第270話 脳筋 対 狂猛
暴風のように襲い掛かる巨躯の男。豪快に振り上げた大剣を硬く盛り上がった片腕だけで操り、叩きつける。地面が陥没し、一瞬遅れて衝撃波が吹きつけてくる。
それを風のようにすり抜け、躱す細身の女性。
ランタナとタンジア元帥の戦いは激しさを増していた。
興奮した歓声が上がる。
「ハハハハハッ! 良くぞ躱した! もっとだ!」
足の筋肉が盛り上がり、地面を蹴る。筋骨隆々の男が、その身体からは想像もできないほどの猛スピードで突撃する。
鍛え上げられた筋肉による脚力と魔力による身体強化、そして、全身をバネのように使った強引な加速だ。一瞬でランタナへと迫り、大剣を叩きつける。
しかし、素早さで言えばランタナが勝つ。
余裕をもって大剣を躱し、衝撃波を利用して距離を取る。
攻撃後の隙を見つけては愛用の
「厄介な身体ですね」
「ちょこまかと! 鬱陶しい!」
振り回された大剣を、ランタナはしゃがんで避けた。そのまま立ち上がると同時に、勢いを利用してがら空きのタンジア元帥の顎を蹴り抜いた。
「がっ!?」
普通なら顎が砕けてもおかしくないほど容赦のない蹴りだ。身体強化も当然使用している。だが、タンジア元帥は軽く顔をのけ反らせただけで、蹴られた顎を手で撫でるだけ。赤くもなっていない。
「出来れば意識を失って欲しかったのですが」
「私には効かんぞ。蹴りが軽すぎる」
歯をむき出して獰猛に笑うタンジア元帥。
蹴られて喜ぶとかドМかっ!? 更なる強い蹴りをご所望かっ!?
ランタナとしては脳が揺さぶられて気絶してほしかったのだろう。
ピンピンしているタンジア元帥は、蹴られたことで余計に闘争心に火がついたようだ。やっぱりドМか?
「まったく。鋼鉄を蹴りつけている気分です」
「私の身体は鋼鉄よりも硬いぞ!」
「でしょうね。ですが、サンドバッグにはちょうどいいです。丁度ストレス発散をしたいと思っていたところでしたから!」
「くはは! この私をサンドバッグ扱いかっ!? 良いだろう! 来い!」
サンドバッグ扱いをされて喜ぶ……帝国の元帥はドМ確定っと。
自然体で立っていたランタナが一歩踏み出した。その瞬間、トップスピードへと達する。
これが彼女の凄いところだ。たった一歩で全速力に到達する。おそらく、速度に関してはドラゴニア王国でもトップだろう。
観客の貴族たちはもちろん目で追えない。余りに速すぎて残像さえも見えない。
タンジア元帥は見えているらしい。だが、捉えた時にはもうランタナの姿はそこにはない。
俺のお隣にいるお姉さんはどうなのだろう?
チラッ……うわぁお。ものすっごく楽しそう。今にも戦いたそうにウズウズしている。
ランタナのことはちゃんと見えているようだ。
帝国のもう一人の元帥は戦闘狂っと。
ランタナが駆け抜ける。
「《白龍穿》」
対して、タンジア元帥も大剣を構えて力を溜めた。赤く輝き出す。
「《暴龍牙》」
一条の光と化した白銀の突きと、荒々しい暴力的な赤い薙ぎ払いが激突する。
視界が白銀と赤で染まった。観客席に張られた防護結界がミシミシと嫌な音を立てる。防ぎきれなかった爆風と衝撃波、それと轟音が襲い掛かる。観客から悲鳴が上がった。
拮抗する白銀と赤の二つの力。
……ランタナさん、マジやばいッス。あのタンジア元帥と力が互角ですよ。
スピードタイプだったよね? パワータイプだったっけ?
あんな細い腕のどこからそんな力が出てくるのだろう? タンジア元帥と腕の太さは三倍以上違うのだが?
襲い掛かる衝撃波をランタナはジャンプして、空中へ逃れることで受け流そうとする。しかし、それは急速な移動ができないことを表す。悪手だ。
それを見逃すタンジア元帥ではない。
「もらった!」
振り抜いた大剣を地面へと叩きつけ、その反動を利用して強引な方向転換。
肉厚な刃が空気を切り裂きながらランタナに迫る。
避けられないと誰もが思った瞬間―――ランタナは
「なぁっ!?」
これはさすがのタンジア元帥も驚愕したようだ。目を見開き、動きが鈍る。
「ほう」
うわぁー。お隣にいらっしゃるお姉さんがとてもとても美しい笑顔で笑っていらっしゃる。その手があったか、みたいな感心した笑顔だ。
美しい笑顔なのに歯をむき出しているから、獲物を狙う肉食獣のようにしか見えない。
薄っすらとブーゲンビリア元帥の身体を包む真紅の闘気は俺の見間違いのはずだ。俺は何も見ていないし気づいていない。
ランタナは猛然と迫った大剣を跳んで躱すと、長身のタンジア元帥の頭の上を飛び越えた。
カシャンと音がして、ハッとタンジア元帥が振り返るが、そこには誰もいない。少し離れた地面に突き刺さった
「どこだっ!?」
前後左右、そして上。隈なく探すが、ランタナの姿はどこにもない。高速で駆け回っている様子もない。
油断なく警戒していたタンジア元帥は気付いた。唯一確認していない場所があることに。
思わず顔を引きつらせる。
「下かっ!?」
「正解です」
タンジア元帥を飛び越えたランタナは、空中で
返答した時には攻撃動作は終わっている。
死角から放たれたのは突きでも拳でも蹴りでもない。魔法でもない。ただ両手をタンジア元帥の腹部に押し当てただけ。
「《浸透波》!」
「うがぁっ!?」
ゼロ距離攻撃。内部破壊攻撃。
人間は外側を鍛えることはできても、体内の内臓は鍛えることはできない。
ランタナがやったことは、ただ両手から魔力を放出し、タンジア元帥の体内で爆発させただけ。
―――外側から破壊できないのなら、内側から破壊すればいい。
冷たくクールな表情で攻撃したランタナからそんな考えが伝わってくる。
ランタナさんや、脳筋ではありません?
これは御前試合だ。殺し合いではない。だから、ランタナも手加減している。
内臓を揺さぶられたタンジア元帥は身体が『く』の字に折れ曲がり、顔をしかめて呻き声を漏らしている。この攻撃は効いたようだ。
油断しないランタナは更なる追撃。
彼女の華麗なる回し蹴りがタンジア元帥のこめかみへと突き刺さり、足から放出された魔力が彼の脳を直接揺らした。
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わかる人にはわかるアニメのネタ。
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