第248話 貪欲な塊


 縛られた二人に声をかけてきたのは、蔑んだ瞳で見下すケマだった。彼女の鼻は赤紫色に腫れている。どうやら骨まで折れているようだ。

 あまりに強い怒りと憎悪の眼差しに、ソノラは思わず身がすくむ。


(なんで……ケマさんが……)


 鼻の怪我は自分と同じように周りの男たちに誘拐されて殴られたからだと思ったソノラだったが、ケマの身体は縛られていないことに気づいた。脅された様子もない。縛られた二人を助ける様子もない。

 となると、答えは一つだ。


(ケマさんも……仲間!?)


「ふぐっ!」


 マリアが憤怒の形相で起き上がろうとした。頭突きでも何でもいいから、目の前のケマを攻撃しようとしたのだ。

 しかし、縄で縛られて上手く身体が動かせない。ケマは嘲笑しながら逆にマリアの腹を殴りつけた。


「ぐっ!?」

「ふんっ! いいザマね! 私の美しい顔を傷つけたこと、後悔させてやる! この! クソ妹がっ!」


 力いっぱい殴り続けるケマ。ボクッ、と殴打の音とマリアの苦しげな声が男たちの呪文にかき消される。

 十発ほど殴っただろう。マリアの反応が弱々しくなった。さらに顔面を殴りかかろうとしてケマの腕が背後から止められた。


「それ以上は許せん」

「邪魔よ! 離しなさい!」

「彼女たちは我らが神への捧げ物だ。それ以上傷つけるのなら契約は破棄する」

「ちっ!」


 舌打ちをして大人しくなるケマ。

 彼女を止めたのは黒翼凶団の枢機卿。この儀式を取り仕切る男だった。

 いつの間にか、呪文の詠唱が終わっている。

 信者たちが一心に見つめる先は祭壇の上、ソノラとマリアが寝ている場所だった。

 見下ろす黒ローブの内側の顔。狂気を孕んだ陶酔した笑み。生贄の二人はゾクリとした恐怖を感じた。


「いよいよです。我らが神の降臨です! 喜びなさい!」

「んぅ~!」

「おやおや。そんなに怯えないでください。ここは喜び、嬉しさに笑みをこぼすところですよ! 貴女方は神が直接手を差し伸べてくださるのです! なんと栄誉なことか!」

「つまり、死ぬってことよ」

「神のために命を捧げる。これほど喜ばしいことはありません!」


 どこかにトリップする黒翼凶団の信者たち。不気味すぎる光景だった。

 あーはいはい、とケマは慣れた様子でどうでもよさそうに手を振っている。

 ケマが望むのはただ一つ。自らの美しさだけ。黒翼凶団が神と崇める悪魔は対価を支払うと人に力を授けることで有名なモンスターである。ケマは彼らに力を貸し、その見返りとして美を得ようとしているのだ。


「場所も資金も与えたのは私。生贄を紹介したのも! ちゃんとわかっているわよね?」

「わかっているとも。我らが神は、お前の協力への対価として、望む力をお与えになるだろう」


 祭壇に生贄の二人を乗せたまま、ケマと枢機卿が一歩下がった。

 不気味な静寂が地下室を包んだ。

 ギラギラとした異様な輝きの眼差しと抑えきれない興奮が祭壇に降り注ぐ。

 枢機卿が両手を広げ、最後の文言を唱えた。


「さあ! 我らが神よ! 我ら信者の前に姿を現し給え!」


 床に刻まれた魔法陣が光りを放つ。禍々しい赤黒い輝き。

 魔力に疎いソノラやマリアでさえもはっきりと知覚するほどの膨大な魔力だった。地脈から吸い上げた魔力が渦巻き、濃縮し、可視化する。


(こ、これは不味いやつぅ~!)


 本能で理解した。この魔力は不味い。触れたら消滅する。吸い込まれたら魂ごと消え去る。

 魔力は祭壇の上に集まっていた。まるで赤黒い銀河のような渦巻き状となって中央へと凝縮していく。

 その中央に存在していたのは核とも言うべき黒い球。例えるならブラックホール。魔力や空気、光、その他物質の存在そのものを貪欲に吸い込み続ける。

 黒い球体に一番近い人物はソノラとマリアだ。


(どうする? どうすれば……!?)


「おぉ! おぉ~っ! 神よ! 我らが神よ!」


 感極まって滂沱の涙を流す黒翼凶団の信者たちは、瞬きすることなく、神の降臨を目や心に刻みつける。涙を拭うことすらしない。

 魔法陣が更に輝きを放った。本能が警鐘を鳴らす。


(不味い! 不味い不味い不味い不味い! これは不味い!)


 誰もが魔力の収縮に視線が向いている。ここで行動に移しても誰も気づかない。


(名前は知らないけど、ごめんなさい!)


 身体を縮ませて、その勢いを利用して体勢を変える。マリアとは90度の角度。そして、曲げた脚を思いっきり伸ばす!


「ぐぅっ!?」


 縛られたマリアは思いっきり蹴飛ばされて吹き飛んでいった。

 火事場の馬鹿力。ソノラの蹴りは限界を超えて、マリアを魔法陣の外へと押し出した。

 もしかしたら骨の一本や二本折れたかもしれないが、この祭壇の上にいるよりはマシだ。


(よし! 私も逃げない……と……うぐっ!?)


 異様な感覚がソノラの身体を駆け抜ける。

 苦しみ。苦しいはずなのに、同時に感じる異様な快感。自らが溶けて消えていく、そんな気がした。

 ふと見ると、魔法陣の上にいた全ての人間が苦しみ、膝をついている。

 地脈の魔力すら飽き足らず、黒い球体は魔法陣の上にいる存在の魔力すら喰らい始めたのだ。

 当然、祭壇の上にいるソノラも例外ではない。

 ソノラの身体が重力から解放されて浮き上がる。向かう先は貪欲な黒い球体。


(なに……これ……! あっ……!)


 身体が溶けていく。存在がほどけていく。溶けて、解けて、吸われる。

 そんな感覚に陥りながら、ソノラという存在は、身体も、心も、魂も、黒い球体に吞み込まれて消滅した。










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書いてみたら、あっさりと書けちゃいました。

読者の皆様、温かいお言葉をありがとうございました。

そしてなんと! …………次回の分も書けちゃいました。

なので!

次回『第249話 堕落、そして・・・』を明日投稿します!

お楽しみに~!


※タイトルは変更する可能性があります。

※投稿を忘れていたらごめんなさい。

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