第247話 囚われの乙女
気付いたらソノラは両手両足を縛られ、口には猿ぐつわが嵌められていた。
密閉された閉鎖空間。窓は存在しない。時折チカチカと点滅する魔導ランプと燭台の蝋燭が揺れてどこか不気味だ。
感じるのはぼんやりとした眠気と熱く疼く子宮だけ。
(うぅ……お腹が……って、ここはどこ? あれ、私は何をしていたんだっけ?)
ソノラが最後に覚えているのは通い慣れた家の近くの道だ。
働く女性コンテストの一日目が終わり、明日の準備やコンテストに携わる人たちに挨拶をして回り、やっと帰宅していたところだった。
あと少しで家に着くというところで、何者かに背後から手を掴まれ、口や鼻に布のようなものを押し当てらて意識は途切れた。睡眠薬が付着していたのだろう。
「んぅ~! んぅ~っ!」
(ここどこっ!? ま、まさか誘拐!? だ、誰かっ!)
誘拐されたことを理解して、ソノラの顔が青ざめた。
大きく唸って助けを求めるが室内には誰もいない。
彼女が寝ていたのは机の上。否、祭壇の上だった。緻密な紋様が描かれ、ソノラの他にも捧げ物が配置されている。
「んぅ~! んぅ~! ふぐぅっ!?」
腹筋に力を入れて起き上がり、祭壇から降りようとしてソノラは硬くて冷たい床に倒れ込んだ。薬が抜けきっていなかったのか、膝から力が抜けたのだ。
打ち付けた所の痛みを涙目で我慢して、痛みが引いたところで彼女は気付いた。
「ぐぅっ!?」
漂う濃密な鉄さびの臭い。自分が倒れている石の床に、赤黒い何かで緻密な魔法陣が描かれている。その赤黒い何かとは、臭いから推測するに血だろう。
自分の誘拐。何かを奉る祭壇。血で描かれた魔法陣。
とんでもない事件に巻き込まれたと知ったソノラの顔から血の気が引いた。顔面蒼白。
「ひぐぅっ!?」
小さく悲鳴を上げて身体を縮ませた。ドアの向こうから複数人の足音が聞こえてきたのだ。どうやら、ソノラが落ちた音が聞かれたようだ。
勢いよくドアを開けて入ってくる黒いローブの男たち。
(だ、誰なの!? 助けて! 嫌ぁ~!)
恐怖で身体が震えてソノラは動けない。目からは涙がポロポロと零れ落ちる。
「んぁ? 睡眠薬が切れたか? あと数時間は寝ているはずなんだがなぁ。まあいいや。誰か寝かせておけ」
「はい」
黒翼凶団の信者がソノラの身体を押さえつける。
「んふぅ~! んふぅ~っ!」
「暴れなさんな、お嬢ちゃん。我ら忠実なる信徒は神の供物を傷つけたりはしないから。陵辱なんかもってのほか。清い乙女でいてもらわなきゃならんのだ」
「ふぐぅっ!?」
首筋に注射針が突き刺さり、中の薬剤が注入される。即座に瞼が閉じ、意識が落ちる。
「おやすみ、永遠にな。次に目覚めた時は神の御許だろう。あぁ~! 何と羨ましい! できれば私が変わりたい!」
(たす……け……て……)
狂気を孕んだ羨望の声が届く前に、ソノラの意識が途絶えていた。
助けを求める声は誰にも届かない。
▼▼▼
(うぅ~ん……夢……じゃないっ!?)
ソノラは再び目覚めた。
首から注入された睡眠薬は一晩は起きない量だったが、彼女は目覚めた。
これはソノラも黒翼凶団も知らなかったことだが、想定外に早く覚醒したのはソノラがコンテストのために使用した美容液の影響だった。
シランの使い魔のビュティが調合した万人向けの高級美容液。毒素を解毒し、ゆっくりと身体を再生させ美しく保つ効果がある。その効果によって睡眠薬の成分が分解されたのだ。
「※※※~! ※※※※※※!」
意味が分からない不気味な呪文が地下室に響き渡っている。神、いや悪魔降臨の儀式だ。
祭壇を囲うように描かれた魔法陣の上。黒いローブを着た男たちが跪いて、一心不乱に祈りを捧げている。
厳かに紡ぎ出される神を祝福する祝詞。まあ、悪魔を呼び出す儀式のため、狂気を孕んだ呪詛と言った方が正確だ。
呪文に合わせて血で描かれた魔法陣が不気味に赤く光り輝く。
(もう嫌ぁ……! お願いだから夢であって! 助けてよぉ……殿下ぁ~!)
子宮が疼く。ジンジンと熱を持つ。シランに治療してもらった影響だ。
恐怖で言葉が出ず、ポロポロと涙を流すことしかできない。ソノラは普通の少女なのだ。
ふと、ソノラは寝ているのが自分一人じゃないことに気付いた。
隣に顔立ちが整っている生真面目そうな女性が気を失っていた。どこかで見たことがあるような無いような。
祈り続ける信者たちは、ソノラが起きたことに気付いていない。
幸い、縛られている手はお腹側だった。それも手首だけ。ある程度動く手で、寝ている女性をバンバンと叩く。強く叩いたが緊急事態だから許して欲しい。
(起きて! 誰か知らないけど起きて! 危ないよ!)
十数発殴ると、ようやく彼女が反応を示した。一瞬、死んでいるのかと焦った。
「うぅ~……」
「ふっ! ふっ! ふぅっ!」(起きて! 起きてってば! 起きろっ!)
「ふぐっ!?」
(あっ! ごめんなさい。みぞおちに……)
痛みで強制的に起こされた女性、マリアが恨みがましくソノラを睨んだ。しかし、すぐに縛られた異様な姿のソノラを目を見開いて凝視し、自らも縛られていることに気付いた。
囲うように跪いて呪文を唱えているのは怪しげな黒ローブたち。
マリアの顔が青ざめた。
「あら。目が覚めたの、二人とも?」
明らかに見下した女性の声が聞こえてきたのはちょうどその時のことだった。
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作者「書く内容は決まっているのに筆が乗らない……だから、予定の半分くらいだけど今回はここまで……ガクリ」
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