第264話 つい・・・

 

 親龍祭を楽しむ弟アーサーと婚約者のメリル嬢、親友のポリーナ嬢の三人は、雑貨屋の露店に立ち寄ったのだが、そこはテイアさんとセレネちゃんの親子が出店しているお店だった。

 俺が借金を肩代わりしたことでテイアさんは屋敷で働いている。まあ、実際の仕事は軽い掃除くらいで、後の時間は好きに過ごしてもらっているのだ。


「うわぁー! 可愛いです!」

「えっ? 安い!」


 女子の二人は瞳をキラッキラさせている。

 テイアさんは手先が器用だからな。デザインは五歳児ながらセンス抜群のセレネちゃん。親子の合作は鍛え抜かれた貴族のご令嬢の審美眼にも好評のようだ。

 一方、一人男子のアーサーは、人見知りが発動したセレネちゃんを見つめていた。

 …………さてはロリコンか?

 アーサーは首をかしげる。


「……シラン兄様のぬいぐるみ?」


 えっ? なにそれ?

 セレネちゃんの腕に抱かれていたのは手作りのぬいぐるみだった。モデルはたぶん俺。デフォルメされて可愛らしくなっているが、俺に似ているような似ていないような……。

 テイアさんの隣にも違う服のぬいぐるみがチョコンと置かれていた。


「……可愛い」

「ランタナ?」

「いえ、私は可愛いとは決して言っておりません!」


 それ、盛大に言っちゃってるから。琥珀アンバーの瞳はチラチラとぬいぐるみに吸い寄せられているし。

 テイアさんはそんなものまで作っていたのか。知らなかった。


 ―――この時の俺は知らなかったのだが、屋敷の女性陣の部屋にはもう既に俺のぬいぐるみが飾られていたのだった。


 アーサーの呟きが聞こえたのだろう。テイアさんの猫耳がピコピコ動く。


「シランさんとお知り合いですか?」

「あっ、はい! シラン兄様の弟です」

「まさか……アーサー様ですか!? これはご無礼を」

「いえいえ。お忍びなのでお気になさらず。シラン兄様をさん付けで呼んでいるということは……」

「はい、シランさんにお世話になっている者です。テイアと申します。こちらは娘のセレネです」

「……です」

「兄様に娘がっ!? 僕ってもうおじさんだったの!?」


 驚愕の声をあげる弟。えぇっ、とセレネちゃんをじろじろと見て、複雑な表情をしている。嬉しさと戸惑いだろう。

 よく考えてくれ、弟よ。セレネちゃんくらいの娘がいるのなら、俺はアーサーくらいの年齢の時に妊娠させたことになるんだが?

 ……まあ、可能と言えば可能か? アーサーは13歳。年齢としてはギリギリ子供を作れるくらい。成長は人それぞれだけど。


「殿下……まさか!?」

「ランタナ、君は知っているだろ?」

「いえ、殿下ならあり得るかなと……。本当に子供はいらっしゃいませんよね?」

「いません!」


 俺、人間で初めて肉体関係を持ったのはジャスミンとリリアーネなんだけど……。そんなことはランタナは知らないか。

 メリル嬢とポリーナ嬢はキャッキャッと年頃の少女としてはしゃぎまわり、アーサーは、おじさんかぁ、と悟りを開いている。

 テイアさん、ニコニコ笑顔で笑っていないで誤解を解いてあげてくださいよ。

 その時、横の露店から男の声がした。


「なあ、そこの猫の姉ちゃん。さっきから俺を無視すんなよ」


 隣で露店を開いている大柄な男。たぶん、冒険者だろう。ダンジョン産であろう魔道具が並べられている。小遣い稼ぎの出店だ。


「お客様の前です。控えてください」

「いいだろう? 乳臭いお子様たちには大人の会話なんてわかりゃしねぇーよ! この後どっか飯でも行こうぜ。な?」


 どうやらテイアさんを口説いているらしい。彼女は美人だからな。最近は更に美しさに磨きがかかっている。体形が戻ってふっくらと妖艶な女性らしさが何とも言えない色気を漂わせている。

 そんな欲望駄々洩れの言葉をテイアさんは無視する。


「俺は子供連れでも気にしねぇからよぉ~! ひょっとして、旦那に悪いと思ってる? そんなのバレやしねぇって!」

「そこの貴方! 彼女は明らかに嫌がっているじゃありませんか!」


 テイアさんの露店に入ってこようとした男をアーサーが止める。

 周囲の騎士たちが一斉に緊張感を漂わせた。そのことに男は気付いていない。


「あん? 坊主は黙ってろ。両手に花持ってんじゃねぇか! そのまま家でも連れ込み宿にでも行ってろ! それとも、ミルクを飲みに行きまちゅか~?」


 男は威圧するが、常日頃ドロドロした貴族社会を生き抜くアーサーとメリル嬢には効かない。ただ、宿屋の娘であるポリーナ嬢は震えてアーサーの背中に隠れた。

 今度は、威圧がテイアさんとセレネちゃんを襲う。

 獣人は上下関係に厳しいというか、野生の本能が強い。屈服したら付き従う習性がある。

 護衛の近衛騎士たちが動く前に俺は動いた。瞳を鋭くさせてナイフをいつでも取り出せるようにしたランタナを連れて話に割り込む。


「おぉ? なんだ騒ぎか?」

「兄様!?」

「シランさん!?」

「あぁー! にぃにぃ!」


 あ~あ、アーサーにバレちゃった。まあいいか。騎士たちに任せても良かったのだが、テイアさんとセレネちゃんが巻き込まれていたから見過ごせない。

 彼女たちを威圧したことを許せないし。

 セレネちゃんを抱き上げたテイアさんに近づくと、彼女の腰に手を回してグイっと抱き寄せた。反対の手は今にもナイフを突き付けようとしているランタナを抱き寄せる。


「あ、あら?」

「で、殿下!?」


 美人が両腕にいる状態。世の中の男が羨む光景だろう。


「テイアさん、大丈夫だったか? 遅くなってごめん」

「いえいえ、大丈夫ですよ。セレネもこうして無事ですし」

「使い魔の誰かに護衛をお願いしても良かったのに。威圧は? きつかっただろ?」


 すると、テイアさんは言いにくそうに、いや、頬を赤らめて恥ずかしそうに正直に述べた。


「それがその……私を助けてくださったときにシランさんが放った闘気や殺気などの素敵な覇気に比べると、大人と赤子みたいというか、そよ風のようで特に何も感じませんでした」


 そ、そうなの? 無事のようだし良かった良かった。

 ……覇気って『素敵な』っていう形容動詞を付けるんだっけ?


「だ、誰だ、お前! 突然なんだよ!」


 男が突然現れた俺に敵意を剥きだす。

 誰って言われたらねぇ……


「見たらわかるだろ」

「あっ!」

「なぁっ!?」


 男に見せつけて煽るようにテイアさんの頬にキス。その流れで反対の女性の頬にキス……って、ランタナだった!? あっ、ごめん! って、テイアさんにも初キスだった!? 本当にごめんなさい!

 つい婚約者たちや使い魔たちのように接してしまった……。

 あとでお叱りはいくらでも受けますので。

 ランタナはポフンと顔を赤らめ、テイアさんも驚きで目を瞬かせたが、頬を朱に染めて満更でもなさそう。


「あぁー! ママとチューした! にぃにぃ! セレネも!」

「はいはい。チュー」

「きゃー!」


 頬にキスをしてあげると、セレネちゃんは喜ぶ喜ぶ。可愛いなぁ。

 あっ、テイアさん、怒らないで! …………って、あれ?

 冷たいニコニコ笑顔で怒られると思いきや、何もない。母親のテイアさんは、よかったわね、とセレネちゃんの頬を突いている。

 俺は許されたの? 唇じゃなかったからセーフ?

 取り敢えず、俺は目の前の男を言う。


「で? 俺の女性に何か用か?」

「ちっ! なんでもねぇよ!」


 俺をキッと睨むと、少し意気消沈して自分の露店へと戻っていった。


「……シラン兄様、格好いい!」


 約一名、瞳をキラッキラさせている女顔の弟がいるが、これで一件落着だな。



















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【備考】

テイアさんの秘密1:シランの猛烈な威圧を浴びることが大好き(無自覚の性癖)

テイアさんの秘密2:シランへの従属欲求がある(無自覚の性癖)

テイアさんの秘密3:若干のドМ(無自覚の性癖)

テイアさんの秘密4:未だに発情期が来たことはなく、その感覚がわからない



作「テイアさんの秘密を暴露してみましたー! どこぞの変態が喜びそうですね」

樹「素質のある同志がここに!?」

作「無自覚であると共に、発情期がどういうものかわからない! ということは……!? あっ」

日「ふふふ……」

作「みぎゃぁああああああああああ!?」

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