第244話 黒翼凶団

 

「っ!?」


 夜中、禍々しく膨大な魔力の波動を感じて俺は飛び起きた。

 その衝撃で隣に寝ていた女性も起きてしまう。


「うぅ……だんにゃしゃま? どうしゃれました……?」


 珍しくふにゃふにゃのエリカ。激レアだ。半分閉じた目をゴシゴシと擦っている。

 申し訳ない。まだ夜中なのに起こしてしまって。

 エリカとは反対の俺の隣に寝ていたのはヒース。今日は添い寝だけということで、エリカの監視のもと、こうして一緒に寝ていたのだ。

 ヒースは起きることなく、でも、禍々しい魔力を敏感に察知して、悪夢を見ているかのように苦悶に満ちた表情だ。うぅ~うぅ~、と唸り、冷や汗が流れ落ちる。


「すまん。まだ眠っていてくれ」

「……ふぁ~い」


 寝ぼけたエリカは、素直にバタンと倒れてモゾモゾと布団にもぐった。睡眠の魔法をかけて、朝までぐっすりと眠るように細工する。

 そして、ヒースの悪夢については―――


「イル」

『なんだ、主様ぬしさま。ふむ、なるほど。友は悪夢を見ているのか。原因は、放たれているこの禍々しき魔力の波。友は夢魔の力によって魔力に乗せられた感情には敏感だからな』


 呼び掛けに即座に応じたのはコロコロと姿形が変わる女性。俺の使い魔。夢魔のイルだ。

 いつもフラフラと人の心を彷徨っているが、心や夢の専門家だ。一発でヒースの状況を把握する。


「ヒースを頼めるか?」

『うむ。われは悪夢が嫌いでな。夢を見せるなら楽しいものが良い。どれ、そこの女子おなごにも楽しい夢を見せてやろう』


 今夜はエリカも悪夢にはうなされないだろう。イルが夢を操作するから。


『くくく。少しばかりエッチな夢かもしれぬがな。主様との愛の交わりの追体験も面白そうだ』

「ほどほどにな」

『わかっておる。ここは吾に任せて、主様は主様の仕事をせよ。この波動、放っておくとなかなかに面倒ぞ』

「わかってる。頼んだ」


 コロコロと姿が変わるイルに口付けをして、即座に着替えを済ませた。

 背中に水色の龍が描かれた黒いローブ。目も口も開いていない真っ白な仮面。暗部の正装だ。

 着替えたら即座に行動。瞬時に城の頂上へと移動し、夜の王都の街並みを見下ろす。


『ファナ! 何が起こっている!?』


 即座に念話が返ってきた。


『残念ながら全然わからないわ。今わかっているのは、北東の住宅街で突然、魔力放出が始まっただけ。爆発などは確認されていないわ』

『了解。こっちも目視にて補足した。テロか?』

『さあ? 今は何とも。ただ、テロなら魔力暴走でドカンとしそうじゃない?』

『確かに。魔道具関係の店じゃないよな?』

『完全な住宅よ。今、警備隊や巡回の騎士が出動中』


 ここで俺も動きたいが、暗部として表立った動きは不味い。一応、父上直属の諜報暗殺部隊なんだし、こういう場面は警備隊や騎士団の仕事だ。仕事を奪ったらいろいろと面倒。

 ただ、今は親龍祭。各国から要人が来ている。即急に対応しなければ、ドラゴニア王国が侮られる。そして、外交問題が発生する。

 警備不足なのではないか、自分たちを危険に陥れるつもりではないか、と散々揚げ足を取られるのだ。


『……つくづく政治って面倒だ』

『ええ、そうね。警備隊が処理するのが一番良いのよね。暗部が関わっていたことが各国に知られたら、警備隊の強さも疑われるし、暗部のミスじゃないかって突っ込まれそうだし』

『弱みやミスに深く追求して、どう相手より優位に立つか、っていうのが政治だもんなぁ。エルネスト兄上、これから頑張って!』

『はいはい。今は目の前の出来事に集中しましょう』

『へーい。取り敢えず、近づいてみるよ』

『わかったわ。何かあったらすぐに知らせること。そして、絶対に見つからないこと』

『了解』


 闇夜に紛れて俺は飛んだ。魔力放出が続く現場まで一直線。近くの家の屋根の上に着地した。

 下では戦闘が始まっている。警備隊や騎士団が相手をしているのは黒ローブの見るからに怪しい人たちだ。

 黒ローブたちは、周りの被害を考えず、無差別魔法攻撃を放っていた。それを警備隊や騎士団が防御する。しかし、完全には無理で、いくつかの家に穴が開いたり、火がついたりしていた。


『大人しく降伏しろ!』

『……』

『今すぐ魔法を止めなさい!』

『……』


 降伏勧告や武装解除勧告にも黒ローブたちは応じない。ただ淡々と任務遂行を行う軍人のようだ。

 手足の骨折、切り傷、切断、などなど、警備隊や騎士団が黒ローブたちを戦闘不能にしていくが、黒ローブたちは怪我を気にするそぶりも見せず、最期まで攻撃を放つ。


「……痛みを感じていないのか?」


 戦闘を観察していて俺はそう思った。立てなくなっても地面を這おうとする。足が動かなければ手で。手が動かなければ足で。手足が動かなければ顎で。

 不死者アンデッドモンスターのようで気持ちが悪い。心なしか警備隊や騎士団の顔色も悪い。

 手足が折れ、ローブを切り裂かれ、致命傷を負って血だらけとなった黒ローブの一人が動きを止めた。すかさず、取り押さえるために警備隊や騎士団が駆け寄る。


「……おい、まさか!」


 夜空を見上げ、ニヤリと笑った黒ローブの男の顔に俺はゾクリと寒気が走った。ギラギラとした瞳は死んでいない。

 彼の体内で圧縮・濃縮されて高まる魔力。


「ちっ!」


 俺は即座に動いた。屋根から飛び降り、隠密状態で戦場を駆け抜ける。

 男はカッと目を見開いて叫んだ。


『あぁ神よ! この命を神に捧げます! 全ては我が神のために!』


 彼のやろうとしていることに気づいた警備隊や騎士団たち。退避、とその場を離れようとするがもう遅い。

 圧縮された魔力が男の体内で爆発する方が早いだろう。このままだと警備隊や騎士団は巻き込まれる。

 男がしようとしているのは、魔力を貯めて暴走・爆発させること。魔力爆弾。人間爆弾だ。直径数十メートルは吹き飛ぶ無差別な自爆攻撃。

 身体や目などから魔力の光を発する男。魔力が臨界点を突破し、今にも爆発する―――というところで、コロンと男の首が落ちた。


『えっ……?』


 男は最期まで自分の身に起こったことがわからなかっただろう。不思議そうな顔のまま、彼は死んでいった。

 ふぅ。何とか間に合った。俺は再び屋根の上に戻って安堵の息を吐いた。爆発する前に何とか処理することが出来た。被害はなし。


「しかし、自爆か……」


 死んだ男の身体を無感情に観察する。切り裂かれたローブ。覗くのは鎖骨の辺りの刺青。蝙蝠のような悪魔の翼。


「―――黒翼凶団。その狂信者どもか」


 情報提供は正しかった。でも、まさかこんな住宅街に集まっているとはな。

 ちっ! 胸糞悪い。

 信仰のためなら痛みすら感じないか。自分の命まであっさりと手放すとはな。知っていたが、やっぱり狂信者は嫌いだ。


『ファナ。相手は黒翼凶団だ。俺が突入して元凶を潰す』

『なるほど。狂信者のテロ集団ね。突入するのはいいけれど、バレちゃダメよ。それと、数人拘束してくれると嬉しいわ』

『出来たらな。あっさりと自殺するような狂人たちだ。期待はしないでくれ』


 一度大きく息を吐いて心を落ち着かせると、俺は隠密状態のまま、狂信者たちが守る住宅へと足を進めるのだった。



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