第269話 閃光 対 暴力

 

バトルシーンは難しいです……

============================



 御前試合のルールは、


 一、相手を殺害する攻撃は禁止

 二、魔法の使用は可

 三、魔道具に関しては防具と武器のみ使用可

 四、第三者の助太刀は禁止

 五、審判の判断には従う


 この五つだけだ。あまり詳しく決めて制約があり過ぎても戦いが盛り上がらずに面白くない。

 大抵の試合はこの五つがルールとなる。場合によっては二と三はなくなるが。

 今回の対戦者は、ドラゴニア王国からはランタナ。ヴァルヴォッセ帝国からタンジア元帥だ。細身の女性と筋骨隆々の巨躯の男。武器も細剣レイピアと大剣。

 明らかにランタナが不利に感じる。でも、ランタナは近衛騎士団の部隊長だ。見た目に騙されてはいけない。


「試合開始!」


 父上が試合開始の宣言をした。その瞬間―――ランタナの姿が掻き消えた。

 それくらい高速で動いたランタナは、タンジア元帥のに出現した。

 前方ではなく背後。

 高速で一直線に進み、懐に潜り込んだ方が簡単だ。普通ならそうする。でも、ランタナが選んだのは背後に回ることだった。

 制御が難しい高速移動を楽々と使用するランタナ。それもタンジア元帥と背中合わせに出現したのではなく、背中のほうを向いて出現したのだ。

 これがどれだけ高度な技術なのか普通の貴族にはわからないだろう。わかるのは武闘派の貴族のみ。

 観客からどよめきが起こる。ほとんどの貴族は目視できなかった。瞬間移動に見えたはずだ。

 出現したときには攻撃動作が終わっている。高速移動のエネルギーを利用して神速の突きを放つ。


「はぁっ!」


 爆風と轟音が吹き荒れた。

 観客席は防御結界に守られているから影響はない。でも、軽減された風や音が観客席を襲った。

 耳を塞ぐ貴族。背後に倒れそうになる貴族。呆然とする貴族。獰猛に笑って滾る心を抑える戦闘狂の貴族。反応は様々だ。見ていて楽しい。


「……面白い」


 すぐ近くで女性が呟いた。隣のスペースを占拠するヴァルヴォッセ帝国の関係者だ。

 端っこの俺が一番近いのは何故だ。反対の隅が良かった。

 呟いたのは長身の女性。紅の髪に紅玉ルビーの瞳。もう一人の帝国元帥ブーゲンビリア元帥だ。戦いを獰猛に微笑んで観戦している。

 まさに舌なめずりをする肉食獣。


 ……見なかったことにしよう。


 さて、試合に目を戻そう。

 ランタナの放った神速の突きは直撃したかに見えた。しかし、細剣レイピアの切っ先は硬い頑丈なもので防がれている。大剣の腹だ。


「……やはり、これくらいは効きませんか」


 即座にランタナはバックステップで距離を取った。

 タンジア元帥は大剣を振り回し、ゆっくりとランタナと向き直る。それは余裕の表れなのだろうか。

 チラリとタンジア元帥が自分の足元を見た。そこには、今の一撃で移動させられた30センチほどの踏ん張った跡が残っていた。


「ほう。私を動かすか」


 表情がなかった顔に、獰猛な笑みが張り付く。今になって対戦相手を認め、その相手が強者とわかって歓喜した笑みだ。

 うわぁ~お。姉弟だなぁ。隣で笑っている女性と笑い方がそっくりだ。


「私を動かす者は帝国でも限られる。誇るがいい」

「……そうさせていただきます。ですが、まだまだこれからですよ」

「実に楽しみだ。来い!」


 大剣をで振り回し、構えるタンジア元帥。たったそれだけで暴風が吹き荒れる。

 風で髪が揺れたランタナは顔色一つ変えず、倒れ込むように前傾姿勢でタンジア元帥に向けて駆け出した。

 高速に動き回り、多種多様な足さばきやフェイントを織り交ぜつつ突きを放つ。

 ヒットアンドアウェイ。一撃離脱。

 スピードタイプの高速戦闘にタンジア元帥は翻弄されている。大剣の腹で防御するので手一杯。


「ぬぅっ!」


 大剣を振り回した。当たればひとたまりもない威力。周囲を回転させるように振り回し、ランタナを寄せ付けない。

 その時にはもうランタナは距離を取っていた。

 あの大剣は余裕をもって回避しなければ危ない。紙一重で避けたりしたら衝撃波が襲ってくる。


「なるほど。多彩なテクニックにこのスピード。王国にはもったいない逸材だ。我らが帝国に来ないか?」


 ここに来て勧誘かよ。まあ、ランタナくらいになると引く手数多だろう。他国が欲しがっても無理はない。でも、ランタナは王国の貴重な戦力だ。渡すわけにはいかない。

 タンジア元帥の誘いをランタナは毅然と拒絶する。


「お断りします。私には守るべき人がいますので」


 細剣レイピアの切っ先を向けて、ランタナは構えた。地面を踏みしめ、駆け抜ける。一条の光と化したランタナは、細剣レイピアに魔力を籠める。

 琥珀色に可視化する程注ぎ込まれた魔力は、螺旋を描いて細剣レイピアに巻き付いた。それを突きと同時に一気に開放する。


「《螺旋突》」


 閃光となったその突きは、防御結界を震わせる。琥珀色の輝きが視界を塗りつぶし、土煙が舞い上がる。しかし、それも一瞬遅れて吹き荒れた暴風によってかき消された。

 視界が晴れた時、観客がどよめく。


『なぁっ!?』

『ほう!』

『これはこれは……』


 勝負が決まったかのように思えたランタナの一撃は、タンジア元帥によって受け止められていた―――


「ふむ。軽いな」


 タンジア元帥が少々不満げに呟いた。

 あれだけの攻撃を受け止めたにもかかわらず。彼の手には傷一つついていない。

 まさに鋼鉄の皮膚。


「これが《龍殺しゲオルギウス》の末裔の身体ですか」


 ランタナはバックステップで距離を取り、真剣な表情で呟いた。

 ヴァルヴォッセ帝国の皇族に色濃く流れる《龍殺しゲオルギウス》の血。それは肉体の強度を格段に強める。龍に匹敵すると言われるほどに。

 並みの剣で斬られても、逆に剣のほうが砕け散るという。

 俺も《龍殺しゲオルギウス》の血が流れるアルスの戦いを何度か見たことがあるが、モンスターに襲われても彼女の肌は傷一つついていなかった。とても頑丈。その代わり、燃費は悪いらしい。

 《龍殺しゲオルギウス》の末裔の肉体は、ランタナの一撃でも傷一つつかない。


「まだまだそんなものじゃないだろう?」


 獰猛な覇気を漲らせ、大剣で地面を叩くタンジア元帥。地面が震動し、罅割れる。

 ただ叩きつけただけで罅割れるとか、どんな力だよ……。

 ニヤリと笑ったタンジア元帥は、大剣を構える。


「もっと私を楽しませろ!」


 そして、地面を踏みしめ、その巨躯からは想像もできない俊敏性でランタナに襲い掛かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る