第266話 帰城と来城
アーサーたちにもバレてしまったため、その後俺たちはダブルデートのようになっていた。アーサーとメリル嬢、ポリーナ嬢の三人カップル、俺とランタナのカップルの総勢五人。
まあ、アーサーとポリーナ嬢はまだ付き合っていないし、俺とランタナも付き合っていないのだが。
ランタナの腕にはぬいぐるみが抱かれている。俺をデフォルメしたぬいぐるみだ。
テイアさんとセレネちゃん親子のお店を離れる時、トテトテと近寄ってきたセレネちゃんが持っていたぬいぐるみをランタナに差し出したのだ。
『これあげりゅ!』
『えーっと……』
戸惑うランタナは膝をついてセレネちゃんと目の高さを合わせた。
『いいんですか?』
『うん! ねぇねぇが欲しそうだったから!』
子供はよく見ている。ランタナがチラチラと欲しそうな視線を向けていたことに気づいていたのだ。
自分のぬいぐるみを他の人にあげるなんて、セレネちゃんも一つ成長したようだ。
ランタナはテイアさんに視線だけで問いかける。
『貰ってあげてください。ここにもう一つありますし、簡単に作ることが出来ますから』
『あの……はい、ありがとうございます』
優しい
『か、可愛い……』
ここに一人、癒しの天使の新たな犠牲者が出た。
そんなことがあり、現在、ランタナは大事そうにぬいぐるみを抱いている。
「どうしました?」
おっと。じろじろとランタナを見つめていたことに気付かれてしまったようだ。キリッと表情を引き締めるランタナだったが、口角が上がっていることに本人は気付いていないだろう。
「いや、別にぃ~」
「……なんですか、その言い方は」
ムスッとジト目で睨まれるが可愛いだけである。
思わず笑ってしまうと、むぅ、と顔をしかめて軽く体当たりしてきた。そのまま恥ずかしげに腕を組んでくる。そして、頬を軽く朱に染めて顔を逸らす。
……なにこの可愛い生き物は。
「こ、こっちまで恥ずかしくなるんですけど!」
丁度振り返ったアーサーが愕然としている。一体どうしたんだろう?
「こ、これが大人の恋ですか……。僕、兄様と同じ年齢になっても出来る気がしません」
「ぜひ参考にさせていただきますね、お
「すっごぉ~! 恋愛小説のワンシーンみたい!」
年下の少年少女たちのキラキラした視線。
うっ! 眩しい! 純粋すぎて居心地悪い!
ポリーナ嬢がクルリとこちらを向いてランタナを見上げる。
「ランタナ……お姉ちゃんだよね? 向かいの家の」
「……ええ、そうですよ、ポリーナ。お久しぶりです」
「久しぶり!」
そうして、ランタナの耳元で小さく囁く。
「どうやったらそんなに上手くデートができるの?」
チラッとアーサーを見てすぐに逸らすポリーナ嬢。恥ずかしそう。
脈がありそうだぞ。良かったな、アーサー。
「さあ? 私に聞かれても困ります。今回が初めてなので」
「え゛っ!? 初デートなの!?」
「「 えぇっ!? 」」
ポリーナ嬢が思わず声をあげ、聞こえたアーサーとメリル嬢が驚く。三人の視線が俺に向いたので、肯定するように頷いておいた。すると、今度こそ三人は絶句した。
「はいはい。俺たちは俺たちの、君たちは君たちのデートがあるんだ。参考にするのは構わないが、真似しても意味ないぞー。お互いに探っていって、知らないところを知る。これが恋の醍醐味だろ?」
「流石」
「恋多き」
「兄様」
仲いいな、三人とも。息ぴったりじゃないか。
その後、三人はお互いのことを知るようなデートになり、楽しく喋ったり、好きな物を食べたり、俺たちを忘れるくらい良い雰囲気になっていた。
俺たちは俺たちで三人を見守りつつ、デートを楽しんだ。
時間はあっという間に過ぎ、楽しかった時間は終わる。ポリーナ嬢を家へ送り届けるアーサーを少し離れたところで見ている俺とランタナ。
「ニヤニヤ」
「ニヨニヨ」
そうなると当然、ポリーナ嬢の向かいの家に近づくことになる。
開けた窓から口で擬音を言うほどとてもとても楽しそうにこちらを見ている夫婦。ランタナの両親のグーズさんとサルビアさんだ。
ランタナが拳を握ってプルプルしている。
おもむろにランタナが彼らのほうを振り向いた。その瞬間、ニヤッと笑ってサムズアップをするオシドリ夫婦。
「ランタナちゃん」
「グッジョブだぜ!」
両親にニコッと輝く笑顔を浮かべた娘は、彼らに向けて空中でデコピン。
―――轟音が轟く。
ニヤニヤしていたグーズさんの姿が掻き消えた。ランタナが放った圧縮空気弾がグーズさんの額を直撃したのだ。今の轟音はグーズさんが家の中に吹き飛ばされた音。
りょ、両親に手をあげるとは……。
家の中に吹き飛ばされた夫を見たサルビアさんはダラダラと冷や汗を流す。
「ま、待ってランタナちゃん!」
再度ランタナは美しくニコッと笑った。
「待ちませんっ!」
デコピンで圧縮空気弾を放つ。シュパッと素早い動きでしゃがんで躱すサルビアさん。なかなかの反射神経。やりますな。
外れた空気弾は建物の中に飛び込んでいき、男性の悲鳴が上がった。
どうやら、立ち上がったグーズさんに直撃したようだ。
「何をやっているんですか?」
「……照れ隠しを止めてるところ?」
今にも実家に突撃しそうなランタナを抱きしめて押さえていたら、ポリーナ嬢との別れを済ませたアーサーとメリル嬢がやって来た。
往来の真ん中でイチャイチャするのは止めてください、みたいな表情を弟はしている。
「さあ、帰るぞ!」
「殿下! 待ってください! 両親を一発殴らせてください!」
「ダーメ。グーズさん、サルビアさん! 失礼しまーす! また今度遊びに行きますねー!」
サルビアさんは窓枠からチョコンと目元だけ出して、ヒラヒラと手を振っている。可愛らしい人だ。元貴族令嬢とは思えないな。グーズさんはどうなったのか俺にはわからない。多分大丈夫だろう。
羞恥と怒りに燃えるランタナを宥めつつ、俺たちは城へと帰る。
城の門が見え始めた時、何やら騒がしいことに気づいた。民衆が集まって歓声を上げている。
「何かあったのでしょうか?」
「う~ん? 僕からは見えないなぁ……兄様は?」
「馬車が見えるな。誰か散策に出るのか? それとも誰か帰ってきたのか?」
「いえ、おそらく彼女でしょう」
唯一答えを知っている口調のランタナ。
その時、馬車の窓が開いて、一人の女性が顔を出す。途端に爆発的な歓声が轟く。
遠くだったにもかかわらず、その女性と目が合った。ニコッと穏やかに微笑み、俺に手を振る彼女。
そうか、彼女か……。
ランタナが彼女の正体を告げる。
「―――歌姫セレン。丁度彼女が到着する時間です」
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ランタナとのデートは終了。そして、ドレスの女性が判明!
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