第245話 儀式乱入

 

 気配を消して、黒翼凶団が守っている建物に近づいていく。

 警備隊や騎士団も狂信者を次々と無力化し、制圧しているようだ。ただ、相手は黒光りする昆虫並みにしぶとく、手足が折れたくらいでは止まらない。黒いローブだから、なおさらGのよう。

 一度自爆しかけた団員がいたので、警備隊や騎士団は警戒し、捕縛よりも討伐優先に切り替えたらしい。

 俺は騒ぎに紛れるように乱戦をすり抜け、誰にも気づかれることなく目的の建物へと足を踏み入れた。


「普通の住宅だな」


 黒翼凶団がアジトとしていたのはごく普通の平屋の住宅。まさかここにテロ集団が集まっているとは誰も思うまい。

 生活感溢れる家の中。豪華な調度品。高級そうな食器や服。漂う強い香水。

 ここには女性が住んでいたのだろうか?

 そして、床に垂れた赤い液体。微かに臭う鉄さびの臭い。乾いた血の跡。

 家主は大丈夫だろうか? 黒翼凶団にやられたのか? それとも、家主も信者なのか?

 膨大な魔力が噴き出しているのは、この家の真下。どうやらここの地下で儀式か何かを執り行っているらしい。

 地下室に通じるドアの前には、黒翼凶団の信者たちが厳重に守っている。


「……っ!? 何者だ!?」

「我が神の寵愛を感じられない! そこにいるのはわかっているぞ。姿を現せ!」


 これだから狂信者は! いろいろとぶっ飛んでるぞ! 俺の隠密を見抜きやがった!

 信仰に命を捧げているからなのかは知らないが、こういう狂信者はどこかおかしい。

 元気やド根性があれば世界の理や運命でさえぶっ壊して覆す超越者バカに似た存在だ。

『女の勘』並みに理不尽。法則に縛られず、通用しないところがある。


「……」


 いちいち言葉を返すのは愚策。黙って相手の懐に潜り込むと鳩尾に一撃。信者たちはあっさりと崩れ落ちた。

 気絶と睡眠の魔法を併用したからしばらく目覚めることはない……と思っていたのだが、不意に背後に気配を感じた。振り返りざまに飛んできた魔法を打ち消す。

 そこには今倒したばかりの信者が鳩尾を押さえて片手を突き出していた。


 ―――これだから狂信者は! G並みにしぶとい!


 また魔法が飛んでくる。それをかき消した瞬間、魔法の陰から飛来してくる銀色の光。


「我が神のために!」


 はいはい。それはもういいから。

 突き刺すことに特化した投げナイフ。なるほど。ローブの袖の部分に隠していた暗器か。

 あっさりとキャッチ。刃には毒が塗ってありそうだ。変なことに使われる前に異空間へ収納。今度こそ打ち倒そう。

 先ほど使用した気絶と睡眠の魔法を多重展開。重ねがけして放つ!


「……これで何とか効いたか」


 一瞬耐えそうなそぶりを見せたから焦った。

 面倒臭いが、服を脱がせ、魔道具や暗器を全て取り除き、魔封じの縄を取り出してグルグル巻きに。ついでに魔封じの札もペタペタと貼っていく。

 これで身動きができないはず。自殺も自爆も出来ない。

 気付けば、地下から溢れ出していた魔力が変化している。ただ漏れ出していただけだったのが、今は地下で渦巻いて収縮している。この魔力量はちょっとやばいな。爆発したら半径数百メートルは吹き飛びそうだ。

 俺は地下室の入り口に飛び込んだ。

 階段を守る信者たちも何人かいる。全員が跪き、とめどなく感動の涙を流しながら祈りを捧げていた。

 侵入者の俺に気づくがもう遅い。首が飛んで絶命する。捕縛する時間はないからな。

 しかし、階段を下り終わる直前、地下室から歓声が轟いた。

 魔力の漏れは最早ない。急激に空気が重くなった。空気が淀むほどの圧倒的な圧力プレッシャー。禍々しき気配。

 何かが現世に出現した。強大な魔力を持つ人ではない存在が。


「ちっ! 遅かったか!」


 地下室のドアを吹き飛ばすようにして開けた。―――地下室には、美しき悪魔が降臨していた。

 濃密な血の臭いが漂う地下室。床には血で描かれたおぞましき魔法陣。その外側には大号泣しながら悪魔へ祈りを捧げている黒翼凶団の信者たち。

 場違いに見えるのは二人の女性。鼻を怪我した女ケマと、縛られて床に転がっている見覚えのある女性……あれはマリアさん!? 何故ここに!?


「おぉ……! おぉ~っ! 神よ! 我らが神よ! ご降臨おめでとうございます!」

『えっ? 神?』


 祭壇で起き上がった悪魔はまだ混乱しているようだ。

 女性型の悪魔だ。衣服は身に纏っておらず裸。紫に近いピンク色の髪。身体は抜群のプロポーションで、ボンキュッボンの美女。ただ、背中には黒い翼がバサバサ動き、お尻の辺りからクネクネと動く悪魔の尻尾が覗いている。そして、彼女の体内に蠢くのは膨大な魔力。

 悪魔の中でも最上位に近い高位悪魔だろう。


「捧げもののを用意しております。見目麗しい処女でございます。ぜひお召し上がりを!」

「うぅ~! うぅ~! ふぐぅ~!」


 男が示すのは縛られたマリアさん。身を捩って逃げ出そうとするが、ガッチガチに縛られて転がることも出来ない。


「我ら貴女様の信者も身を清めております。お好きな者をおつまみください!」


 恍惚とした表情で言った男は、まるで麻薬中毒者のようにだらしなく口を開けて、今にも涎が垂れ落ちそう。気持ちが悪い男のアヘ顔だ。

 どことなく悪魔もドン引きしている気がするのは気のせいか?

 悪魔系のモンスターは感情や魂を好む。それはすなわち魔力に近いもの。

 特に混ざり合った魔力よりも純粋な魔力が好きらしい。所謂処女や童貞。

 キスや性行為というのものは魔法の観点からすると、相手に魔力を与え、相手の魔力を取り込み、お互いに混ぜ合わせる行為。膨大な魔力を持つ相手と性行為をした場合、一時的に魔力が増大したという研究結果が出ている。

 そういう混ざり合った魔力を好まない悪魔への生贄は処女や童貞が多い。

 性行為を経験済みでも、一週間ほどすれば相手の魔力は抜けていくから、ここにいる信者たちはここしばらく禁欲生活だっただろう。


「そこの悪魔! 早く私に力を授けなさい! 私は美が! 永遠の美しさが欲しいの!」

『……はい?』

「ケマ! 我らが神に向かってその言葉はなんだ!」

「うるさい! 何のためにアンタたちに協力したと思ってんの! 私は全ての人が跪く圧倒的な美しさが欲しいの! 早くちょうだい!」


 何やら仲間割れをしているようだ。話を聞く限り、ケマが黒翼凶団に援助していたらしい。目的は美しくなるため。

 ケマとリーダーらしき男は言い争い、他の信者たちは悪魔以外目に入っていない。チャンスだ。今のうちに……!


「っ!? 我が神のために!」


 信者の一人が俺の攻撃に気づいた。信者は一瞬の躊躇もなく身投げした。声に嬉しさが滲んでいたのが気持ち悪い。信者の肉体は一瞬にして消滅する。

 信仰のためには死ぬことも厭わないか……。


「あれは……ドラゴニア王国の暗部!?」

「なんでここに暗部がいるのよ! 悪魔! 早く私に力を!」

「信者たちよ! 神を守れ!」


 死すら恐れない狂信者たちが襲い掛かってきた。ギラギラと目が輝き、神の御前で勇姿を披露できるのがとても嬉しいらしい。歓喜にむせび泣きながら攻撃する信者もいる。

 しかし、ここは狭い地下室。神の……いや悪魔の身体に傷をつけないよう大規模な攻撃は使用できないはず。

 繰り出される大量の攻撃を掻い潜りながら、壁や天井を蹴りつけ、未だに惚ける悪魔へと急接近する。

 悪魔の喉元に取り出した剣を突き付けた。


「神よ!」


 信者たちは動きを止める。俺が悪魔を人質(悪魔質?)にしていたら狂信者たちは手出しできまい。

 これで悪魔を消滅させ、ここにいる全員を無力化すれば問題は解決だ。


「枢機卿! 我らは一体どうすれば!」

「このままだと神の玉体に傷が!」

「落ち着け! 神を信じよ!」


 枢機卿と呼ばれた男は武器を下ろして跪いた。信者もそれに続く。


「我らの力及ばず、謝罪いたします。後程命を捧げる所存ですが、貴女様のお力をぜひ我ら信者の前にお示しいただきたい。神の奇跡を今ここに! 目の前の敵を打ち倒し、世界を正す力を! 聖なる力を!」


 これって狂信者と言っていいのだろうか? 自分に酔っているただの自己満足の塊じゃないか。

 神を召喚した。自分たちすごいだろう。召喚したのだからお礼に力をください。

 不利になった。神様助けて。

 信仰するのは自由だけどさ、自分勝手すぎない? 神様というか、この悪魔、呆然とした声しか出してないじゃん。

 まあ、テロ組織はこんなもんか。自分たちの理想を遂行し、押し付けることしか考えていない。


「……すまないな」


 剣を握った逆の手に魔力を集めて解き放つ。


『あっ……!』


 地下室に目もくらむような眩い輝きが迸った。

 祭壇に座り込んでいた美しき悪魔は、最後に吐息を漏らして静かに目を閉じた。光に呑み込まれ、その身体が消え去る。

 視界が元に戻った時には、悪魔の姿はどこにもなかった。


「そ、そんな……! 神の気配が消えた……?」

「嘘だ……! あり得ない!」

「神よ! どこにお隠れに!?」


 呆然とする信者たち。悪魔が消えたことが受け入れられないのだろう。口をポカーンと開けて、悪魔がいた祭壇を見つめ続ける。


「ねぇ! どこに行ったの! 悪魔は!? 私を美しく綺麗にしてくれるんじゃなかったの!?」

「そんな……」


 枢機卿はケマに胸ぐらを掴まれるが、呆然とする虚ろな瞳にはケマの姿は映っていない。

 今で信じていたものがあっさりと消え去ったのだ。ショックは計り知れない。

 このショックから立ち直って、逃げ出したり、再び悪魔召喚を行ってもらっても困る。茫然自失している間に全員を無力化&捕縛。


「お前が……お前が神を! おぉぉおおおお! ぐふっ!?」

「ちょっ! 触らないで! 美しい私に汚らわしい手で触れないで!」


 憤怒の表情で襲い掛かってきた枢機卿を殴り、暴れたケマも大人しくさせ、縛られて転がっていたマリアさんを救出する。


「あ、ありがとうございます……」


 よし、これで終わり。


「―――っ!?」


 不意に気配を感じた。今まで気づかなかったが、部屋の隅で何者かがいた。空気が揺れ、気配が消える。

 ちっ! 誰かが逃げたか。

 今のは空間系の魔法? 転移の魔道具? 発動の気配も感じられないとは超高位の魔法使いか?


「どう、しました?」


 どこかが痛むのか、顔をしかめながらマリアさんが問いかけてきた。

 俺は無言で首を横に振り、一時的にマリアさんを眠らせる。


 やられたな。最後の最後で油断した……。俺もまだまだだ。




 最後に何者かを取り逃すという失態をしてしまったが、こうして黒翼凶団の企みは潰えた。















 ―――そして、次の日の『働く女性コンテスト・二日目』に、ソノラが出場することはなかった。



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