第265話 女誑しからのアドバイス

 

「兄様兄様! どうやったら格好いい男になれますか!?」


 弟がキラキラした瞳で兄である俺を見つめてくる。眩し過ぎて恥ずかしいな。

 テイアさんが絡まれていたのを助けた時、俺の存在がアーサーにバレてしまったのだ。その時のことが弟の琴線に触れたらしく、こうして尊敬の眼差しを向けてくる。

 純真無垢な視線だから、なんかやりにくい。


「俺を真似してもなぁ。逆に格好悪いと思うけどなぁ」

「そうですか? とても格好良かったですよ?」

「それを言うならアーサーも立ち向かっていただろ? 格好良かったぞ」

「そ、そうですか?」


 へへへ、と嬉しそうに笑うアーサー。うん、可愛い。本人に行ったら怒るけど。


「ただ、一つだけ決めていることはある」

「なんですか!?」

「俺の付き合っている女性ってみんな綺麗で美しくて可愛いだろ?」

「まあ、反則的な美しさですね、皆さん」


 アーサーの視線は、メリル嬢とポリーナ嬢を相手しているテイアさんと、俺の横で護衛をしているランタナを行ったり来たり。

 いや、彼女たちは付き合っているわけじゃないんだけど、反則的な美しさだよな。それは深く同意する。


「みんなの笑顔を見たいんだ、俺は。さっきのもテイアさんもセレネちゃんも怖かったはず。なら、俺がするべきことは彼女たちを安心させて守ること。そう考えたら身体が勝手に行動したんだよ」


 ほとんど無意識の行動だった。というか、人間、意識して行動することって意外とない。会話だって条件反射で答えることが多い。

 ハグだってキスだってほぼ無意識だ。殴られなくて本当によかった。


「なるほど! 兄様らしいです!」

「俺らしいってどういうことだよ?」

「女誑しってことです!」

「なぁ~に?」

「ギャー! 痛い痛い!」


 アーサーの首に腕を回し、頭に拳骨を押し当ててグリグリ。といってもするフリなので、実際は痛くないだろう。アーサーも痛がっているフリで、楽しそうだ。


「で、僕はいつの間におじさんに? 兄様に子供がいること、父上や母上は知っているんですか?」

「あほ。セレネちゃんは俺の子じゃない。訳あってテイアさんとセレネちゃん親子の面倒を見ているだけだ」

「なるほど。ついに子持ちの未亡人にまで手を出しましたか。いつかやると思っていたんです! 信じてましたよ、兄様!」

「全然嬉しくないな、その言い方!」

「ギャー! 痛いです~!」


 まったく、いつの間に弟は生意気になったのだろう? ……結構前からか。

 末っ子は父や母、兄や姉から一番可愛がられる。良くも悪くも。アーサーの場合は悪い方が多いかもしれない。たくましく育ってくれ。

 首に手を回されたまま、アーサーは顔を見上げる。


「ランタナって兄様の護衛部隊の部隊長でしたよね? 彼女にも手を出したんですか? 彼女、意外と人気ありますよ。騎士にまで……と思いましたけど、ジャスミン姉様の先例がありましたか! 姉様の上司に手を出すなんて流石です!」

「手は出してないって!」

「じゃあ足を?」

「足を出すってどういう意味だよ?」

「さあ? って、頭をグリグリしないで~! うぎゃー!」


 弟にお仕置き。そして、さりげなく体勢を変えて女性陣に背を向ける。

 俺はじゃれているフリをして、アーサーの耳元で囁く。


「アーサー。兄から一つアドバイスをしてやろう」

「……なんですか?」


 訝しみつつも気になるアーサー。警戒しなくても大丈夫。本当にただのアドバイスだから。


「男が女性に似合うものを見つけてあげるのもデートだぞ。それに、彼女たちを自分好みの美しい女性に仕立て上げるのも楽しいと思わないか?」

「な、なるほど!」

「ただし、女性の意見も取り入れるように! お互いに納得したものを選ぶんだ。アーサーなら押し付けられる辛さは知っているだろ?」


 姉や母たちに女物の服を着せられる弟はちゃんと理解できるはずだ。

 プレゼントを贈るのなら、こういう機会に相手の好みを知ったうえでプレゼントを選んだ方が良い。

 コクリ、と素直に頷く。その瞳はどこか遠くを見つめているのは気のせいだと思いたい。

 頑張って生きろ、弟よ。


「メリル嬢もポリーナ嬢もまだ選んでる最中だ。行ってやれ」

「はい!」


 そっと背中を押すと、覚悟を決めた男の顔で女性陣の会話に加わった。

 いつの間にか、弟も大きく成長しているもんだな。

 少し大きくなった弟の背中を見てそう思う。兄として感慨深い。


「やはり殿下は女誑しですね」

「ランタナか」

「はい、殿下に手を出されたランタナです」


 悪戯っぽく微笑んで、ランタナが俺の傍に立つ。


「手を出したつもりはないんだが?」

「おや。私の腰に手を回していらっしゃいましたけど?」

「あ、あぁー」

「それに、足ではなく口を出されました」


 口を出すというのは頬にキスしたことだろう。嫌がっているわけではなさそうだが、付き合っていない女性にキスするのは不味かったよな。反省しております。


「……ごめん。つい」

「いいえ、謝る必要はありませんよ。今日は、デ、デートなんですよね? なら許します」

「そうか」


 何となく気まずい雰囲気。頬を赤らめてチラチラと視線を向けてくるランタナが乙女すぎて、こっちまで恥ずかしくなってくる。

 ……そっか。今日はデートなんだ。ランタナの初デート。ならば、アーサーに言ったことを俺は実践しなければならないよな!

 幸い、小さなアクセサリーも売っているセンス抜群の親子のお店にいるんだし。

 俺はランタナの手を取った。


「殿下?」

「俺が女誑しなら、ランタナのことを誑し込んでもいいよな?」

「誑しという言葉は騙すという意味なんですよ?」

「じゃあ、大人しく騙されてくれ」


 はぁ、とランタナがため息をついた。その美しい顔には、仕方がないですねぇ、と呆れが浮かんでいる。でも、どこか嬉しそうなのは気のせいではないはずだ。


「いいでしょう。大人しく騙されてあげます」


 俺たちは手を繋いだまま、小物を選ぶアーサーたちの輪に加わった。


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