第226話 説明

 

 オシャレをしたアルスと手を繋いで街の中心部に向かって歩く。二日目のデートのお相手はメリアールことアルストリアだ。

 メリアールの名前は安易に口に出したらダメらしいから、二人っきり以外の時はアルスと呼ぶようにしている。

 彼女の髪型はいつもの三つ編みハーフアップ。僅かに化粧もしているらしい。胸元には俺がプレゼントした赤い百合水仙のネックレスが輝いている。

 服は長袖長ズボン。色は地味めの暗い色。そして、魔法使いの黒いローブ。目立たないようにと考えたのだろうが、逆に大人っぽい印象でアルスの美貌が際立っている。肌の露出は少ないが、とても綺麗だ。

 アルスの顔立ちは整っていてスタイル抜群だから何を着ても似合うだろう。

 今日は待ち合わせをしていた。しかし、何故かソノラの隣の部屋から出てきて、そのままデートに移行したのだ。


「実はね、宿を出てあのアパートの部屋を借りることにしたの」

「なんで?」

「よく考えたら宿って高いのよね。しばらくここを中心に活動するつもりだし、それならアパートを借りたほうが安いってことになったの」


 アルスは最後に、今日シランに伝えるつもりだった、と付け加えた。

 確かに、冒険者として街から街に移動しないのなら、宿よりも部屋を借りたほうが安いだろう。それに、親龍祭の期間中は金額を高くする宿も多い。値段は高くても需要はある。むしろ供給不足だ。


「というわけで、あたしはあのアパートに住むことになったから。でも、シランは来ないでね」

「えっ? なんで? 俺って嫌われた?」

「まあ、嫌われたと言われればそうかも。あたしはもちろん大好きなんだけど、フウロとラティがね。突き殺されて撲殺されてもいいなら遊びに来ていいけど」

「……遠慮させていただきます」

「だよねー」


 ケラケラと楽しそうに笑うアルス。反対に、俺の顔は蒼白になって強張っているに違いない。

 フウロさんとラティさんとは一度会ったことあるが、アルスのことを溺愛してる感じだった。超過保護。アルスに近づく男を排除しているようだった。


「ちなみに、フウロの得意武器は槍で、ラティは星球武器モーニングスターね」

「へぇー…………って、モーニングスター!? ラティさんっておっとり笑顔の治癒術師じゃなかったっけ?」

「治癒術師も戦えないとやっていけないじゃん。でも、返り血を浴びてあの笑顔はあたしもちょっと怖いかな。今日は二人とも武器を持ってシランに襲い掛かりそうな勢いだったから、魔法で縛って置いてきちゃった」


 てへっ、と悪戯っぽくアルスは舌を出して笑った。お茶目な感じが可愛い。

 ……フウロさんとラティさんには出来るだけ遭遇しないようにしよう。見かけたら即逃げなければ。絶対に殺されてしまう。


「まあ、あたしの彼氏がシランとはまだ教えてないんだけどね」


 そっか。それは安心だ。


「でも、これから噂になるんじゃないか?」

「それは大丈夫だと思う。人が多くなったらフードを被るから。ごめんね、折角のデートなのに顔を隠しちゃって」

「アルスは貴族出身なんだっけ? 今年は帝国関係者が多いから仕方がないさ。バレたいのなら顔出ししてもいいけど」

「絶対に嫌。良くて連れ戻されて、最悪の場合は殺されちゃう。あたし、シランと離れたくない」


 ぐはっ!? 不意打ちは卑怯だと思う。

 アルスはフードを被ったけど、その直前に見えた彼女の耳は真っ赤に染まっていた。自分で言って恥ずかしくなったらしい。

 だんだんと人通りが多い道に近づいてきた。王都の街は朝から賑わっている。


「シランは婚約者にあたしのこと言ったの?」

「……言ってない」

「えっ? そうなの?」

「タイミングがわからなくて」

「あぁ~あ。バレたら怒られるね。いや、もう気づかれてるかも」


 怖いことを言わないでくれ。あの勘が鋭すぎる女性陣ならあり得そうだから。

 でも、俺が怒られるのは確定している。また土下座コースかなぁ。憂鬱だ。

 ランタナたち近衛騎士団にはアルスのことがバレたか。そこから話がいく可能性もある。あとで口止めをしておこう。


「王侯貴族って大変だねぇ。お互い、普通の人に生まれたかったね」

「そうだな。でも、アルスは綺麗だから、貴族に狙われたりして」

「うわっ。それ嫌。実家に居た時でさえ面倒だったのに」

「嫌われてたって言ってなかったか?」

「嫌われてたよ。でも、家柄は良いから、縁とか血を求めて求婚は後を絶たなかったの。年齢がお父様以上のほぼお爺さんから求婚されてるって聞いたときはゾッとしたなぁ。姉様、あたしを守ってくれてありがと」


 俺も感謝しておこう。アルスのお姉さん、ありがとうございました。おかげで俺は彼女と出会うことが出来ました。アルスは今、呪いからも解放され、生き生きとしていますよ。


「さてと。嫌な話は忘れて、今はデートを楽しもっ! 今日のためにラヴリー先生のバイブルを読んで勉強したの!」

「ラブリー先生? バイブル?」


 どこかで聞いたことがあるような名前だな。一体どこで聞いたんだろう?


「ラブリーじゃなくてラヴリー! 『ヴ』が重要。知らない? 恋愛小説家で有名なんだけど」

「あぁ~なるほど。ジャス……俺の幼馴染兼婚約者が昔から好きな小説家の名前だ」


 俺も昔から読まされた。そして、感想を求められた。

 砂糖を吐いて胸焼けするほど超甘々な作品が多い。でも、面白いんだよ。身分違いの恋が多く、心情描写が細かくて引き込まれていく。気づいたら全部読み終わっているのだ。

 最近ではリリアーネも薦められてファンになってしまったらしい。


「その恋愛バイブルに従い、今日は甘々なデートをします。ふふふっ。好きな人とデートをするのが夢だったの」

「前に一度デートしたんだけどなぁ」

「あの時はシランのこと好きじゃなかったし」

「えぇ……」


 そうだったのか。俺のこと好きじゃなかったのか。

 まあ、当たり前か。あの時は二度目の顔合わせだったし。

 ガックリと肩を落としてショックを受ける演技をする。すると、アルスは面白いほど慌てふためいた。


「べ、別に嫌いじゃなかったんだよ! 初デートだったし。好きの一歩前というか、気になってたというか!」

「そんなに慌てなくても、ただ揶揄っただけだ」

「……はぁ? もう知らない!」


 フードの奥でぷいっと顔を背けているであろう。でも、俺の手をギュッと握り、胸を押し当てるように腕に抱きついている。

 ふむ。アルスのことを揶揄うと可愛いのか。機会があったらまた揶揄おう。


「アルスはどんな甘々デートを考えているんだ?」


 詳しく教えてくれないと俺も合わせることが出来ない。人前でキスすればいいのか? 耳元で熱烈な言葉を囁けばいいのか?

 アルスはフードから紅榴石ガーネットの瞳を覗かせ、悪戯っぽくニコッと微笑んだ。


「今日のデートはもちろん、食べ歩き!」


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