第246話 消えた彼女
ドラゴニア王国のある建物の一室で空間の揺らぎが発生した。
部屋の中に待機していた無表情の女性たちが警戒する。ある者は撃退のために構え、ある者は主人を守るために自らを盾とする。
「おや、これは。大丈夫ですよ、”
椅子に腰かけ、細かな作業をしていた男が顔を上げた。彼の言葉が終わる前に部屋の中に少女が出現した。魔道具で転移してきたのだ。
少女の姿は歪だった。左右の足の長さが違うせいで身体が右に傾き、身体のあちこちには縫合の跡。腕の長さも左右違う。自然界には存在しない透明な髪と透明な瞳。男によって造られた継ぎ接ぎの少女。
「どうしたのです、”出来損ない”。魔力が感じられなくなったのですが、もしや黒翼凶団は失敗しましたか?」
彼女は『出来損ない』と呼ばれていた。出来損ない。つまり失敗作。
女性の美しさや綺麗さ、可愛さを求める男には、目の前の醜い少女は傍に置く価値などなかった。普通なら破棄処分をしている。
しかし、彼女の能力は優れていた。だから今回も任務を与え、黒翼凶団の監視役として派遣したのだ。
跪いた少女は無感情な瞳で主人を見上げる。
「……」
「なるほど、成功しましたか」
コクリ、と頷く少女。
報告を聞いた男の身体が小刻みに揺れ、次第に大きく震え出す。漏れ聞こえるのは笑い声。それは爆笑へと変わる。
「くくく……あっはっはっは! 成功しましたか! 黒翼凶団に提供した禁呪が! 私が開発した
男の顔に浮かぶのは歓喜。狂気を孕んだ哄笑が部屋の中に響き渡る。
「人を魔物に変えるにはどうすればいいのかずっと考えていたのですよ! どんな方法を用いても上手くいかない! そこで私は思ったのです! ゆっくりと変化させれば良いのではないかと!」
自分の世界へとトリップした男は、ただ淡々と、でも自慢げに研究の成果を述べ始めた。
それを女性たちは無表情で黙って聞く。
「今回は有意義な結果を得ることが出来ました! 自分の存在が魔物として変化し、順応し、適応して、変質する。書き換わっていくのだから、治癒魔法も効かない! 副作用として皮膚の爛れは許容範囲です」
例えるのなら先天性の病気。生まれつき腕がなかったとする。その異常な状態を身体は正常と判断するのだ。だから、治癒魔法で欠損部位を再生することが出来ない。
先天性の病気を治癒するには、身体の認識を書き換えなければならない。異常な状態こそが正常なのだから。
男が言っているのはこれと全く逆のこと。正常な状態を異常な状態へと書き換える。身体は異常を正常な状態と徐々に認識し始め、治癒魔法では治しようがない。
「もっと詳しく説明をしてくれますか、”出来損ない”」
冷静になった男が研究者としての顔を覗かせ、思案顔で少女の説明を聞く。その瞳には隠し切れない好奇心の輝き。
「……」
「なるほど。
「……」
「ですよね。魔法陣に手を加えていないのは報告済み。何かイレギュラーな事態でもありましたかね? まあいいでしょう。それで、その
「……」
「ふむ。暗部が消し飛ばしましたか。ぜひサンプルが欲しかったのですが、仕方がありません。悟られる前に脱出したのは良い判断です」
歪な少女は主人の賛辞に無表情で頭を下げた。
男はしばらく熟考に入った。ブツブツと呟き自分の考えをまとめる。
そして、ふぅ、と息を吐いた。
「しかし、厄介ですね、王国の暗部は。彼らをどうにかしないとあの御方の依頼には応えようがありません。まあ、暗部の相手は彼に丸投げしましょう。今回は威力偵察。それに、あくまでも私は彼らの支援ですからね、悪魔だけに」
クックック、と自分のダジャレにひとしきり笑った男は、部屋の中に侍る”
「次の策は順調に進んでいますか?」
「「「 はい、
「よろしい!」
無表情で無感情な人造の女性たちは、決められた命令に従って創造主に付き従う。
「親龍祭で何人か美しい女性を見つけました。彼らの依頼を遂行しつつ、ぜひ手に入れなければ」
満足げに頷いた『
ドラゴニア王国に暗い影が忍び寄っている。
▼▼▼
『皆さん! 盛り上がっていますかぁー! 働く女性コンテスト二日目! アピールタイムも終了し、皆様の投票をただいま数え終わったところです!』
うおぉぉおおお、と盛り上がる王都の中央広場。出場者の関係者が名前入りの手作り団扇を扇いでアピールしている。
ステージ上には出場者が全員ならび、緊張の面持ちで発表を待っていた。
しかし、二人欠けている。
司会者の女性が投票結果が書かれた紙を受け取り、マイク型の拡声器魔道具に声を張り上げる。あの小指をピンと立てる持ち方に何か意味はあるのだろうか?
『では、トップスリーを発表していきましょう! まずは三位から! 得票数1451。魔道具店『マジカル★レンジャー』のマジ・ジジルさん!』
魔法使いの風貌の女性がぺこりとお辞儀した。彼女の周囲を水晶玉が浮遊して、色とりどりの光を放つ。
繊細で精密で正確な魔力制御技術だ。
拍手と歓声が会場を包んだ。
『では、第二位! 得票数6798票! 高級料理店『龍の息吹』のケマさんです!』
うおぉぉおおお、と野太い男性の歓声が上がるが、徐々に尻すぼみとなって消えていった。
何故なら、ステージ上に本人の姿がないから。
ザワザワと会場が騒めき始める。
『えーっと、ケマさんは本日体調不良による欠席です』
観客に簡潔に説明した司会者は、コホン、と咳払いして気持ちを入れ替える。流石プロだ。
『皆さんお待ちかね! 第一回働く女性コンテストの栄えある第一位を獲得したのはぁ~! 得票数、なんと13439票! ぶっちぎりの一位!』
溜めるなぁ。長い長い!
『…………レストラン『こもれびの森』のソノラさんです!』
爆発的な拍手が轟く。しかし、一位となったその本人の姿はどこにもない。
『えーっと、ソノラさんも体調不良による欠席です。というか、上位三人中二人がいないんですけど、表彰式はどうすればいいんですかぁあああああ!』
司会者の泣きそうな悲痛な叫びが拡声の魔道具にのってハウリング。
それは運営と話し合ってください。
「ソノラさんが体調不良? 大丈夫でしょうか?」
「シラン、何か知ってる?」
働く女性コンテストを見に来た俺は、リリアーネやジャスミンの問いかけに答えることはできなかった。
―――ソノラ、一体どこに行ったんだ?
▼▼▼
城に戻った俺を呼び出したのはエルネスト兄上だった。
兄上が肩を抱いているのは若干憔悴したマリアさん。昨夜の黒翼凶団の出来事があり、事情聴取が終わったのだろう。あまり寝ることも出来なかったはず。目の下には隠し切れない隈がある。
普段なら兄上を揶揄ったところだが、そんな雰囲気でも気分でもない。
「シラン、よく来た。実は大事な話がある」
「昨日の件ですか?」
「そうだ。詳しいことはマリアに聞いてくれ」
マリアさんは口を開いたが、上手く言葉が出てこない。何かを必死に伝えなければいけないという気持ちは伝わってくるのだが、唇は震えて言葉が紡げず、手も震えている。
その手を兄上は優しく握って励ますようにうなずいた。
「シ、シラン殿下……至急お伝えしなければならないことがあります……」
一瞬目を瞑ったマリアさんは覚悟を決めて喋り始める。
「昨日、私が黒翼凶団に捕まったことはご存知だと思います。私を生贄にしようとしたらしいのです。そして、その……生贄にはもう一人女性がいました。その女性は……」
ずっと感じていたモヤモヤがはっきりとする。嫌な予感しかない。
ゴクリと唾を飲んだのはマリアさんだったのか、それとも俺だったのか……。
「その女性は―――働く女性コンテストに出場していたソノラという方でした」
マリアさんから報告を受けた俺は、一人でこっそり王都の屋敷へと戻っていた。
使い魔たちにお帰りの挨拶をされながら、俺はある部屋へと向かう。
普段は使っていない部屋。そこにビュティをはじめとする使い魔が数人集まっていた。
「……ん。おかえり」
「ただいま。
「……寝てる。でも、そろそろ起きる頃」
ベッドに寝ていたのは人外の女性。髪は紫色に近いピンク色。服やシーツの上からもわかるボンキュッボンな豊満な身体。膝を抱えて丸くなり、背中に生えた黒い翼を繭のように身体を覆い隠していた。
黒翼凶団が召喚した神と崇める女性型の悪魔。
俺は昨夜、消し飛ばしたと見せかけて捕獲していたのだ。
『うぅんん~……』
気配を感じたのか、寝返りを打って彼女が覚醒する。
眠そうに目を擦って起き上がった悪魔の女性。大きな欠伸をしながら―――長い睫毛に縁取られた『黄金』の瞳が開かれた。
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作「今回の話は内容盛りだくさんでしたね。上手く繋ぎ合わせればだいたい分かったかと思います」
女性陣『作者最低!』
作「ぐはっ!? ず、ずっと前から決めていたんですよぉー! ちなみに、いろいろと伏線も回収しておりますので、気になる方は前の方をお読みください。まだ回収していないものもありますけどね!」
作「あとあと! ラブコメの短編をいくつか投稿しておりますので、読んでみてください!」
女性陣『ここで宣伝するなぁー!』
作「申し訳ございませーん!」
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