第271話 殲光の騎士 対 暴虐の元帥

 

 御前試合は大いに盛り上がっている。

 ランタナのゼロ距離の内部破壊攻撃と追撃の回し蹴りがタンジア元帥に炸裂。流れるような動きで、華麗なコンビネーション技だった。

 愛用の武器を手放し、懐に潜り込んで、まさかの徒手空拳。頭二つ分も違う巨躯の男を悶絶させている。

 脳を揺さぶられたタンジア元帥の意識が刈り取られる…………はずだった。


「ぬ、ぉぉおおおおおおおおおおお!」


 傷を負った暴虐の野獣が咆えた。

 身体から灼熱の闘気が魔力と共に噴き出し、周囲を無差別に襲う。口からも魔力が込められた咆哮が衝撃波となって撃ち出される。

 まるで手負いの獣……いや、手負いの龍の咆哮だ。


「きゃっ!?」


 突然の衝撃波に、至近距離にいたランタナは避けることができずに直撃し、地面をバウンドしながら吹き飛ばされていく。

 乱気流に巻き込まれたみたいに前後不覚になっているだろう。しかし、流石ランタナだ。最初に地面に叩きつけられた時以外はちゃんと受け身を取っている。

 吹き飛ばされるスピードが緩んだ瞬間、地面を大きく叩いて衝撃を受け流すと、猫のように飛び上がって着地―――と同時に地面に突き刺さっていた愛用の細剣レイピアを抜き放つ。


「嘘ぉ。吹き飛ぶ方向や距離まで計算されてるよ……」

「そのようだな」


 俺の独り言に誰かが答えた。

 声がした方向を見上げると、一瞥された紅玉ルビーの瞳と目が合った。ブーゲンビリア帝国元帥だ。ふっ、と不敵に獰猛に微笑まれる。

 …………肉食獣に睨まれた気分。ガクガクブルブル。

 こんな感覚は滅多にない…………こともない。女性陣がノリノリで襲ってくるときはだいたいこんな表情をしている。今にも喰われそうだ。


「彼女、良いな」

「でしょう? 俺の自慢の騎士なんです」

「良い部下を持ったな。是非ともワタシの部下に欲しいくらいだ」

「あげませんよ」

「残念だ」


 残念と言いつつも全く残念そうではない。言ってみただけらしい。

 ふふっ、と小気味良さそうに笑い声を漏らす元帥。意外と冗談も通じそうだ。

 でも、ランタナはあげません!


「おぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 タンジア元帥が咆えている。どんな肺活量をしているのだろう。咆哮だけで防護結界がビリビリと震えている。

 並みの武人でも意識を失うであろうランタナの攻撃を耐えたタンジア元帥。

 多分、気合と根性と闘争心だけで耐えたな。

 人間辞めてませんか?

 彼の身体から放たれる赤い闘気をオーラのように纏い、赤い瞳を熱く滾らせている。


「今のは良い攻撃だった! なかなかに効いた!」


 戦意を更に漲らせたタンジア元帥の姿が揺れる。周囲の温度が上昇しているようで、陽炎が発生している。皮膚に所々赤い光が輝いている気がする。


「まさか素手で私を圧倒するとはな! 実に気に入ったぞ! 貴様、名は?」

「ランタナです」

「そうか。ランタナ、もう一度問おう。帝国に来ないか?」


 だから、御前試合で勧誘しないでってば! 世界各国の王侯貴族が見ているんだから! 下手したら外交問題ですよ!

 まあ、良い部下の引き抜きというのは褒められたことではないが、実際によくあることだし。

 ランタナは冷たい表情で答える。


「お断りします」

「では、質問を変えよう。私の妻にならないか?」


 な、なんだってぇー!? 公開プロポーズ!? タンジア元帥は帝国の皇子でもある。そんな彼が御前試合中にランタナに求婚だと!?


「お断りします!」


 刹那の拒否。ランタナの返事はとても早かった。余程嫌だったのだろう。

 チラリと琥珀アンバーの瞳がこちらを見た気がする。俺と目が合ったのは気のせいだろうか?

 タンジア元帥の求婚は失敗。どこかホッとしている自分がいる。


「そうか。残念だ」


 まったく残念そうではないタンジア元帥。今さっき、似たようなやり取りを俺は隣にいる元帥のお姉さんとした気がする。

 大剣を構えたタンジア元帥の身体から灼熱の闘気が爆発する。


「ならば、全身全霊で叩き潰そう」


 ランタナを戦うべき相手と認識したのだろう。今までは遊び。ここからがタンジア元帥の本気だ。

 両手で大剣を握り、ランタナへと向ける。


「ヴァルヴォッセ帝国、元帥タンジア・ヴァルヴォッセ」


 名乗りとは古風な。だが、相手を認めた証拠だ。御前試合には相応しい。

 観客の興奮は最高潮に達し、緊張感が高まる。そろそろクライマックスだ。

 ランタナも腰を落とし、細剣レイピアの切っ先を相手に向けた。


「ドラゴニア王国近衛騎士団、第十部隊部隊長ランタナ」


 彼女も名乗りに応じる。


「いざ、参る!」

「参ります!」


 先手はランタナだ。閃光と化して一直線に駆け抜ける。今日一番のスピードだ。


「《閃光》」


 全力の突き。虚空を穿たれた白銀の光が、地面を抉りながらタンジア元帥に向けて突き進む。


「ふんっ!」


 赤い闘気を宿らせた大剣で白銀の閃光を弾き飛ばす。だが、思った以上に威力が強かったようで、ぶつかった瞬間、両者の攻撃が拮抗する。

 白銀の光と赤い闘気がぶつかる。


「はぁっ!」


 全身に力を込めて大剣を振り抜いた。それでも白銀の閃光を消滅させることはできずに、軌道を逸らすので精一杯。

 弾かれた閃光が防護結界にぶつかり、ガラスが割れるような音がして結界に罅が入る。

 どんな威力だよ、ランタナ……。

 彼女はもう既に次の攻撃に移っている。


「《殲光》」


 神速で駆け回りながら先ほどと同じ白銀の突きを複数放つ。前後左右、あらゆる方向からタンジア元帥を襲う。

 殲光とはよく言ったものだ。まさに殲滅する光。

 ランタナの凄いところは、距離や時間をずらして全ての光が同時に着弾するように攻撃したことだ。神業。

 これはタンジア元帥も防ぎきれまい。


「うぉぉおおおおおおおお!」


 荒々しく赤く染まった大剣を振り回し、白銀の閃光をぶっ叩く。

 力には力を。

 大剣のリーチの長さを利用して閃光を叩き落とす。防護結界にぶつかり、危険な音を響かせる。


「おぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」

「完全同時攻撃だったんですけどね……」


 全て攻撃を弾かれ、驚きを通り越して呆れた声を漏らしたランタナは、まだ駆け抜けている。

 タンジア元帥も地面を蹴り、大剣を振り抜いた。


「《死突》」

「《暴虐龍》」


 神速の突きを大剣で防ぐ。

 二つの武器がぶつかり合う。力は互角。しかし、やはり武器の相性が悪かった。

 ぶつかった瞬間、細い細剣レイピアが砕け散った。無理もない。今まで大剣とぶつかり合って壊れなかった方がおかしいのだ。

 勢いに負け、刃先を失った細剣レイピアの柄がランタナの手から抜けて吹き飛ぶ。それと同時にランタナの腕も弾かれた。

 高速で弾かれた細剣レイピアの柄は、今までの攻撃で罅割れていた防護結界を完全に打ち砕き、そのまま観客席へと突き進んだ。

 その先にはヴァルヴォッセ帝国の皇帝が……。


 ―――真紅の閃光が駆け抜けた。


 神速で動いたブーゲンビリア元帥がいつの間にか握っていた槍を振り抜き、細剣レイピアの柄を粉々に砕く。流石もう一人の元帥。


「両者そこまで!」


 審判が試合の終了を告げる。防護結界が砕け散ったので、これ以上は観客が危険だという判断だ。

 地面に堂々と立つタンジア元帥と、腕を庇って立っているランタナ。

 肩が外れたか腕を骨折したのだろう。痛むだろうが彼女は顔には出さない。

 審判が勝者を告げる。


「勝者―――」

「引き分けだな……ごふぅっ!」


 審判の判定を遮ったタンジア元帥が咳き込むと同時に血を吐き出す。

 ランタナの内部破壊攻撃が効いていたらしい。ずっとやせ我慢をしていたようだ。

 血を吐くタンジア元帥と腕を負傷したランタナ。防護結界が壊れたことも考慮すると、引き分けが丁度いい判断だろう。


 こうして王国騎士 対 帝国元帥の御前試合は両者引き分けで終わった。




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