第215話 部屋から追い出されて

 

 女性陣は一体何を話しているんだろう?

 とても気になる。俺の愚痴をぶちまけ、罵詈雑言の嵐なのかなぁ。本当にそうだったら心が折れるかも。考えないようにしよう。

 王族のプライベートエリアと一般エリアの境界近くにあるバルコニーから、王都の街を眺める。

 国民も親龍祭の前夜祭を行っているらしい。街明かりがいつも以上に輝いている。音楽が肌寒い夜風に乗って聞こえてくる。

 楽しそうだな。このままお忍びで行くのもありか?


「無しに決まっています」

「うおわぁっ!?」


 突然、背後からき真面目な声が聞こえて、俺は盛大に驚いた。

 一体誰だ、俺の心を読んだのは。

 振り返った先にいたのは、優しい琥珀アンバーの瞳でむっつりと俺を睨んでいるランタナの姿があった。近衛騎士の服と鎧を身につけている。腰にはランタナ愛用の細剣レイピア

 このバルコニーはプライベートエリアにあるが、ランタナは近衛騎士団の部隊長として立ち入りを許可されている。じゃないと護衛が出来ないから。

 ランタナは腰に手を当てて、弟を叱りつける姉のように叱りつけてくる。


「探しましたよ、殿下。私たちに一言述べてからパーティを退出してほしかったです」

「ごめん。城だからいいかなぁって思ってた」

「こういう時が一番暗殺が起きやすいのです。油断なさらないでください」

「はーい」


 目で、早く城の中に戻ってください、と訴えているが、少しくらい夜風に当たって涼んでもいいだろ。女性陣の愚痴大会から現実逃避をしたいんだ。

 はぁ、とため息をついたランタナが、周囲を警戒しながら俺の隣に立つ。


「ランタナ」

「はい」

「俺の心を読まなかったか?」

「街を眺める殿下の身体から行きたいオーラが出ていましたよ」

「え゛っ!?」


 そんなにわかりやすかったのか。行きたいと思ったけど。

 でも、よく考えたら俺は頻繁に街にお忍びで遊びに行く。その俺が街を眺めていたら、誰でも簡単に推測できるか。

 ランタナに見つかってしまったので、もう行くことはできない。元から行くつもりもなかったけど。

 婚約者四人を置いて街に繰り出したら、あとでなんて言われるか。考えただけでも恐ろしい。


「親龍祭の期間中もお忍びをされるご予定ですか?」

「あぁー。ど、どうだろー」

「誤魔化す気がありますか?」


 無いかもしれない。明らかに棒読み口調だったし。

 父上から言われたのでお忍びデートをしないといけないんだよな。街をデートしつつ、貴族のトラブルをこそっと解決するのが俺の仕事。

 となると、近衛騎士たちも連れていたほうが楽か。夜遊び王子は侮られているから、いざという時は近衛騎士の威圧で解決すればいいかも。よし、そうしよう。


「ランタナには言っておこうかな。俺ってさ、父上からお忍びデートをするように言われてるんだよね」

「そうですか。もう既に護衛の準備はしておりますが」

「あれっ? 理由を聞かないのか?」

「聞く必要がありますか? 私たちの任務は殿下を守ること。ただそれだけです」


 それもそうだけど……。ランタナって意外と脳筋だよね。シンプルイズベストみたいな。家には必要最低限のモノしかなさそうだ。

 でも、可愛いぬいぐるみとか持っててほしいかも。ベッドにちょこんと乗っていて、真っ赤になって恥ずかしがるランタナがぬいぐるみを抱きしめて『これは必需品です!』って言ったりして……。

 ふむ、ありだな。可愛い。ギャップ萌えってやつだな。


「変なことを考えていませんか?」


 女性の勘で何かを察したランタナのジト目が俺に突き刺さる。

 俺は激しく首を横に振る。


「何も考えていませんです!」


 おっと、動揺しすぎて変な言葉遣いになってしまった。

 ますますジト目がじっとりとしたが、追及するのは止めたようだ。

 話題が逸れたから元に戻そう。


「もしかしたら、デートの最中に貴族と揉めるかもしれないから、その時はよろしく」

「わかりました。いざとなればぶっ飛ばします」


 やっぱりランタナって脳筋。


「なにか?」

「なんでもないです!」


 女性の勘って怖い。鋭すぎる。男にもその鋭い勘を分けて欲しい。

 ジトーッと見つめられて気まずい空気が流れ始めた時、どこからか言い争いのような大声が聞こえてきた。ここの近くだ。

 警戒するランタナを連れて騒ぎの場所へと近づいた。プライベートエリアから出てすぐの一般エリアだ。

 声を荒げているのは王国の貴族の男。顔は赤くて足取りはおぼつかない。酒臭い。酔っ払いだ。

 周りの従者の制止も聞かず、男は女性の文官の手を掴んでいる。どうやら連れ込もうとしたらしい。でも、断られている。

 あの文官の女性は……。


「ランタナ、やれ」

「はっ!」


 風のごとく一瞬で迫ったランタナが、貴族の男をぶっ飛ばす。全ては一瞬の出来事だった。

 解放された女性は目をパチクリさせて、無様に転がった貴族をポカーンと見つめている。


「大丈夫ですか、マリアさん」

「えっ? あっはい。大丈夫です、シラン殿下」


 すぐに冷静さを取り戻して状況を把握するマリア・ゴールドさん。

 流石エルネスト兄上が認めた女性。頭の回転が速い。

 ランタナは貴族を気絶させなかったらしい。男がふらふらしながら起き上がる。焦点がなかなか合わない男の瞳に怒りが宿る。


「誰だぁ~! 手を出したのはぁ~!」

「アンタこそ誰に手を出したのかわかってるのか? 彼女はエルネスト兄上の秘書官だぞ」

「エルネスト……王太子殿下……」


 兄上の名前を聞いて男は急速に酔いが醒めたようだ。怒りが消え、言い寄っていた相手が兄上の秘書官だと気づき、男は顔を真っ青にして震え始めた。


「も、申し訳ございませんでしたぁ~」


 即座に謝って逃げていく貴族の男。従者も慌てて追いかける。

 これに懲りたらお酒は控えるように。

 それにしても兄上ってすごいな。名前だけで効果があるとは。

 男がいなくなり、マリアさんが深く頭を下げる。


「シラン殿下。ありがとうございました!」

「どういたしまして。今から兄上のところに行くのか?」

「いえ、エルネスト様の執務室に」

「こんなに遅いのに仕事か?」

「まあその……お恥ずかしい話なのですが、今夜泊まる部屋を手配するのを忘れておりまして、仕事をしつつ一夜を明かそうかと。徹夜くらい慣れてますから!」


 兄上~! 気が利いてないよぉ~! 徹夜に慣れてるって言ってるよぉ~!

 よし、こうなったら将来の義弟として一肌脱ごうじゃないか!


「マリアさん、ついて来てください。部屋を提供しますから」


 でも、と言い淀むマリアさんを無視して、俺は王族のプライベートエリアへずんずん進んでいく。マリアさんもランタナもついて来る。

 そして、到着した部屋をノックすると、メイドがドアを開けた。


「おや、シラン様。エルネスト様はいらっしゃいませんが」

「兄上はどうでもいいんだ。お願いがあるんだけど、マリアさんを泊めてくれる? 泊まる部屋が無いらしくて」

「なるほど。かしこまりました」


 ニヤッと笑った俺に、エルネスト兄上の専属メイドもニヤッと笑いを返す。

 やはりメイドたちも兄上とマリアさんをくっつけようとしているらしい。

 マリアさん、エルネスト兄上。外堀を埋めてあげるよ!


「全てお任せを」

「えっ? ここはエルネスト様の私室では!?」

「じゃあ、おやすみなさ~い」


 メイドに兄上の寝室付きの私室に連れ込まれたマリアさんに笑顔で手を振って見送る。

 ふぅ。良いことをした。これでマリアさんが兄上の部屋に泊まったと噂が流れるだろう。

 兄上からは余計なことをするなって怒られそうだけど。

 さて、今から何をしようかな? まだ女性陣の女子会は終わりそうにない。

 さっきみたいにランタナとお喋りして過ごすか。

 俺は再びバルコニーに向かいながら、付き従うランタナに話しかけた。


「ランタナはさ、可愛いぬいぐるみって好き?」


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