような部屋だ。仮眠室やトイレ、お風呂、調理台など生活に必要な設備はほとんどそろっている。
休日も家に帰らず、この部屋で過ごす騎士団の隊員も多いらしい。
……ブラックでごめんなさい。
御前試合が終わった後、俺はこの部屋へとやって来ていた。
他の騎士たちは俺が持って来た差し入れのお菓子を美味しそうに頬張っている。
ランタナが率いる第十部隊は職務に忠実で、なおかつとても仲が良い部隊だ。
今も、俺の護衛をしている半分の騎士たちが、お菓子を食べている休憩中の残り半分の仲間を睨み、恨みの眼差しを送っている。仲が良い証拠。
ちゃんと勤務中の君たちの分も残してくれるよ……きっと。たぶんね。
「ランタナ、腕は痛くないか?」
御前試合で腕を怪我したランタナ。治療されたと思うのだが、痛みがあるようならビュティ印のポーションをあげるぞ。効果は俺が保証する。
「大丈夫ですよ。この通り」
ランタナは微笑んで怪我したほうの腕をグルグルと回す。ポンポンと叩いて完治をアピール。
どうやらちゃんと治っているようだ。良かった良かった。
シャワーも浴びて汗や汚れを落としたランタナはさっぱりと晴れやかな表情だ。
「私もまだまだ鍛錬が足りませんね」
「それ以上強くなるのか?」
「当たり前です。タンジア元帥クラスの強者が襲ってきたらどうするんですか?」
「ランタナが俺を抱えて逃げる!」
「確かにそれが最善策ですけど! 逃げられない時は迎撃しなければなりませんから」
スピードタイプのランタナなら、俺を抱えて逃げるのは容易なはず。
タンジア元帥くらいなら余裕で逃げられるだろう。
ブーゲンビリア元帥からは無理そうだなぁ。あの人、武器が槍だから。予想だが、彼女はタンジア元帥よりも素早い。速度は槍を扱う者の強みだからだ。
「あぁ……隊長の地獄のトレーニングが始まる……」
「隊長って意外と脳筋だからなぁ……」
「それを言ったら、私たちも脳筋になるけど」
「有給休暇の申請をしておかなくちゃ」
「今のうちに美味しい物を食べておこう……」
「ちょっと! お菓子を全部食べないで!」
第十部隊の騎士たちが遠い目をして明後日の方向を眺めている。
目が死んでいるぞ。ランタナの訓練は過酷らしい。ジャスミンまで巻き込まれそうだな。ご愁傷様です。頑張れ。
「このお菓子は?」
「俺からの差し入れ。食べていいぞ」
「では、お言葉に甘えて」
運動したので小腹が空いているのだろう。ランタナは奪い合う隊員たちから持ち前のスピードを生かして、ヒョイっと一つ手に取った。
ハムっと一口齧って、へにゃり、と相好を崩す。可愛い。
「食べながら聞いてくれ。取り敢えず、御前試合お疲れ様。よくやったぞ」
「ありがとうございます」
「父上も宰相も超ご機嫌だった。特別報酬として今月は父上のポケットマネーからボーナスを出すってさ。500万くらい」
「ご、500万!? そんな! 必要ありませんよ!」
驚きで思わずランタナが咳き込んだ。
いやいや、貴女、それくらい軽く貰っていますよね? 高給取りでしょ。
「信賞必罰」
「うぅっ……謹んで頂戴致します」
「それでよろしい!」
やはり近衛騎士団部隊長となると話が早い。
信賞必罰。賞すべき功績のある者には必ず賞を与え、罰すべき者は必ず罰する。統治者として行わなければならない義務だ。
御前試合では引き分けに終わったものの、政治的にはこれ以上ないくらい最良の結果だった。だから、表立って褒賞を与えることはできないが、こうして俺を通じて裏で渡す。これも政治だ。
事前に、引き分けが良い、と父上や宰相がお願いしていた。それをランタナは見事に成し遂げたのだ。ボーナスの500万くらい軽いもの。
「「「 隊長いいなぁ…… 」」」
「ボーナス欲しいか? タンジア元帥と一対一で戦えるようになったら貰えるかもしれないぞ」
「「「 やっぱり遠慮します! 」」」
「ほう。近衛騎士がだらしないですね。これは一から鍛える必要がありそうです」
「「「 しまった!? 」」」
隊員の皆さん、どんまい!
ランタナがやる気になっている。過酷な訓練から地獄の訓練にグレードアップが今決定した。
訓練……と思ったが、ランタナは武器を失くしていたな。
えーっと、
俺は異空間からいくつかの
「殿下、これは?」
「
「しかし……」
「武器がなかったら俺の護衛も出来ないだろ? 選んだ選んだ!」
半ば強引に選ばせる。
それを全種類、何度も何度も確認する。
武器は命を預けるものだ。真剣に、小さな違和感を見逃さないように選ぶ。
そのランタナの姿が美しいと思った。
「やっぱりこれですね」
白銀に輝くシンプルだがどこか神々しさを感じる
「違和感があるのなら調整してもらうけど?」
「いえ。以前のものよりも手に馴染んで驚いているくらいです」
シュシュシュ、と軽く素振りをして空気を切り裂いている。
軽くなのに手がブレるほどの速度って……。
「じゃあ、それをあげるよ」
「……騎士に剣を下賜する意味をお忘れですか?」
あぁー自分に剣を捧げろ、仕えろって意味だったな。
だから、近衛騎士団は任命される時、国王である父上から剣を受け取る。他人に剣を捧げた場合、近衛騎士を辞めなければならない。近衛騎士は国王、もしくは国に仕える存在だから。
……俺、普通にジャスミンに剣をあげてるんだけど。
「プレゼントだから大丈夫だろ。ランタナが気になるのなら、後で父上から受け取るか?」
「いえ、そこまでされる必要は……。お忘れなようだったので言ってみただけです。それに武器がないと殿下の護衛も出来ませんから」
「他にランタナが欲しいものはないか? 父上も宰相も機嫌が良いから大抵のことはお願いを聞いてくれるぞ」
「な、無いです! これ以上は必要ありませんから!」
「無欲だなぁ。本当に何でもいいんだぞ?」
ぶんぶん、と首を横に振るランタナ。ボーナスを倍にして欲しいって言っても、父上たちは快く許可するだろうに。それくらいの功績を成し遂げたぞ。
「第十部隊の予算かボーナスに色を付けるってのはどうだ? 俺も迷惑をかけているし」
いざとなれば俺のポケットマネーから出してもいい、という言葉は飲み込む。
隊員の期待の眼差しが一斉に部隊長のランタナへと向かう。
「そういうことなら、隊員のボーナスのほうで」
流石ランタナ。部隊長として部下を率いる素質がある。
聞いていた隊員たちが一斉にガッツポーズをした。そして、綺麗に敬礼。
「「「 感謝します、隊長! 」」」
「まったく、現金な人ばかりですね」
苦笑しつつも、ランタナはまんざらでもなさそう。
仲が良い部隊だなぁ。
「んじゃ、そろそろ俺は自分の部屋に行くか。婚約者たちが待ってるから」
「お供します」
スッとランタナは立ち上がる。騎士たちも顔を引き締めた。
その時、一人の騎士が話しかけてきた。
「あのぉ~、一つ報告が……」
「なんですか?」
「シラン殿下がいらっしゃる前にジャスミンさん……いえ、ジャスミン様がいらっしゃって……」
何故だろう? 嫌な予感しかしないぞ。
冷や汗が流れ落ちる。
「それがどうかしましたか?」
「その……昨日の隊長と殿下のデートをポロっと喋ってしまいました」
「「 ………… 」」
俺とランタナから言葉が消えた。
まあ、ジャスミンも俺の婚約者であると同時に、第十部隊の隊員だ。報告を聞く義務がある。
そっか……喋っちゃったか。ジャスミンは聞いちゃったか。
逃げたい。
「……その時のジャスミンの顔はどうだった?」
「……《
終わった。俺は終わった。お説教かぁー。
逃げたい。
「仕方がない。俺は土下座かぁ」
「いいえ、殿下。私たち、です」
ランタナ?
「婚約者がいらっしゃる殿下とデートをしたのは私です。その責任は私も背負います」
儚く微笑むランタナの顔は青ざめて強張っている。タンジア元帥と戦った時でも恐怖しなかったランタナが怖がっている。
俺たちは死地へ向かう覚悟を決めて頷き合った。
「……逝くか」
「……お供します」
美しき婚約者が待っているであろう部屋に向かう俺たちの足取りは、とてもとても重かった。
<おまけ> 道中の会話
「ちなみに、その
「はいっ!?」
「返品は受け付けておりませーん。武器は使う物だ」
「国宝じゃないですかぁぁあああああああ!?」
涙目のランタナ。悲鳴が響き渡る。
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