第263話 疲れきった騎士

 

 一人増えた両手に花状態で親龍祭を楽しむアーサーの少し後を俺たちもついて行く。

 大道芸や冒険者の剣舞に歓声を上げ、露店の雑貨屋で小物を眺め、吟遊詩人の歌を聞く。女性二人にリードされている弟の姿はとても微笑ましい。尻に敷かれている片鱗が……。やはりか。

 純粋で眩しく初々しいデート。見ているこっちが恥ずかしくてニヤニヤしてしまう。

 いやー若いなぁ。アーサーよ。君はそのまま純粋に育ってくれ。


「…………」

「ランタナ? 大丈夫か?」

「大丈夫……と言いたいのですが、全然大丈夫じゃありません」

「だろうな」


 俺にもたれかかるように抱きついているのはランタナだ。

 ご両親に散々弄られ、揶揄われたことで体力と精神力を消耗してしまったらしい。もう歩くのも億劫そうだ。顔はげっそりとやせ細っている。

 俺はそんな彼女の腰に手を回している。じゃないとランタナが倒れてしまうから。

 背中にごついコンバットナイフが二本あるが、それでも彼女の腰の細さがよくわかる。細い。何このくびれ。


「支えるから、遠慮なくもたれかかってくれ」

「……すみません。お願いします」


 周囲には彼女の部下である近衛騎士団第十部隊の隊員も密かに護衛しているのだが、部隊長として振舞う余裕もないようだ。

 傍から見たら人目も憚らず密着してイチャイチャするバカップルだろう。お忍びの変装としては完璧だ。


「良いご両親だったな」

「お願いですから、両親の話題は勘弁してください! 何でもしますから!」


 縋りついて懇願。琥珀アンバーの瞳が本気だ。

 ……今、何でもって言ったよね?

 というか、上目遣いが可愛すぎるんですけど!


「じゃあ、何でも命令権は保留で!」

「……はい。その命令権を使用するときは何なりと」


 え゛っ? 本当に? 冗談で言ったんだけど、本当に良いの?

 満更でもなさそうなランタナ。

 よし! 命令権は慎重に考えて使おう!


「ランタナは甘い物は好きか?」

「ええまあ。人並みには」

「なら、ジェラート食べるか」

「はい」


 アーサーたちは屋台に並んでいる。俺たちは近くの別のジェラート屋に並ぶ。

 商品を受け取ったのは俺たちのほうが早かった。近くの空いたベンチに座ってアーサーたちを眺めながらジェラートを食べる。

 甘くて冷たくて美味しい。


「……美味しいです」


 冷たさにキュッと顔をしかめ、口の中に広がった甘さにほんわかと笑みを浮かべるランタナ。

 えっ? なにこの可愛い生き物。

 俺は心臓ハートを撃ち抜かれた。

 見惚れていることを、ランタナのジェラートが食べたそうにしていると誤解した彼女は、スプーンで掬って俺の口の前へ。


「殿下も食べます?」

「あ、ああ」

「はいどうぞ。美味しいですよね?」

「あ、ああ。美味しいな」


 うん。正直味は分からなかった。

 甘い物を食べて少し元気が出たランタナは、美味しそうにスプーンを口に運ぶ。間接キスだとは気づいていない。

 時折漏れる、ふふっ、という可愛い吐息が可愛すぎる。


「ランタナも食べるか?」

「……はい、あの、いただきます……」


 俺のジェラートをスプーンで掬ってランタナの口の前へ。躊躇うことなく、彼女は小鳥のようにハムっと咥えた。

 その時、髪を耳にかき上げた動作にドキッとする。

 露わになった綺麗な首筋。ほんのりと桜色に染まっている。

 無自覚だから恐ろしい。


「あっ、これも美味しい」

「…………」

「どうされました?」

「な、何でもない。ラ、ランタナのそういうところ、他の男には見せない方が良いぞ」

「そういうところ、とは?」


 不思議そうにコテンと首をかしげるランタナ。

 ……そういうところです。


「はふぅ。こういう休日は久しぶりです……あっ! 申し訳ございません! 職務中でした!」


 忘れていたんですか。今更気付いたんですか。真面目なランタナには珍しいミスだな。

 現在進行形で、貴女の部下に見られていますよ。彼らのニヤニヤとした視線がこちらを向いている。

 厳しい視線がないところがランタナが慕われている証拠だ。


「今日のランタナの仕事は俺とデートをすることだぞ」

「しかし!」

「はいはい、拒否権はありませーん! ジェラートが溶けちゃうぞ」

「ですが、部下たちが!」

「お土産買えばいいだろ。それに、今度俺から何か差し入れしておくから。それでいいだろ?」


 ランタナではなく、盗み聞きしているだろう近衛騎士団第十部隊の隊員に問いかける。

 その瞬間、変装している騎士たちが一斉にサムズアップをした。その後、小さくガッツポーズ。

 了承を貰いましたー!


「というわけで、デートを楽しむぞー!」

「で、殿下!?」


 ジェラートを食べ終わり、アーサーたちも屋台で買った物を食べ終わったらしい。あ~んをして顔を真っ赤にする三人。実に初々しかった。

 やはり俺たちは兄弟だな。やっていることが同じ。

 いや、あ~んはカップルの定番だから違うか?

 距離を離されないよう、でも、気づかれない適度な距離を保って出歯亀する。


「アーサー様! あのお店を見に行きたいです!」

「あっ! 可愛い!」


 女子二人に引っ張られる弟。

 後で言っておかないとな。疲れを顔に出したらダメだって。

 頑張れ、弟よ。女性とのデートは慣れだぞ。


「いらっしゃいませ」

「……ませ」


 彼らが向かったのは雑貨屋の露店。獣人の親子が営んでいる。

 滅茶苦茶聞き覚えのある親子の声。見たことのある猫耳。日長石サンストーンの瞳の美人の母と月長石ムーンストーンの瞳の可愛らしい娘。


「殿下、あの親子は……」


 ……テイアさんとセレネちゃんのお店だ、ここ。






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ぐはっ!? (吐血)

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