第227話 食べ歩き

 

 隣を歩く彼女の片手にはわたあめ、反対の手にはりんご飴。美味しそうに交互にパクパクペロペロしている。

 俺の手にはチョコバナナとクリームをふんだんに使ったクレープ。見るからに甘いことがわかって胃もたれがしそう。美味しそうではあるのだが。

 まあ、昨日も食べたけど黙っておく。デートをぶち壊すほど俺は馬鹿じゃない。


「シラ~ン」


 この可愛らしいおねだりの声は、俺が持っているチョコバナナかクレープを食べたいという合図だ。フードの下の紅榴石ガーネットの瞳の先にあるのはチョコバナナ。

 獲物を前にした肉食獣のように狙いを定めている。


「はいはいどうぞ」

「んっ!」


 チョコをペロペロ。かと思いきや、カプッと一齧り。フードから覗くアルスの口は幸せそうに緩んでいる。

 テイアさんの時も思ったが、どことなくエロく感じるのは何故だろう。俺の頭がエロに染まっているから、変なことを考えるのだろうか?

 ダメだ。今は食べ歩きデートに集中しなければ。

 手に持っていたクレープをパクリ。うん、甘い。そしてとても美味しい。


「甘々なデート……最っ高。一度やってみたかったのよね!」

「甘々って甘い物を食べ歩く方の甘々か。なるほど。これは読めなかった。でも、確かに甘い」

「ふっふっふ。いつもはフウロとラティに止められてるから出来なかったけど、今日は食べて食べて食べまくるぞー!」


 はしゃぐ気持ちはわかるけど落ち着いて。手に持った食べ物が他の人にぶつかるから。

 アルスとの甘々デート。これはこれで悪くない。新鮮だ。

 《龍殺しゲオルギウス》の末裔であるアルスは身体が頑丈である。その分、普段生活するだけでエネルギーの消費が激しい。いくら食べても太らないそうだ。

 女性からしたら羨ましい体質だろう。


「今日は甘い物だけなのか? フランクフルトとか唐揚げとかも売ってるぞ」

「うーん……まずはお腹いっぱい甘い物を食べたいかな。甘い物に飽きたら食べるかも」

「飽きるのか?」

「飽きないかも。甘い物は正義! 美味しい物最高! ドラゴニア王国に来た甲斐があったよ」


 パクパクモグモグと甘い物がアルスの胃袋に入っていく。良い食べっぷり。見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。ついでに胃もたれも。

 気付いたらわたあめしか残っていない。俺が持っていたチョコバナナとクレープも消えている。一体いつの間に!

 ハムハムと食べていたアルスがそっとわたあめを差し出した。


「シランも食べる?」

「あのアルスが自分の食べ物を分けてくれるだと!?」

「ちょっと! そこまで驚かなくていいじゃない。あの時は恋人じゃなかったし……」

「俺のアイスは食べたよな?」

「うぐっ! あぁ~あ。折角食べさせてあげようと思ったのに、シランはいらないんだぁ~」


 ほうほう。上手くはないが誤魔化したか。

『いる』か『いらないか』と問われたら、俺は即答で『いる』と答える。だって、恋人が食べさせてくれるんだぞ。して欲しいに決まっているじゃないか!

 無言で口を開いたら、アルスは、仕方がないなぁ、とクスクス笑って、わたあめを指で摘まんだ。そのまま俺の口の中にあ~んをする。

 口の中でふわっとわたあめが消えていく。あとに残されるのは砂糖の甘さとしっとりとした指。

 …………んっ? 指?


「うわっ! ごめんアルス!」

「う、ううん。気にしないで」


 アルスの指は、俺の唾液と溶けたわたあめで濡れていた。ベトベトだろう。

 ハンカチを取り出そうとする前に、じーっと指を観察していたアルスは、何を思ったのか自分の口に咥えてペロペロと舐めとった。


「……うん。甘いね」

「アルス?」

「恋人同士ならこれくらい普通でしょ。普通のはず」


 自分の言い聞かせるような言葉。フードから僅かに覗くアルスの顔や首は真っ赤になっている。恥ずかしかったようだ。

 あくまでも溶けたわたあめを舐めとっただけ。他意はない、はず。


「ねえシラン。普通の恋人って何をすればいいの?」


 何とも答えにくい質問だな。普通の恋人。普通って何だろう?


「やっぱり男の人ってエッチなことがしたいの? シランはその……控えめに言っても性欲の塊だし」

「アルスさんっ!?」

「恋愛小説では勉強したけど、やっぱり現実は違うし、あたし恋するの初めてだからよくわからなくて」


 俺はフードの上からアルスの頭をポンポンと優しく叩いた。


「恋の全てをわかる人なんていないさ。俺だってわからない。相手を幸せにしたい。自分が幸せになりたい。お互いに一緒に居たい。恋ってそういうものだと思う」

「……難しいね」

「まあな。ひとまず、お互いが笑顔になることをすればいいんじゃないか?」

「なるほど。笑顔か。シランが笑顔になることはなに?」

「アルスが笑顔でいてくれたら俺も笑顔になるかな」

「むぅ~! それって卑怯だと思う」


 トンッと軽く肩をぶつけられた。

 不満そうに言われても実際そうだし。やっぱり女性の笑顔って素敵だよ。恋人たちには笑っていて欲しい。これは俺の我儘。


「俺は今すぐアルスを笑顔にすることが出来る」

「ほっほう。あたしはそんなに軽い女じゃないよ。出来るものならやってみなさい」

「俺はあるお店を知っている。90分食べ放題のスイーツビュッフェ。親龍祭の期間中は各国のスイーツを提供しているというお店だ」

「どこにあるのっ!? 今すぐ行く! シラン、早く案内して!」


 ビシバシと腕が叩かれてグイグイ引っ張られる。俺は苦笑しながら案内を開始した。ここまで喰いつくとは。

 アルスは笑顔というより興味と期待と食い意地で紅榴石ガーネットの瞳をキラッキラ輝かせていた。

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