第237話 接客

 

「どーも兄上! 公務お疲れ様です」


 俺はやって来たエルネスト兄上に片手をあげて挨拶した。顔はもちろん笑顔。

 見よ、この弟の微笑みブラザースマイルを!

 しかし、何故か兄上は露骨に警戒する。

 癒しの天使を見習ってみたのだが、俺には無理だったようだ。


「まあ、『何をしている?』という兄上の問いには、可愛い婚約者たちとの楽しい楽しいデートと答えるんですが」

「はぁ……また抜け出したのか?」

「いやいや! ちゃんと父上にも許可取ってますし、ほら見て! ランタナたちもいますよ!」


 必死にランタナを指差して兄上にアピール。何としても誤解を解かなければお説教タイムの始まりだ。

 今は外だからたぶん帰ってからになるだろうけど。

 お説教は嫌なのです。正座は嫌なのです!

 必死な思いは何とか伝わったようだ。兄上は呆れながらランタナに目を向けた。


「弟がいつも迷惑をかけているはずだ。言うことを聞かないのならお説教でも何でもしていいからな。私が許可する」

「はい。もう既に何度もお説教させていただいております」

「そうか。これからも弟を頼む。手に負えなくなったら私に言え」

「はっ!」


 そ、そういう会話は俺のいないところでやってくれませんかね? 若干傷つく。

 兄上は俺が迷惑をかけている前提だし、ランタナは否定しないし……自覚はしてるけれども。

 その時、誰かから背中を突かれた。


「で、殿下? どどどどどどうしましょう!? 王子様です。本物の王子様です!」


 俺の背後にソノラが隠れて……いや、盾にしている。

 本物の王子様? どこかに偽物でもいるのか?


「そうだな」

「何を呑気に言ってるんですか! 相手はこの国の第一王子様ですよ! 王太子様ですよ! あわわわわ! コンテストになんか出るんじゃなかった……店長の馬鹿ぁ! うぅ胃が……」

「大丈夫だって。俺の兄上だし」

「なんで殿下のお兄さんが王子様なんですかぁ~!?」

「そう言われても……俺も王子だから?」

「…………………………あぁ!」


 忘れてたのかよ! いや、よく忘れられるけど! 俺も一応正真正銘のこの国の王子なんだよ。これでも第三王子なんです。よく忘れられるけど!

 ソノラとコソコソと喋っていたら、兄上に目ざとく気づかれた。ムムッと眉をひそめる。


「シラン、彼女は? コンテストの出場者の女性だったよな?」

「紹介しますね。彼女はソノラ。俺の……幼馴染になるのかな? 10年近い仲の女性です。ジャスミンとリリアーネの友達でもあります。今日は彼女の応援に来ました」

「ふむ。なるほど」

「は、初めまして、ソノラです! 殿下には命を助けられ、孤児院にも援助をしてもらって、いつもいつも助けてばっかりされている者であります!」


 ソノラさん、緊張しすぎ。言葉がおかしくなっている。自分で何を言っているのかわかっていないだろう。

 まあ、これが普通の人の反応か。

 兄上も慣れているのか全く気にしていない。


「そうか。女癖は悪いが、これからも弟と仲良くしてやってくれ。女癖は悪いがな」


 おいコラ兄上。何故二回言った!?


「は、はい! そんなこともう知ってますし、諦めてます!」


 おいコラソノラ。それはどういうことだ!?


「それで、ここでは何を売っているのだ?」


 接客モードになったソノラは、幾分緊張が和らいだようで、落ち着いて応対を始める。

 売っているのは焼き菓子らしい。


「私が売っているのはビスコッティです! 今日のために店長さんにお願いして作ってもらいました」

「ほうほう。一つ貰えるかな?」

「はい! 甘いビスコッティと塩辛いビスコッティがありますが、どちらにしますか?」

「甘い方で」

「かしこまりました!」


 元気な笑顔でビスコッティを渡すソノラ。ナッツとかドライフルーツが入っている。塩辛い方には乾燥野菜? それはそれで美味しそう。

 兄上は興味深げに眺め、一口齧った。噛み砕く良い音が俺たちにまで聞こえる。


「ふむ。美味しいな。甘さ控えめだが、次第に口の中に優しい味が広がっていく。ナッツやドライフルーツの味や感触も絶妙だ」

「ありがとうございます! 皆さんもどうぞ! レナとセレネちゃんには違うのを用意してあるからね。ビスケットとラスク、どっちがいい?」


 確かに、ビスコッティは幼児には食べ辛いだろう。固いから。

 お子様向けにビスケットかラスクか。よく考えられている。

 俺や女性陣や幼女二人にも全員分行き渡った。

 でも、何故『こもれびの森』のメニューじゃなくて、ビスコッティを作ってもらったんだろう? 美味しいデザートは沢山あるのに。プリンとかケーキとか……。


「もしかして、保存できるようにって考えた?」

「その通りです殿下!」


 おぉ。やった。当たった。


「この場で食べるのも良し! 家に持ち帰るのも良し! 保存食として買って、どこかで食べるのも良し! そう考えたらコレだったんですよね。冒険者さんにも買ってもらえますから」

「だから塩味もあるのか。甘い物だけだったら飽きるもんな。美味美味うまうま

「なるほど。よく考えられている」


 兄上が感心して頷いた。

 自分のお店の商品をただ売るのではなく、ちゃんと買う側のことを考えている。これはポイント高いのでは!?


「レナちゃんが食べているラスクも美味しそうですね……セレネちゃんのビスケットも……」

「ダメですよ、リリアーネ様。子供限定です」


 幼女を羨ましそうに眺めるリリアーネをソノラが窘める。

 気持ちはわかる。レナちゃんとセレネちゃんがポリポリ齧って、小動物のように頬を膨らませている姿はなんとも可愛い。

 くっ……癒される! そして俺も食べたい!


「ところで、話は変わるのですが、ソノラさんお綺麗になりました?」

「あ、やっぱりリリアーネもそう思った? 何かしたの?」

「『神龍の蒼玉サファイア』様と『神龍の紫水晶アメジスト』様に言われても素直に喜べません……まあ、殿下にお化粧水などを貰ったんですよ。これがすっごい効き目で! 一回使っただけなのに驚きました」

「「 あぁ~! 」」

「アレですか。私やセレネの肌はもちろん、毛並みも良くなりましたね」

「なにそれ詳しく! エリカ知ってる?」

「いえ、私も知りません……」


 ヒースの興味津々の眼差しと、エリカの冷たくじっとりと濡れたジト目。

 こ、こういうのは女性の方が詳しいと思うので、普段から使用しているジャスミンさんとリリアーネさん、説明よろしく。


「シランの使い魔が化粧品を作っているのよ。言えばくれるんじゃない?」

「シラン様は身内には超絶甘いというか、お優しいので、可愛くおねだりすればたぶん……」


 従姉妹同士が何やら頷き合っている。そして、スススッと近づいてきたかと思ったら、潤んだ瞳で上目遣い。

 色が変わる虹色の蛋白石オパールの瞳のヒースは初々しく、エリカは全て計算尽くされたクールな可愛さ。昼だから青緑色のはずの金緑石アレキサンドライトが、感情が昂ったようで赤紫色に変色している。


「シラン様」

「旦那様」

「「 欲しい……です…… 」」


 くっ! 可愛い。それに、言い方がエロい!

 ピンクに染まった頬。熱っぽく潤んだ瞳。物欲しそうに懇願する眼差しと口調。

 姉妹のように似ている二人のおねだりは、イケナイ気持ちが湧き上がるというか、何故か背徳感が……。


「……わ、わかった」


 これを拒絶できる者はいないだろう。拒否するつもりもないし。

 よっしゃ! とガッツポーズした二人は、やったー、とハイタッチ。

 エリカがこうも感情を表すのは珍しいなぁ。やっぱり似た者同士。


「ねえ、ソノラもおねだりしなくていいの?」

「絶好のチャンスですよ?」

「うぅ……ド平民を唆さないでくださいよ。神龍の宝石と呼ばれそうな美しいこのお二人の後に言うのはちょっと。うぅお腹が……」


 こらこら。何をコソコソと喋っているのかわからないが、ソノラが泣きそうになっているでしょ。ジャスミンさん、リリアーネさん、楽しそうだけど自重しなさい。


「大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ではあるんですが、昨日殿下のおかげでお腹がジンジンして疼くというか熱いんです……」


 ギロリ。

 そんな音がした気がする。気づいたら、女性陣に冷たく鋭く睨まれていた。


「シラン様? ソノラさんとナニをしたんですか? 聞いてませんよ?」

「シラン様!? 私には手を出さないのに!?」

「はぁ……旦那様」

「レナちゃん、セレネ。こっちにいらっしゃい。お兄ちゃんとお姉ちゃんたちは大事なお話があるみたいだから」


 えっ? あれっ? えぇっ!?

 笑顔のジャスミンがニッコリと手招きしている。紫水晶アメジストのような瞳は全く笑っていない。


「シ~ラ~ン? 奥でお話をしましょうか。ソノラに手を出すなとは言わないけど、報告は大事でしょ?」


 にこやかに微笑む婚約者たちに両腕をガシッと掴まれた俺は店の奥に連行された。

 そこで俺はこっぴどく尋問されるのであった……。




 婚約者怖い。女性怖い。ガクガクブルブル……。







 ▼▼▼



 ちょうど同じ頃、王都のとある路地裏を男が二人歩いていた。一人はチャラチャラした見た目のチャラ男。もう一人は知的そうな優男。

 リタボック金融にボックとリタだ。


「街が賑わってるんだじぇ~、ねぇリタの兄貴!」

「そうですね。今年は特に」


 大通りの喧騒が裏路地まで聞こえてくる。

 人通りは少なく、地区によっては治安が悪い裏路地だが、親龍祭で賑わう大通りを歩くよりスムーズに移動することが出来る。住人しか知らない裏道もあるし、隠れた名店も多い。

 慣れた様子で歩く二人。

 すると突然、別の道から飛び出してきた男とリタが衝突した。黒いフードを被った男だ。


「おっと、大丈夫ですか?」

「……」

「おうおうおう! どこ見て歩いてるんだじぇ~? 兄貴にぶつかるなんていい度胸だじぇ~」

「ボック。やめなさい」


 絡みに行こうとするボックをリタは制止する。

 飛び出してきた男はぶつかった拍子に転んでいた。無言でヨロヨロト立ち上がる。その動作はどこか異様で不気味だった。

 そして、彼の身体染みつき、僅かに立ち昇る鉄臭さ。


「……血の臭い」


 ぼそりと呟いたリタ。男はチラリと目を向ける。

 転んだ拍子にフードが外れていた。

 ギラギラと光る瞳。痩せこけた頬。青白い肌。右肩の鎖骨の辺りに刻まれた蝙蝠の翼の紋様。


「兄貴に謝るんだじぇ~!」

「……」

「あぁん!?」

「ボック、やめろ!」


 強い言葉でボックを止める。リタの本能と経験が警報を発していた。この男は危険だと。

 男は興味なさげに二人を一瞥すると、フードを被り直して背を向けた。そのまま、小さく何かを呟くと、どこかへと立ち去ってしまう。

 路地裏に残された二人。リタは男が消え去った方向を眺めたまま眉間にしわを寄せた。


「『我が神のために』ですか。それにあの紋様。まさか『黒翼凶団』?」

「兄貴?」

「いや、何でもない。私の思い違いだと思います」


 リタは思わず空を見上げる。建物と建物の隙間が近く、空は僅かしか見えない。


「何も起きなければいいのですが……」


 無意識に漏れ出た彼の心の声は、儚く路地裏に消えていった。

















<雰囲気がぶっ壊れます。雰囲気に浸りたい方は、しばらく以下を読むのはお控えください>






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作者「というわけで、あの二人の再登場! ファンの皆様お待たせしました。それと、サイドストーリーのほうは、文字数の関係上次回になります……たぶん。そして、作者から一つ宣伝を!」



一話完結型短編ラブコメ (5,216 文字)

<タイトル> ゆらり揺れ・・・


<キャッチコピー> 想いが通じる5分前、ブランコが揺れる。『ねえ、私に言うことない?』


<あらすじ>

三月下旬。

幼馴染の遥と奏多は、小さな頃によく遊んでいた公園のブランコに座っていた。

高校を卒業し、退任式だった今日。

別々の進路に進む二人は思い出を語り合う。


―――想いが通じる5分前。

二人の乗っているブランコがゆらりと揺れる。


※「5分で読書」短編小説コンテストに応募している作品です。


URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054934278331




作者「五分で読めるのでぜひ読んでみてください!」

女性陣「ここで宣伝するな! 早く書け!」

作者「うっす! すんませんでした! でも、こうでもしないと読まれないんです! よく書けたと思ったのに……」

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